表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/103

86:二度目のダンスを踊りました

 表面的には微笑んで見えるアルフィール様の違和感に、きっと殿下は気付いているだろうけど。気にした素振りを全く見せずに、楽しげにダンスを踊っている。

 どう見てもお似合いのお二人だ。まさかアルフィール様が複雑な心境でいるだなんて、よほど親しくない限り気付かないだろう。婚約者や在学中の兄弟姉妹がいないため一曲目を踊れない学生たちは、うっとりした様子でお二人のダンスを見つめていた。


 そうして曲が終わると、夏の時と違って殿下はちゃんとアルフィール様を解放してくれて。予定通り、私の元へやって来た。


「シャルラ、今日の君は一段と可愛らしいね。ぜひ私と踊ってくれないか」

「はい、喜んで」


 私たちはアルフィール様から聞いていたセリフ通りにやり取りをする。私が兄さんから離れて、甘い笑みを浮かべる殿下の手を取ると、束の間、会場が騒めいた。


(それはそうだよね。この色のドレスだし)


 本当はイールトさんから贈られたものだなんて、誰も知るはずがない。女生徒たちから向けられる鋭い視線に居心地の悪さを感じていると、それから庇うように殿下が私の腰に手を回した。


「せっかくの二人の時間だ。今は私だけを見てくれないか」

「……はい」


 ジミ恋通りのセリフを合図にしたかのように、二曲目が流れ始める。ダンスを踊り出すと、まるで私たちを見極めるかのように真剣な目で見つめてくるアルフィール様の姿が視界の端に見えた。


「殿下。アルフィール様のドレスって、殿下の目の色と同じですね。プレゼントされたのですか?」


 今日はアキュエリテではないから、魔法陣は敷かれていない。音楽にある程度かき消されるとはいえ、盗み聞きされる可能性は拭えないから慎重に話す必要がある。

 殿下もそれを意識しているんだろう。私に気のある素振りを見せつつ答えてくれた。


「そうだが、妬いているのか?」

「そういうわけではありませんけど」

「フィーは婚約者だからね。大切な相手は、私の色で包みたいんだ。……君のドレスのように」


 蕩けるような笑みを浮かべて殿下は言うと、ぐいと私の腰を引き寄せて耳元で囁いた。


「言ってくれれば私が用意したものを」

「その割には驚いてませんね」

「聞いていたからな」


 互いの耳にだけ届く小声でほんの一瞬だけ本音を交わすと、殿下は私をターンさせつつ、さり気なく私の耳で揺れるイヤリングに触れた。つまり私のドレスについては、イールトさんから事前に知らされていたって事なんだろう。

 もしかしてアルフィール様のドレスについても、その時にイールトさんに確認したんだろうか?


「でも本当に良かったんですか。ドレスをプレゼントするなんて」

「それについては、また後で詳しく話したいと思ってる。休暇中に王宮へ招くから、ぜひ受けてくれ」

「分かりました。楽しみにしてますね」


 ちらりと視線だけでアルフィール様を指し示せば、私が何の話をしているかを殿下は適切に汲み取ってくれた。

 殿下は元々、アルフィール様を不安にさせないようにと色々動いて来た。今回のドレスも、何か考えがあって贈ったという事なんだろう。後で説明してもらえるなら、私はそれを大人しく待つしかない。


 そうして気になる事はありつつも、無事にダンスを踊り終えると、私は殿下に手を引かれてダンスの輪を外れた。

 兄さんはまた女生徒たちに囲まれているから、私は殿下に、ゼリウス様やジェイド様、ラステロくんがいる場所へ連れて行かれた。


 するとアルフィール様が、イールトさんを連れて歩み寄ってきた。


「殿下、シャルラさん。素晴らしいダンスでしたわ」

「フィーもそう思うか。私もシャルラのダンスがずいぶん上達したと感心していたところだ」

「シャルラさんは、ずいぶん熱心に練習なさってましたからね」


 アルフィール様は微笑みを私に向けたけれど、なぜかその視線を痛く感じてしまう。

 ……何だろう? 何か怒ってる?

 ダンス後にジミ恋のヒロインと悪役令嬢アルフィールのイベントがあるなんて聞いてないけど、アルフィール様は悪役令嬢の演技をしてるのかな?


「殿下、この後ダンスの約束をしてる方はいらっしゃいまして?」

「いや、いないよ。君たち以外とは踊りたくないからね」

「でしたら、少しわたくしにお時間を頂けまして? ……出来れば二人きりで」


 えっ! 殿下と二人きりで話したいって、あのアルフィール様が言ってるの⁉︎


 意外な言葉に驚いたのは私だけじゃなかったようで、殿下が息を飲み、イールトさんが僅かに目を見張った。

 ……という事は、イールトさんも知らなかった提案って事だよね。アルフィール様は何を考えているんだろう?


 どうにも不安が込み上がるけれど、殿下はアルフィール様の誘いに微笑んで頷きを返した。


「フィーは私の婚約者だからね。話すのは全く問題ない。だが、二人きりというのは難しいな。イールトは置いていくつもりなんだろう?」

「ええ、そうですわ」

「それならリウに近くに控えてもらうことになるが、それでもいいかな」

「もちろん構いません」

「みんな話は聞いたな。リウだけ一緒に来てくれ。ジェイ、ラスを頼んだぞ」


 殿下はゼリウス様たちに語りかけると、私の手の甲に口付けを落とした。


「シャルラ、君と過ごせて楽しかった。私は行くが、ジェイがいるからラスのことも心配いらない。パーティーを楽しんでおいで」

「ちょっと、殿下! なんでそんなこと言うの⁉︎」

「私がいない間にダンスに誘われるのは嫌だからに決まっているだろう。イールト、シャルラを頼む」

「はい、殿下」


 ラステロくんは不満気にしていたけれど、まるで牽制するように殿下から言われたからか、それ以上無理は言わなかった。

 アルフィール様は本当にイールトさんを残して、殿下にエスコートされて去って行く。きっと殿下の事だから、また空き教室で話したりするんだろうな。


「信じらんない! ボクだってシャルラちゃんと踊りたかったのに!」

「落ち着け、ラステロ。シャルラ嬢の立場を考えれば当然だろう? これ以上、妬まれる理由を増やすつもりなのか?」

「それはそうだけどさ」

「ダンスパーティーなら、来年もある。またそこで誘えばいい」


 不貞腐れるラステロくんをジェイド様が宥めてくれてるけれど、ラステロくんの声が大き過ぎるよ⁉︎ また周囲の視線が突き刺さってきて居心地が悪い。


「……イールト、少し庭に出たいの。付き合ってくれる?」

「はい、シャルラ様」


 イールトさんはアルフィール様の従者だけれど、まるで私の従者のように一歩後ろを付いてきてくれる。これも女生徒たちの恨みを買う原因なんだと思うけど、もはやどうしようもないから。私は出来る限り足を早めて庭へ逃げ出した。


「シャルちゃん、もういいんじゃないかな?」


 気が付けば、会場からはすっかり離れていて。人気のない庭の片隅に二人きりだ。イールトさんの声に足を止めれば、イールトさんは私の肩にそっと上着をかけてくれた。


「すみません、ありがとうございます」

「魔法は効いてるはずだけど、肌寒いと思うから」


 学園の敷地内は町中と違い、極端な温度変化がないようにある程度気温が保たれている。それでもイールトさんの言うようにドレスでは少し寒く感じるから、気遣いがとても嬉しい。

 上着にはイールトさんの温もりと柑橘系の香りが残っていて。少しでも近くに感じていたくて、遠慮なく袖を通した。


「マダムに頼んだから大丈夫だとは思ってたけど。ドレス、すごく似合ってるよ。上着で隠れちゃうのがもったいないな」


 冬の庭は彩りに欠けるけれど、後夜祭だからこんな庭の隅まで魔法の光で照らされていて輝いて見える。でもそれ以上に、イールトさんの微笑みはキラキラと眩しかった。


(どうしよう。口から心臓が出そう……)


 イールトさんに見つめられると、さっきまで寒かったはずなのに一気に体に熱が回った気がして。早鐘を打つ胸を誤魔化したくて、咄嗟に口を開いた。


「あの、イールトさんはアルフィール様のドレスのこと知ってたんですか?」

「ああ、聞いてたよ。ジミ恋でもお嬢様のドレスは緑色だったそうだから」


 イールトさんがアルフィール様から聞いた話によると、この後夜祭で悪役令嬢アルフィールはどのルートでも緑色のドレスを着てくるそうだ。ただ王子ルートの場合、王子はヒロインにしかドレスを贈らないため、悪役令嬢アルフィールは自分でドレスを用意するんだとか。


「だからあのドレスは、お嬢様は自分で用意したと思ってるんだ」

「え……」

「マダムに殿下が手を回してね。先に殿下が作らせていたドレスと同じデザインになるように、マダムからお嬢様に提案させたんだよ」


 うわあ、何て手の込んだ事を……。でもそれならどうして、アルフィール様はあんな顔で踊ってたんだろう?

 私が不思議に思っていると、イールトさんがおもむろに手を差し出した。


「それよりシャルちゃん。せっかくだから俺とも踊ってくれないかな」

「はい、もちろんです!」


 会場からは離れているからかなり小さい音だけれど、流れている音楽はここまで聞こえてくる。イールトさんからのお誘いだ。断る理由なんて何一つない。

 だから私は、喜んで誘いを受けたけれど……ダンスは失敗だったかもしれない。借りた上着を着たままイールトさんと密着してしまうと、全身をイールトさんに包まれてしまった気がして恥ずかしくなってしまった。


「俯かないで。今ぐらい俺に独占させて?」

「……はい」


 絶対に顔が赤くなってると思うけど、そんな事言われたら顔を上げないわけにはいかない。

 ものすごく照れて仕方なかったけれど、庭の片隅でイールトさんとこっそり踊ったダンスは、今までで一番幸せな時間になった。


*先日、アルフィールのファンアートを頂きましたので、活動報告にてご紹介しております。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1433755/blogkey/2704476/


描いて下さった鳴神迅さん、本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ