84:事情聴取を受けました
地下倉庫から助け出された後、イールトさんたちはすぐに先生方や警備の方々を呼んでくれて。謎の魔法陣が敷かれていた部屋は封鎖され、何と父さんまでやって来た。
父さんには心配されると同時に、学生相手でも一人でついて行ってはいけないと叱られた。父さんと一緒に暮らし始めてもう半年も経つけれど、叱られたのは初めてで。場違いにも、父さんは本当に私の父さんなんだなって不思議と嬉しくなってしまった。
でもちゃんと反省はしたよ。もう二度とやらない。心配かけてごめんなさい、父さん。
そうして私は事情聴取を受けるべく、イールトさんたちと職員塔にある学長室へ向かった。
兄さんはともかく、イールトさんとラステロくんは劇があるはずなのに大丈夫なのかと心配になったけれど。リジーと殿下が代役になってるから平気らしい。
リジーは分かるけど殿下はどうしてって思ったら、昨日台本の写しを手に入れてたらしく、一晩で覚えちゃったんだって。
アルフィール様の事となると何でもやる人だとは思ってたけど、才能の無駄遣いが凄いと思った。まあそのおかげで、私は助けてもらえたんだけど。
学長室では、学長先生が私たちのために昼食を用意してくれていて。有り難くそれを頂きながら、学長先生だけでなく、学園の警備兵長さんや王宮から派遣された騎士の隊長様にも何があったのかを話した。
イールトさんと兄さんが扉を蹴破った話をした時は、怒られるかと思ったんだけど。あの部屋の鍵はなぜか職員室から消えていたそうで、壊して正解だったとイールトさんたちは判断の速さを褒められていた。
それにどうやらあの扉はやっぱり頑丈なものだったらしく、普通に蹴っても壊れないそうだ。兄さんの話によると、あれが壊れたのはイールトさんが風魔法で加速して蹴りを放ったかららしい。そんな魔法の使い方も出来るなんて思わなかった。
「さて、シャルラ嬢。君を連れ出した三年の女生徒だが、この中にいるか見てもらえるかな」
先輩の名前を聞いてないと私が話すと、学長先生は何人もの女生徒の顔が描かれた紙の束を出してきた。肖像画というより、まるで本物のように見える絵で驚いたのだけれど。念写という特殊魔法で、在籍している学生たちを描いたものらしい。
私はそれを、一枚一枚じっくり見ていったのだけれど……。
「あの、学長先生。三年生はこれで全部ですか?」
「そうだ。いないかね?」
「はい……。あの、二年生のも見せてもらえますか? スカーフの色は三年生のものだったと思うんですけど、私の勘違いかもしれないので」
「構わんよ」
続いて二年生と一年生のものまで見せてもらったけれど、やっぱり先輩の顔はない。困惑する私を見て、学長先生が渋い顔で小さく唸った。
「どうやら君は騙されたようだな」
「え……」
「君を連れ出したその女性は、うちの学生ではなかったのだろう」
えっ⁉︎ 学生じゃない⁉︎ じゃあ、あの人は誰だったの?
驚きと同時に、公爵様から言われた忠告が思い出されて。自分の迂闊さに後悔が押し寄せると共に、急に寒気を感じた。
「生徒を騙って動く者がいるとは。警備体制を至急見直します」
「その女の特定を急がなければならないな。制服の入手経路から辿れるはずだ」
警備兵長さんと騎士隊長様が揃って立ち上がり、学長室を出て行く。イールトさんとラステロくんは真剣な表情で何かを考え込んでいるから、きっと私と同じ事を考えているんだろう。
(あの人が第二王子派の人だったなら……もしかしたら、閉じ込められるだけじゃ終わらなかったのかもしれない)
あの時言い残された「お迎え」が何だったのか、恐ろしくなってくる。血の気が引いて動けなくなった私の背を、兄さんが宥めるようにさすってくれた。
「大丈夫だよ、シャルラ。もう助かったんだから」
「兄さん……」
「早く帰って休もう。疲れたろう?」
「うん……」
兄さんは何も知らないだろうに優しくしてくれる。父さんと同じように、兄さんとも家族の絆があるんだと改めて感じられて。ほんの少しだけど、恐怖が和らいだ。
そうして私たちは学長先生から許可をもらい、職員塔の外へ出た。夕焼け色に染まった渡り廊下では、劇を終えたアルフィール様たちが心配そうに待っていてくれた。
「シャルラさん、無事で良かったわ」
「アルフィール様……ご迷惑おかけしてごめんなさい」
「いいのよ。あなたが無事ならそれで」
殿下たちの目の前で、私はアルフィール様に抱きしめられた。耳元で囁かれた優しい言葉に、胸がキュンとしてしまう。
ラステロくんの代わりに殿下が王子役をするなんて、きっとジミ恋にはなかったはずだ。シナリオ通りにならないと不安を感じるアルフィール様にとって、どれほど戸惑う出来事だったろう。
それでもアルフィール様はこうやって心配してくれるんだから、本当に優しい。どう考えても悪役令嬢だなんて思えないし、絶対この人を死なせたくないって改めて思った。
「わたくしがいつまでもあなたを独占していてはダメね。リジー、こちらへいらっしゃい」
「シャルラ様……」
「リジー、ごめんね。心配かけて」
アルフィール様は私から手を離すと、リジーを呼んでくれた。涙目になっているリジーに申し訳なく思いつつ歩み寄れば、リジーは鼻を啜って頭を振った。
「いえ。わたしこそ、すみません。わたしが魔法を使えれば、もっと早くにお嬢様に知らせることも出来たのに」
「いいんだよ、気にしないで。それより、劇は大丈夫だったの?」
「はい。それはもう!」
リジーは涙を拭い、劇の様子を話してくれた。
リジーも殿下もしっかり代役を務めたそうで。観客の反応も、昨日の公演より今日の方が大きかったらしい。それはそうだよね。本物の王子様が舞台に立ったんだから。
思わず納得してしまって殿下に目を向けると、殿下は揶揄うような目でリジーとイールトさんを見やった。
「残念だが、一番の功労者は私ではなくリジーだ。イールトが女体化したと話題をさらったからな」
「……は?」
イールトさんが唖然としてリジーを見ると、リジーは照れくさそうに笑った。
「ごめんなさい、兄様。色々質問もされたけど、全部逃げてきちゃったの。明日から大変かもしれないけど、頑張って」
「なっ……リジー!」
「イールト、許してあげなさい。リジーは本当に良くやったのよ。ゼリウス様まで急に舞台に入ってきたけれど、アドリブで誤魔化したのだから」
リジーに詰め寄ろうとしたイールトさんを、アルフィール様が止めた。
劇中、ローズ姫には従者がいるけれど、王子には誰も付いていない。それはおかしいとゼリウス様が言い出したそうで、護衛についてた騎士様の上着を借りて殿下と一緒に舞台に上がってしまったんだとか。
……もう無茶苦茶だ。私が騙されたばかりに、とんでもない迷惑をみんなにかけてしまった。
「本当にすみませんでした……」
「リウが勝手にやったことだ。君が謝る必要はない。むしろ楽しい時間をもらえて良かったよ」
「殿下……」
「殿下の言う通りだ、シャルラ嬢。君には何一つ悪いところなどないぞ」
きっと殿下は、私を慰めてくれてるんだろう。ただ本音で喜ばれてる気もしないでもないけど、そう信じたい。
そしてゼリウス様。あなたには慰められるより、みんなに謝ってほしかった。いや、もう謝ってきているのかな? きっとそうだよね?
すると私の気持ちを読み取ったように、ジェイド様がゼリウス様の耳を引っ張って。
「ゼリウス。君にそれを言う資格はないよ」
「ジェイド、それはやめろ。痛くはないが歩き難い」
「痛みを感じないのも問題だな。どうやって反省させるべきか」
「やだなぁ、ジェイドったら。そんなこと言ったって無駄なのに。ゼリウスが反省なんてするわけないんだから」
「何を言ってるんだ、ラステロ。俺だって反省はするぞ?」
呆れたようにため息を吐いたジェイド様を見て、ラステロくんが噴き出して。それに真顔でゼリウス様が応えてるから、私まで笑ってしまった。
今日は一日色々あって身も心も疲れたけれど。馬車乗り場にたどり着く頃には、胸の中に残っていた恐怖心はいつの間にか消えていて。これもみんながいてくれたおかげだと、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。




