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94:魔の森に入りました

 討伐訓練の開始と同時に森に入った私たちは、踏み固められた土の道を進んだ。

 魔の森という名前から、薄暗くてジメジメした気味の悪い様子を想像していたけれど。実際に入ってみると全然そんな事はなかった。魔獣の間引きのため、騎士団や冒険者たちが定期的に森に入ってるからか、森の浅い場所はむしろ歩きやすいぐらいで拍子抜けしてしまうほどだ。


 そして森の中には騎士団や魔導士団の方々の姿も見え隠れしていて。やっぱりかなりの数が駆り出されているんだと分かった。

 討伐訓練では魔獣を倒した数を競うから、騎士様たちは緊急事態が起きない限り基本的に手出ししないけれど。その区域にいるはずのない強い個体は倒してくれるらしいから、心強く感じられる。

 それは他の班も同じように思ったのだろう。まるでピクニックにでも行くように、どの班も楽しそうに談笑しながら森の中へ踏み入って行った。


 各班が最初に目指すのは、昼食を食べる事になっているチェックポイントだ。

 例年の討伐訓練では、班ごとに制限区域内を自由に動き回りつつ魔獣を倒していたため、休憩場所や野営地も自分たちで考えて決めていたらしいけど、今年は違う。

 討伐区域の制限はもちろんあるけど、班ごとに昼休憩と夜の野営をするためのチェックポイントと呼ばれる場所が設けられていて。制限時間内にそこへたどり着けなかった場合は不合格となり、後日補習を受けなくてはならないのだ。


 チェックポイントには騎士様方がいるから、学生たちの安全確保を確実に出来るし、怪しい動きがないかも見張りやすいという事らしい。そして万が一ドラゴンが現れた場合、学生たちへ指示を出しやすくするためでもあるんだそうだ。

 これももちろん国王様たちが決めた事だ。こんな方法を考えるなんて、偉い人はさすがだなと思う。


 そうして歩く道すがら、イールトさんやラステロくんたちに疲れていないかと何度か声をかけてもらったけれど、私は何の問題もなく歩き続ける事が出来た。

 下町で暮らしていた時は、馬車に乗る事なんて滅多になかったから歩くのは慣れてたし。持ってる荷物だって重くも大きくもないから、全然疲れないんだよね。


 でもこれは、アルフィール様のおかげでもある。私の鞄はアルフィール様が用立てて下さった特別なもので、空間魔法が付与された魔道具になってるからだ。

 この魔法の鞄は物凄くて、見た目以上の重さと量の荷物を収納出来る便利なものだ。討伐訓練では自分の荷物は自分で持つのが基本なんだけれど、実は兄さんの荷物の一部も私の鞄に入っていたりする。兄さんは申し訳ないって言って断ろうとしてたけど、半ば強引に私が預かっていた。


 そして私のその行為は、大正解だったなとつくづく思った。最初のチェックポイントにたどり着いた時、兄さんだけがヘトヘトに疲れていたから。


「ようやく着いた……」

「兄さん、お疲れ様です。お水をどうぞ」

「シャルラ……ありがとう」


 鞄から取り出した器に魔法で水を満たして兄さんに渡す。兄さんは草むらに腰を下ろして、一気に水を飲み干した。

 そんな私たちの傍らで、イールトさんが手際良く昼食の準備を始める。私も当然、イールトさんを手伝った。


 他のみんなはというと、アルフィール様は魔獣に対抗出来るようにとイールトさんと一緒に昔から鍛錬を積んでいたから、かなり体力があるらしく。全く息が上がっていない。

 殿下も王子様だからこそ鍛錬を欠かしていないそうで、お二人はイールトさんが敷いた敷物に仲良く並んで座っている。


 騎士見習いのゼリウス様は、普段から鍛えてるだけあって体力が有り余ってるみたいで、ラステロくんを連れてチェックポイント近辺にいる騎士様方の元へ情報交換に行っている。

 ラステロくんは、膨大な魔力を使ってほんの少し浮いて歩いてたから元気いっぱいみたい。それで魔力が減らないのか気になったけど、この程度なら使った先から回復しちゃうから平気なんだって。

 前からすごい人だとは思ってたけど、規格外過ぎてビックリしちゃうよ。


 兄さんもそれなりに鍛えているけれど、それは本当に最低限。将来父さんの跡を継ぐにしても、文官のような頭を使うお仕事だからね。

 (なら)されているとはいえ土の道には起伏もあるし、所々木の根だって張っている。歩き慣れない道を長時間延々と歩くのは、かなり疲れたみたいだ。きっと去年の討伐訓練でも苦労していたんだろう。


 でも兄さんと同じく頭脳派なはずのジェイド様は涼しい顔でイールトさんの手伝いをしている。どうしてなのかと不思議に思っていると、ジェイド様は荷物から腕輪を一つ取り出した。


「ミュラン、これを」

「これは……! こんな貴重なもの、お借りしていいんですか⁉︎」

「いざという時に動けない方が困る。君も僕たちの貴重な戦力だから」

「ありがとうございます! このご恩もお借りした腕輪も、必ずお返しします!」


 兄さんは腕輪を受け取ると、大事そうに自分の腕にはめた。ジェイド様は苦笑しつつも、満更でもなさそうだ。

 何かと思ったら、この腕輪も魔道具の一種なんだって。ラステロくんが浮いてた魔法と同じ効果があるらしく、ジェイド様もこれを着けてるから楽に歩けてたらしい。


 便利な魔道具が色々あるんだなと感心しちゃうし、どうやらかなりの貴重品らしいそれを貸してくれるなんて、ジェイド様は良い人だなとも思う。

 真面目に書類仕事をしそうな兄さんを取り込もうとしているような気もするけど、兄さんが嬉しそうだから良いんじゃないかな。仲が良いのは良い事だよね。


 そんなこんなで昼食の準備が整う頃には、ゼリウス様とラステロくんも戻ってきた。みんなで食べるお昼ご飯はもちろん私が作った聖魔法付与の携帯食で、日持ちするよう堅焼きにしたパンと缶詰がメインだ。

 でもそれだけだと冷たいご飯になってしまうから、私は魔法で火を起こして小鍋でスープも作った。春が近づいてきてるけれど、まだまだ寒いこの時期。温かいものを食べれるかどうかで、元気の残量は変わると思う。


 でもこれは、全ての班で出来るわけじゃない。貴族は料理が出来ない人がほとんどだから、そういう生徒だけで集められた班はスープを作れないだろう。

 そんなわけで同じチェックポイントに来ている他の班から物欲しそうな目で見つめられたから、殿下に許可をもらって少しお裾分けしたりした。


 スープを渡した班の中にはずっと私を敵視していた女子生徒もいたりしたけれど、素直に感謝された。

 長期休暇が明けてからは、殿下とアルフィール様が人目を気にせずイチャイチャするようになったから、私への風当たりもだいぶ弱まってたりするんだけど。これをきっかけに、もっとみんなと和解していけたらいいなと思う。


 そうしてお腹を満たせばまた出発だ。夜のチェックポイントに向けて歩きながら、見つけた魔獣を狩る事になる。

 けれどなぜか私たちの所に魔獣は現れない。時折遠くから攻撃魔法の炸裂音や雄叫びが響いてくるから、他の班は戦ってるはずなんだけど。


「どうして私たちの所には、魔獣が出てこないんだろう?」

「シャルラちゃん、戦いたかったの?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど。結構進んだのにどうしてかなって思って」


 疑問に思ったまま呟くと、ラステロくんが不思議そうに見つめてきた。するとゼリウス様とジェイド様が愉快げに笑った。


「魔獣が弱い相手を狙うのは習っただろう。俺たちの班は実力者が揃ってるから、魔獣の方も怖がって来ないんだよ」

「それに、荷物に手を加えられないよう万全を期したからね。魔物寄せも使われてないから、こちらには来ないはずだ」


 私たちの所にはラステロくんがいるし、殿下とアルフィール様の魔力量もかなりのものだ。魔物寄せを使われない限り、こちらへ来るほど強い魔物は現れないという事なんだろう。


「まあそれも、明日以降は分からないけどね。明日はもっと森の奥に入るから」

「ジェイの言う通りだ。明日に備えて今夜はしっかり休もう。向こうも恐らく、明日には対策を練って仕掛けてくるはずだ。少しでも早めにチェックポイントに入るぞ」


 初日の今日は森の浅い所にいるけれど、これから先どんどん森は深くなる。それにつれて少しずつ足場も悪くなっていくだろうし、人の目も届きにくくなる。監視の目を掻い潜って動くとしたら、そこしかないだろう。


 殿下の言葉に気合いを入れて、私たちは森を進む。野営地にたどり着くまで、不気味なほど私たちの周りだけは静かなままだった。

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