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93:討伐訓練の日になりました

 王宮での会議の後一ヶ月あまりあった長期休暇の間、私は魔導士団に通う日々が続いた。

 団員でもない私が魔導士団で何をしていたのかというと、討伐訓練に持っていく携帯食作りだ。あの日、王宮で国王様から命じられた仕事がこれだった。


 魔獣討伐訓練で学生たちには各種回復薬(ポーション)が支給されるし、王宮の聖魔法使いも派遣される事になったけれど、討伐訓練は全学生が参加する大規模行事だ。

 もし本当にドラゴンが現れた場合、増員された騎士団や魔導士団が対応する事になっているけれど、それで完全に抑え切れるかは分からない。回復が間に合わず学生にも死人が出る恐れがあった。

 そこで国王様たちは、私の聖魔法付与に目を付けたらしい。討伐訓練は二泊三日で行われるのだけれど、その間の食事そのものに聖魔法を付与しておけば、学生たちも自衛しやすくなるのではと考えたそうだ。


 聖魔法付与のコツを掴んで以降、私は数回実験を繰り返していて、効果の種類や強弱も調整出来るようになっている。

 やり方も報告済みで王宮の聖魔法士にもすでに付与が出来るようになった人たちがいるから、私は彼らと協力して疲労回復と身体能力及び自己治癒力向上の効果が付いた携帯食を大量に作ったのだ。


 同行する騎士団と魔導士団の携帯食まで用意しなくちゃいけないのに、調理に携われるのは聖魔法付与が出来る十人ちょっとしかいなかったから本当に大変で。魔導士団に泊まり込んで作った方がいいんじゃないかと思うほど忙しかったけれど、どうにかやり切った。

 それなのに、地獄の長期休暇が明けて学園の授業が始まっても、私の苦難は終わらなかった。


 学年末の授業は討伐訓練に向けた班分けや、魔の森に生息する魔獣の種類や弱点の確認、様々な状況を想定しての戦闘訓練が主になってたのだけれど。その戦闘訓練の特別指南役として、何と騎士団長様と魔導士団長様がやって来て直々に指導されたのだ。

 万が一に備えての戦力向上のためとはいえ、お二人の授業は学生に課す内容とは思えない過酷な内容だった。討伐訓練前に死ぬんじゃないかと思ったのは、私だけじゃないと思う。まあそれも、仕方ないとは思えるんだけど。


 というのも、アルフィール様とお話して分かったのだけれど、アルフィール様は前世の話を今も殿下にしていないそうで。殿下はあくまでも、アルフィール様が未来予知をしていると考えているらしい。

 そして殿下は、アルフィール様の未来予知を国王様に伝えていない。殿下が国王様に話したのは、禁書庫からドラゴン召喚の研究資料の一部が盗まれていた事や、魔導士団にある魔物寄せの香の数が合わない事など、実際に起きた事柄だけだそうだ。


 つまり国王様は、ジミ恋も予知も何も関係なく、実際に起きている事象だけで騎士団長様と魔導士団長様を特別指南役として派遣する事を決められたのだ。という事は、それだけドラゴン召喚が現実になる可能性が高いって事だと思うんだよね。

 あの会議で私に話されなかった国家機密のような事柄も当然あると思う。そういった事も加味して、国王様は色々と考えられたのだろう。


 だから私は、血を吐くような思いをしながらもやり抜いた。だってここを乗り切らなきゃアルフィール様が死んじゃうし、イールトさんとも恋人になれないんだもの。頑張るしかないよね。

 そして学生たちも特別授業が加わった事で、今年の魔獣討伐訓練は例年と何か違うというのを肌で感じていたみたいで。誰一人脱落する事なく、食らい付いていった。


 そうして学園内で死の恐怖を乗り越えるという謎の連帯感を育みながら、私たち学生は魔獣討伐訓練の日を迎えた。アルフィール様の命運が決まる、桃花(マルム)の月、第三週の始まりだ。

 初日となる(ルナウ)の日の朝。私は兄さんと二人で荷物を抱えて、学園の広大な訓練場に向かった。全生徒の集まるそこで、学長先生から訓示をもらえば出発だ。


 討伐訓練を行う王都周辺に広がる魔の森は、学園の裏手に位置している。もちろん王都全体を囲む防護壁の向こう側だし、かなり距離もあるけどね。

 防護壁には出入りするための外門が三箇所あるけれど、魔の森側に門はない。そのため移動は馬や馬車で王都内を通り、かなり離れた外門から出て防護壁を大回りで向かうしかないのだと思っていたけれど。実際はそんな事はなかった。


 訓練場には、魔の森に直接繋がる大規模な転移陣が設置されていて。魔獣討伐訓練の際、学生たちは例年ここから魔の森へ向かっているらしい。


「それでは諸君! 健闘を祈る!」


 訓示を終えると学長先生は締めの言葉と共に、大きな魔石の付いた杖をトンと地面につく。そこから波紋のように光の輪が広がるのと同時に、訓練場を囲むように設置されている魔法陣の刻まれた石柱が煌めいた。

 地面に巨大な魔法陣が現れ、景色が一瞬揺らぐ。そして次の瞬間、私たちの目の前に広大な森が現れた。


「よく来たな、学生諸君」

「班ごとに装備の最終確認を終えた後、出発となる。転移で具合が悪くなった者は早めに申し出るように」


 私たちを出迎えたのは、騎士団長様と魔導士団長様だ。魔の森の手前にある本営は、例年学園の要請を受けて騎士団が設置しているものだそうで。討伐訓練の脱落者や怪我人の収容などの機能を担うらしい。

 貴族の子息令嬢を預かる王立学園だもの、当然といえば当然の支援体制だよね。


 本営の責任者には、例年なら学園の先生と共に騎士団の部隊長が就くらしいけど。今年は騎士団長様と魔導士団長様が直々に指揮を取れるよう、待ち構えていたみたいだ。

 パッと見た感じ、ちらちらと騎士団と魔導士団の方々の姿が見えるけれど、特に人数が多いとも思えない。きっとほとんどの部隊は、魔の森内部に展開しているんだと思う。


 私は兄さんと一緒に、殿下たちの元へ向かう。例年通りであれば班分けは同学年のクラス内で行われ、実力差に応じて森へ入る深さが制限されるものの訓練中は班単位で自由に動けるそうだけれど。今年はちょっと違っている。

 班分けは、一年から三年まで年次もクラスも実力も問わず混合で八名ずつになって。森へ入る際も深さでは区切らず、討伐区域と展開方が細かく指定されているのだ。

 これももちろん、国王様が学園に指示して実現した事だけれど、こんな事をした理由は二つあった。


 一つ目は、殿下とアルフィール様の防御を万全にするためだ。

 殿下のそばにはゼリウス様とジェイド様が常に付いているけれど。二年生の殿下と一年生のアルフィール様をバラバラに配置していると警護に支障が出てしまう。

 それに学生内で間違いなく最高戦力であるラステロくんと、聖魔法で回復が出来る私を殿下に同行させる必要もあったから、班分けでの年次の撤廃は必須だった。


 もちろん同じ班には、アルフィール様の従者であるイールトさんもいるんだけれど。何と、兄さんも一緒だったりする。

 討伐訓練は二泊三日という日程だから、私の事を心配されたというのもあるけれど。兄さんは禁術についてかなり勉強しているし、魔力の流れも見えるそうで。何か異変が起きた時に気付けるだろうと、あの会議の場で国王様から抜擢されていた。


 だから私は、殿下とアルフィール様、イールトさん。ゼリウス様にジェイド様、ラステロくんと兄さんの計八人で行動する事になる。

 この討伐訓練をうまく乗り切った暁には、兄さんも殿下の側近候補になるのかもしれない。兄さん自身も張り切っているし、私も妹として純粋に嬉しかった。


 そして二つ目は、第二王子派の動きを監視しやすくするためだ。

 私は想像した事もなかったけれど第二王子派も貴族だから、その子息令嬢も学生として学園内にいる。彼らを同じ班で組ませた上で殿下方から離れた位置に配置する事で、その動きを監視すると同時に尻尾を掴もうという作戦だ。

 魔の森内部に学園外の人間が紛れ込んでいる可能性もあるけれど、討伐訓練で動くなら学生である子息令嬢を動かした方が早いもんね。出来る事ならドラゴン召喚を未然に防ぎたいから、殿下方の警護だけでなくそちら側への監視にも相当数の人数が割かれているみたい。


 国王様直々に動かれた事でかなり大がかりになっているけれど、これは第二王子派への牽制の意味もあるんだとか。それでもここで動かないという事はないはずだと、会議の場で公爵様や宰相様も話されていたのを思い出す。気合いを入れていかないとね。


「シャルラ、ミュラン。来たか」

「シャルラさん、今日はよろしくね」

「殿下、アルフィール様、お疲れ様です! 何があっても、絶対に治してみせますから! みんなで必ず生き延びましょうね」


 殿下やアルフィール様たちと合流し、私たちは森へ入る。イールトさんにこっそり目を向ければ、力強く頷き返してくれた。

 アルフィール様を救いたい一心で始めた事だったけれど、まさか国の行く末を左右するような事に巻き込まれるとは思わなかった。

 だからといって臆してはいないし、やる気でいっぱいだけれどね。だってこれだけたくさんの人が手を貸してくれてるんだもの。何としてでもアルフィール様を救ってみせると、私は改めて心に誓った。

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