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83:助けられました

 窓のない暗い部屋の中、扉を叩き過ぎて痛くなった手をさする。失敗したなと思っても、もはや後の祭りだとぼんやりと思った。


「このままだと、本当にお祭りが終わっちゃいそうだけど」


 ぼそりと呟いた私の声は掠れていて、大して響く事もなく闇に溶けていく。開かない扉の隙間から薄らと光が漏れていなければ、不安で泣き出してしまいそうだった。


 私と話をしたいという先輩に連れて来られたのは、校舎の地階だった。ほんの数回だけ授業準備の手伝いで先生に頼まれて来た事があるけれど、ここは普段生徒が近付かない場所だ。

 地下にあるからなのか、何らかの魔法がかけられているのか。どの季節に来てもいつも冷んやりしていて少し薄暗い地階には、授業で使う魔道具の倉庫や、暗所での保管が必要な薬草保管庫。学食で使う食器や調味料、根菜類などがある食品庫など、用途別にいくつも部屋がある。


 先輩はそこをどんどん奥へ進んだから、さすがに怪しく感じて引き返そうかと思ったんだけど。逃げるタイミングを掴めずにいたのが運の尽きだった。

 部屋の中で話そうと言われて開けられた扉を潜った瞬間、突き飛ばされて扉に鍵をかけられてしまったのだから。


「まさか先輩がこんなことするなんて、さすがに思わないじゃない」


 公爵様から忠告されていたから、外から来るお客様には充分注意していた。どの人が第二王子派かなんて分かるはずもないから、とにかく全部に気を配っていた。

 三年生の、それも女の先輩じゃなかったら、私だって付いていこうと思わなかったんだよ。


 けれどいくら言い訳をしてみても、状況なんて変わるわけもなくて。暗い部屋を何とはなしに眺めてみる。

 閉じ込められたこの部屋も倉庫の一つなはずだけれど、どうしてかここには何一つ荷物がなくて。使われていないにしては、不思議なぐらいに埃もなくて空気も綺麗だ。

 そして部屋そのものに何か魔法がかけられているのか、この部屋では魔法が使えなかった。だから暗くても明かり一つ付けられないし、痛む手を治す事も出来ない。


「きっと私の声も聞こえてないんだろうし」


 生徒は滅多に来なくても、地階には食品庫がある。明日のパーティー準備のために学食の料理人さんたちが行き来しているようで時折通路から足音が響くから、何度も扉を叩いて叫んだんだけど。誰にも気付いてもらえなかったんだよね。


「うう……お腹空いたなぁ」


 こんな時でもお腹は正直なもので、さっきから空腹を主張してきている。私の腹時計が正しければ、もうとっくに昼は過ぎているはずだ。


「兄さんの演奏会聞けなかったな……。それにこのままだと、午後の公演も見れなくなっちゃうのか。リジー、心配してるだろうな……」


 ため息まじりに溢しても、空っぽのお腹は何一つ満たされない。叫び続けたのもあって喉も乾いている。

 それでも絶望せずにいられるのは、どうやらこれで終わりではないらしいと分かっているからだ。


()()って、誰が来るんだろう)


 暗い部屋の真ん中あたりで床に腰を下ろし、小さく咳き込みながら考えを巡らせる。

 私を閉じ込めた先輩は鍵をかけた扉越しに『お迎えが来るまで大人しくしていることね』と、満足そうに言い残して去っていった。だから先輩は、この後も何かを計画しているはずなんだ。


(殿下やアルフィール様に私の居場所をあえて伝えて、助けるのを手伝いましたって形にして、自分を売り込むつもりとか? それともまさか死神のお迎えとか、そんなことはないよね?)


 自分で考えたくせに、恐ろしい想像に震えが走る。もし本当に、このまま死ぬまで出してもらえなかったら?


(ううん。きっとリジーが探してくれてるはずだもの。大丈夫、ちゃんと出られる)


 恐怖に捕らわれそうな気持ちを叱咤するけど、身体はすでに冷え切っていて全身が強張っている。少しでも温めたいけれど、もう動き回る元気もない。冷たい床に座り込んだまま、私は痛む手で自分の肩を抱いた。

 すると不意に、扉越しの通路から足音が響いた。


「二つ目というとここだな」

「そうですね。鍵がかけられているようです」


 靴音が止まるのと同時に続いた声に、思わず涙が出そうになった。


(イールトさんと兄さんの声! 来てくれたんだ……!)


 私はここだと伝えたくて立ち上がろうとしたんだけど。強張った体はうまく動かなくて、足がぷるぷるしてしまった。

 その間にも、扉の向こうから話し声は聞こえてきて。


「鍵だけじゃないな。防音結界(シールド)に魔封じまでされている。魔法で開けるのも無理そうだ」

「さすがモルセン家のご嫡男ですね。そこまで分かるんですか」

「僕はいずれ、魔法管理局の管理官になるからな。だが君だって分かるんだろう? さっきの男だって、僕は気付けなかったというのに」

「あれは気配を感じただけです。魔力で気付いたわけではありませんよ」

「どちらにせよ、ただの従僕がここまで出来るなんてあり得ない。公爵家はどうなってるんだ」

「褒め言葉と受け取っておきます。さて……」


 イールトさんたちの声を耳にしつつ、私は少しずつ扉に向けて進んでいたのだけれど。


「シャルラ様。これから扉を蹴破りますから、もしお近くにいるなら離れてください」

「えっ! うそ!」


 イールトさんの声に慌てて身を捩ったけれど、転んでしまって。でももうそのまま、床を転がるようにして扉から離れた。


「行きますよ、ミュラン様」

「ああ。三、二、一……!」


 大きな音を立てて扉が弾け飛び、イールトさんと兄さんが部屋へ踏み入ってきた。

 ……あの扉、かなり硬さもあったはずなのに、なんで蹴っただけで壊せるの⁉︎


「シャルラ!」

「兄さん……」

「無事で良かった。怪我はしてないか?」


 唖然としている私に、兄さんがすぐ駆け寄ってきた。壊れた扉のそばでは、イールトさんがホッとした様子で微笑んでくれている。

 私は兄さんの手を借りて身体を起こしたけれど、掴まれた手が酷く痛んで。顔を歪めれば、兄さんはハッとした様子で眉根を寄せた。


「魔法が使えないから治せなかったんだな。可哀想に」

「ミュラン様。ここに魔法陣があるようですが、これが魔封じでしょうか」

「魔法陣?」


 イールトさんは真剣な顔でしゃがみ込み、じっと床を見つめている。壊された扉から差し込んだ光で、赤黒い魔法陣が床にあるのが見えた。

 すると兄さんが、その魔法陣を見て顔を歪めて。


「父上が言っていたのは、これだったか」

「ミュラン様はご存知なんですか?」

「ああ。昨日、父上が来ていたんだが、学内に異質な魔力の流れがあったと話されていた。だからおかしな物があれば、すぐに連絡するようにと」

「ではこれは、ただの魔封じではないと?」

「……僕の口からは言えない。とにかくここを離れるぞ。ラステロ殿や殿下、アルフィール様が近付かないようにしなければ」

「ラステロ様が、ですか」


 イールトさんは何かに気付いた様子で、急いで部屋の外へ出る。私も兄さんの手を借りて通路へ向かうと、足音を立ててラステロくんが走ってきていた。


「イールト! シャルラちゃんは⁉︎」

「見つけました。ラステロ様、これ以上は近づかないでください」

「何を……シャルラちゃん!」


 私の元へ来ようとするラステロくんを、イールトさんが羽交い締めにして止めている。それでもラステロくんは手を伸ばしてくるから、私は兄さんに支えられながら、ゆっくりラステロくんのそばへ寄った。


「心配かけてごめんね?」

「本当にビックリしたんだよ! ……シャルラちゃん、怪我してるの?」

「うん。今治すから大丈夫だよ」


 部屋を出たから、もう魔法が使える。目を閉じて傷付いた手と疲れ切った身体を癒やすと、私はようやく肩の力を抜く事が出来た。

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