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9:公爵家のお嬢様に会いました

 貴族の馬車はどれも豪華だと思っていたけれど、貴族のトップだというメギスロイス公爵家の馬車は、これまで見たどんな馬車より美しいものだった。


 艶やかに光る黒い車体に金色で薔薇の紋章が描かれ、窓や車輪は銀で縁取りされている。遠目にも分かる美麗さは馬や御者にも現れていて、華やかな衣装をそれぞれ(まと)っていた。

 そしてさらに、馬車の前後には騎乗した護衛騎士が付いている。立派な体躯の馬たちが足並みを揃えてお屋敷の門をくぐる姿に、ただ見惚れてしまった。


「すごい。まるでパレードみたい……」

「メギスロイス公爵家のアルフィール嬢は、第一王子ディライン殿下のご婚約者だからね。普段から守りもしっかりしてるんだよ」

「えっ⁉︎ 第一王子って、未来の国王様ですよね? その婚約者なら、アルフィール様は王妃様になる人ってことですか⁉︎」

「そうだね。まだ王太子は決まってないけれど、成人と同時に殿下が立太子されるだろうと言われてるから」


 隣に立つ兄さんの話に、思わず変な声を上げそうになったけれど、必死で飲み込んだ。


(嘘でしょ⁉︎ これから会う相手が未来の王妃様ってどういうことなの⁉︎ 付け焼き刃のマナーで本当に大丈夫なのかな⁉︎ というか、そんな凄いお嬢様の従者だなんて、イールトさんもとんでもない人だったんじゃない!)


 お出迎えに出ているだけなのに目眩を感じてしまったけれど、私の衝撃はそれだけでは終わらなかった。


 最初の驚きは、初めに馬車から降りたイールトさんだ。母さんの言った通り、本当にどこにも怪我はなかったようで安心したけれど。それ以上に、いつものラフな服装と違って執事のように見える装いが、あまりに格好良くて目を奪われた。

 お店に来ていた時に着けていたメガネは変装用だったんだろう。メガネも帽子もない姿は新鮮で、お仕事モードのキリリと引き締まった表情も素敵すぎる。


 けれど私は、いつまでもイールトさんに見惚れていられなかった。馬車の中へ差し出されたイールトさんの手を取って、アルフィール様だろう、とんでもない美人が現れたから。


 アンヌさんからは、私とアルフィール様は同い年だと聞いていたけれど、到底信じられない完成された美女が優雅な足取りで馬車を降りる。

 品のある華やかな赤いドレスに、レースの手袋をはめた細く白い手。ハーフアップにした黒髪がさらりと流れる先には、豊かな胸元とくびれた腰が。吸い込まれそうな黒眼は少し吊り目がちだけれど、表情は柔らかで口元には微笑が絶えない。ステップを降りる仕草の一つ一つからは、私でも感じられるほど優美さが滲み出ていた。

 まさしく高貴なお姫様といったアルフィール様は、あまりに眩しくて。ちょっと着飾ったぐらいで喜んでいた自分が、恥ずかしくなった。


「ごきげんよう、モルセン卿。ミュラン様も」


 アルフィール様のぽってりとした唇から溢れたのは、鈴を転がしたような可憐な声ながらも、凛と響く言葉。聞いているこちらがすっと背筋が伸びるようだった。

 けれど、続く光景に私は釘付けになった。父さんと兄さんがアルフィール様の手を取り、当たり前のように手袋越しにキスをしたから。


「アルフィール嬢もご機嫌麗しく。この度は当家にご足労頂きありがとうございます」

「アルフィール様は今日も変わらずお美しい。瑞々しく咲いた薔薇のようなあなたを、我が家にお迎え出来て光栄です」


 噂にしか聞いた事のない、貴族の挨拶が目の前で繰り広げられ、自然と頬が熱くなる。


 父さんに親近感なんて感じちゃダメだった。流れるような挨拶に、この人は正真正銘の貴族なんだとつくづく思った。

 そして兄さんは見た目通りの美男子ぶりで、挨拶すら甘くてさすがとしか言いようがない。アルフィール様と向かい合う姿があまりに素敵で、この人がなぜ王子様じゃないのかと本気で悩みたくなるほどだった。


 すると、瞬きも忘れて見入ってしまった私に、アルフィール様はくすりと笑った。


「それでモルセン卿。あなたが探し続けられていた、唯一の宝石をご紹介頂いても?」

「これは失礼しました。こちらが私の最愛の人マリア。そして娘のシャルラです」


 父さんが母さんをずっと探していたって、アルフィール様もご存知だったみたいだ。父さんは嬉しそうに、母さんと私を紹介してくれた。

 付け焼き刃でしかないけれど、失礼のないように挨拶しなければならない。私は緊張に震えそうになりながら、母さんと一緒に膝を折った。


「お初にお目にかかります、マリアでございます」

「シャルラです。よろしくお願いします」

「わたくしはアルフィール・メギスロイスよ。あなた方のことはイールトから聞いてるわ。どうぞ気楽になさってね」


 私が必死に作った笑顔は、どうやら強張っていたみたいだ。でもアルフィール様は微笑んで優しく話して下さって。その慈愛に満ちた声に、本当は女神なんじゃないかと本気で思えた。

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