90:二人の事情を聞きました
人の秘密を勝手に話すという、とんでもない事をしてしまった自覚はあったから、アルフィール様に土下座までして謝ったけれど。そう簡単に許してもらえるとは思っていなかった。
それなのにまさか「ありがとう」と言われるなんて……。
温かな言葉がとても信じられなかったけれど、アルフィール様の微笑みは本物だし、絶望の色はどこにも見えないから。私はホッとして、腰が抜けてしまった。
そんな私をイールトさんが助け起こしてくれて、私は再びソファに腰を下ろす。泣き出してしまったリジーはアルフィール様から直々に宥められて、かえってなかなか泣き止まなかったけれど。どうにか涙を止めると、目元を赤く腫らしたまま壁際に控えた。
そうしてようやく場が落ち着いてくれば、私の頭も冷静になってくるというもので。
「アルフィール様、本当にすみませんでした。でも本当に、許して下さるんですか?」
「ええ。あなたの気持ちを分かっていたのに、殿下に想いを向けるよう無理強いしてごめんなさいね」
「私の気持ちですか?」
「イールトのことよ。ずっと好きだったでしょう?」
アルフィール様に淡々と言われて、頬が熱くなってしまう。
私の気持ち、そんなに分かりやすかったの……?
「えっと……いつから気付いてらしたんですか?」
「あなたの気持ちのことなら最初からよ」
うわぁ、そうなのか。そんな最初からバレバレだったとか、ものすごい恥ずかしい……。
自分で聞いた事なのに居た堪れなくなって、オロオロと視線を彷徨わせてしまう。するとアルフィール様は、ふっと微笑んだ。
「でもその後は騙されたわ。よくあそこまで綺麗に恋心を隠したものね」
「それは……約束しましたから」
今も肌身離さず持っているイールトさんのハンカチを、私はドレス越しにそっと触れた。
「本当は私、やりたくないってイールトに話した事があったんです。でもその時、言われました。私の気持ちは聞きたくない。アルフィール様の命を助けるために、頑張ってほしいって」
あの日イールトさんと約束した事を思い出す。あの約束があったから、私はここまで頑張ってこれたんだ。
「もちろん私も、アルフィール様を死なせてしまったら幸せになんてなれないなって思いました。だから私はアルフィール様をお救い出来るように頑張ろうって決めて、イールトと友達になったんです。そしてそれは今も変わっていません」
「今も?」
「はい。私はまだ私の気持ちを伝えてないんです。アルフィール様がちゃんと運命の日を乗り越えるまで、私はこの気持ちを大事に隠すつもりです。だから、内緒にしてくださいね」
内緒だなんて言ったって、同じ部屋にイールトさんもいるんだから、何の意味もない。でもこれは、私とイールトさんが決めたケジメだ。
裏切ってしまった事もアルフィール様を思っての事で、今もアルフィール様のために動くつもりがある事を伝えたかったから。私はあえて、これ以上踏み込まないでほしいとお話した。
「そう……分かったわ。本当にイールトの言う通りだったのね」
どうやら私が話したのと同じ事を、イールトさんも話していたみたいだ。アルフィール様は瞳を潤ませつつも、涙を堪えるように唇を引き結び、手をギュッと握る。その手に、殿下がそっとハンカチを差し出した。
お二人の仲睦まじい様を改めて見て、私はホッとしつつも首を傾げた。
「あの、それで……アルフィール様と殿下はどういうことになってるんですか?」
「そうだったな。そもそもそれを話すために君を呼んだんだった」
受け取ったハンカチでそっと目元を押さえるアルフィール様の代わりに、殿下は私の質問に答えてくれた。
「君も気にしていたドレスだが。あれは考えがあって、あえてフィーに贈ったものだ。もちろん、私からとは知らせずにだがな」
「そしてわたくしは、ディー様の策に見事ハマったのよ」
苦笑しつつもはにかんだアルフィール様も交えて、お二人は後夜祭で抜け出す事になった経緯を話し出した。
まずアルフィール様は、ずっと前から何かがおかしいとは思っていたそうだ。それはそうだよね。本当なら私と殿下だけのデートに、毎回アルフィール様まで同行しなきゃいけないわけだし。
それでもアルフィール様は、殿下と私の立場上ご自身がカモフラージュとして必要なのだと納得してきたそうだけれど。本当にこのままで大丈夫なのかと心配になり、学園祭のダンスパーティーで確かめようとしたらしい。
そのため私やイールトさんには、ドレスの話をほんの一部しか明かしてなかったそうだ。
そうしたら懸念していた通り、アルフィール様のドレスには殿下の髪色の刺繍が追加されていて。私のアクセサリーは、殿下のお色じゃなかった。
それでアルフィール様は、殿下と私に誤魔化されていると考え、殿下に直接確認したのだとか。でもそれも、殿下の計画のうちだったそう。
「全部殿下の考えだったんですね。でも、どうしてですか? 殿下は、アルフィール様が不安にならないようにしようって仰ってましたよね」
「ああ、言ったな。だがそれは、フィーの不安が死ぬ未来にあると思っていたからだ。しかし調べを進めるうちに、そうではないと気付いたから明かしてもいいと考えを改めた。もっとも、私が秘密を知っているとフィーが気付かないようなら、このまま黙っておくつもりだったが」
「え? アルフィール様が心配していたのって、死んでしまうことじゃないんですか?」
まだ私は教えられてないけれど、どうやらドラゴンと魔獣襲撃の情報収集に、何らかの進展があったみたい。そこで殿下は何かに気付いたみたいだけれど、それが何なのか私にはさっぱり分からない。
不思議に思って問いかけると、アルフィール様は恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らした。そんなアルフィール様の肩を、殿下はぐいと引き寄せつつ答えた。
「フィーが一番心配していたのは、私が不幸になることだった。私がどれだけフィーを愛してるかが、きちんと伝わっていたからこその不安だな」
「それってつまり、アルフィール様が死んでも殿下が悲しまないように、アルフィール様は殿下から離れようとしていたということですか?」
「そうなるな」
愛おしげに殿下は言うと、アルフィール様の頭に唇を落とす。
……なんだろう。見ちゃいけないものを見ている気がする。ここにいていいのかな、私たち。
気まずく思っていると、呆れたようにラステロくんが肩をすくめた。
「殿下がフィーちゃんを諦めるなんてあるわけないのに。フィーちゃんは本当におバカさんだよね」
「ラス、その呼び方はやめろ。馴れ馴れしい」
「ほら見てよ。殿下はこんなことでヤキモチ妬くぐらいなんだよ?」
ラステロくんがケラケラと笑っても、殿下はアルフィール様を離す気はないらしい。アルフィール様も顔を真っ赤にしつつも抵抗したりはしていない。
きっとアルフィール様はちゃんと話をした事で、殿下と一緒に頑張ろうって気持ちになったんだろうな。
私が願っていたお二人の寄り添う姿が、今こうして目の前にある。何だか嬉しくなってきてイールトさんをチラリと見れば、イールトさんは微笑んで頷きを返してくれた。
そしてイールトさんと同じく、壁際にいるリジーとゼリウス様も、嬉しそうにお二人を見守っていたのだけれど。
「ラステロ、その辺にしなさい。殿下も、まだ話は途中でしょう。愛を確かめ合うのは結構ですが、後回しにしてください」
「分かった、後でだな。フィー、今日は帰る前に私の部屋に来てくれないか」
ジェイド様が注意したのに、殿下はなかなかアルフィール様から離れない。あれって「はい」って言うまで離さないんじゃないかな。照れてるアルフィール様が、めちゃくちゃ可愛い。
私がお二人を眺めながらそんな事を考えている間も、ラステロくんたちは和気藹々と言葉を交わしていて。
「ジェイドは本当、真面目だよね」
「君たちがしっかりしてくれたら、僕も気楽に出来るんだよ。ゼリウスも、ただ立ってるだけじゃなく頼むから止めてくれ」
「悪いが俺は約束出来ないぞ。ディラインを怒らせると怖いのはジェイドだって知ってるだろう?」
「知っててもやらなくてはならないんだよ。僕たちは側近なんだから」
この三人との付き合いも、なんだかんだで私も長くなってる。今は仲良く文句を言い合ってるけど、そろそろジェイド様が怒り出しそうだ。
面倒くさくなる前に、声をかけておこうかな。
「あの、ジェイド様。私は大体聞きたいことは終わったんですけど。話の途中って、まだ何かあるんですか?」
「あるよ。どちらかといえば、そっちが今日の本題だ。移動する前に少し話しておいた方がいいだろうからね」
「移動? どこかに行くんですか?」
「この後、会議室にね。そろそろ呼び出しがくるはずだ」
会議室? 何のためにそんな所に行くんだろう?
私が不思議に思っていると、ラステロくんが愉快げに笑った。
「シャルラちゃん、ここが何の部屋か聞いてないの?」
「聞いてないよ。何か特別なの?」
「うん。ここ、陛下に会う人のための控え室なんだ」
「……は?」
陛下って国王様のことだよね? じゃあここは、国王様に会う人のための部屋って事で……なんでそんなすごい所に私はいるの⁉︎
唖然とした私にラステロくんが噴き出した所で、ジェイド様の言った通り誰かが呼びに来たんだろう。コンコンと扉が叩かれた。