80:学園祭が始まりました
年の瀬も近付いた柊星の月、第四木の日。いよいよ学園祭が始まった。
学園祭は三日間の日程で行われる。ダンスパーティーがあるのは最終日の夕方だけれど、それまで暇なわけじゃない。私のクラスは今日と明日の二回「白薔薇姫」という劇をするため、私は初日からチラシ配りに精を出した。
「本日午後二時より開演となります! 主演はアルフィール・メギスロイス様とラステロ・グリニジェリ様のお二人です。どうぞお越しください!」
数名のクラスメイトと一緒に校舎入口付近で声を上げながら、続々とやって来るお客さんたちにチラシを渡していく。今回私は劇の裏方となったわけだけれど、これはもちろんアルフィール様の指示だ。
アルフィール様は白薔薇姫の劇を「白雪姫にバトル要素を足した感じ」という、これまたよく分からない説明をしてくれたけれど。要するにジミ恋にもちゃんと出てくる劇だそうで。
主人公のローズ姫役にヒロインが抜擢されると、隣国の王子役のラステロくんとのイベントになり、好感度が上がってしまうらしい。
これを回避するために私は裏方になったけれど、ここに至るにも一悶着あった。配役を決める話し合いの際、ラステロくんが王子役をするのは満場一致で決まったのに、当のラステロくんは私がローズ姫にならないとやらないと言い出したんだ。まあ、ラステロくんは攻略対象だって事を知らないから仕方ないんだけど。
そうして危うくクラスメイトたちに生贄として担ぎ上げられそうになったけれど、アルフィール様が体を張って止めてくれて。結果、アルフィール様は主役のローズ姫を演じる事になった。
ちなみにイールトさんは、ローズ姫の従者役になっている。……そのまんま過ぎて、何も感想が浮かばないよ。
まあでもとにかく。そうなれば当然、あの人がお怒りになるわけで。
「シャルラ嬢、少しいいかな」
「あ、殿下……。何でしょうか」
「何かじゃない。なぜ黙ってた?」
やっぱりというか何というか。呼び込みを聞いて押しかけてきた殿下は、私を柱の陰へ引きずるようにして連れ込んだ。劇の内容も配役も他のクラスは今日まで知らなかったから、もちろん殿下も初耳だったんだよね。
ゼリウス様が申し訳なさそうにしつつも、周囲に他の人が近寄らないようにさり気なく立っていて。もう逃げ場はないんだと、私は観念した。
「すみません。殿下もお忙しそうだったので」
「確かに色々と忙しかった。だが一言ぐらい伝えられただろう。今から役を変えられないか?」
「そんなの無理ですって」
「ラスがフィーの恋人役などと……王子なら、私がいるというのに!」
「そう言われましてもお芝居ですし、殿下は二年生ですし……」
お忍びデートを繰り返す中で、殿下はさり気なくアルフィール様をフィーと呼ぶようになった。アルフィール様に怪しまれないか冷や冷やするけれど、殿下はこの呼び方を変える気はないらしく、今や堂々とアルフィール様に対してもフィーと呼びかけている。
あの孤児院での出来事以来、さすが王族だと感心する事がたくさんあったけれど、アルフィール様の事となると殿下はいつだってこうだ。本当にアルフィール様が大好きなんだと実感するけど、今はそれで迷惑を被ってるわけだからちょっと困る。
「もし心配なら、控え室に行かれてはどうですか? アルフィール様は今、衣装の最終チェックをしてるはずです」
「衣装か。それは婚約者として、私が確認する必要があるな。いくら舞台とはいえ、装いには気を使ってもらわねば」
苦し紛れに提案すれば、殿下は納得した様子で頷いてくれた。ゼリウス様と足早に去っていく殿下は、もちろんきちんとチラシを一枚取っていった。
チラシには絵の得意なクラスメイトが描いた、主役のアルフィール様の似顔絵があるんだよね。さすが抜かりないなぁ。
そうして騒がしいお客様を見送り、またチラシを配っていると、父さんと母さんもやって来た。私はこうして裏方だから、来てもらっても見せれるようなものは何もないけれど。ミュラン兄さんのクラスの出し物は全員参加だから、それを見に来たそうだ。
ちなみに、兄さんや殿下方のいる二年生のクラスはお昼前に音楽演奏会をやる予定になっている。殿下とジェイド様は分かるけど、ゼリウス様が楽器を演奏する様が全く思い浮かばない。太鼓でも叩くのかな?
リジーが明日来てくれるそうだから、その時に私も一緒に見るつもり。みんなが何を演奏するのかしっかり見てこよう。
そんな事をあれこれと考えながらも私はチラシを配っていく。
事前に聞いてた通りかなりの人が学園を訪れていて、先日お会いした公爵様のお姿も見かけた。そんな公爵様の隣には、意外にも奥様ではなく恰幅の良い男性がいて。不思議に思って眺めていると、お二人は私の方へとやって来た。
「やあ、シャルラ嬢。私にもそのチラシをもらえるかな」
「ごきげんよう、公爵様。どうぞお持ちください」
「フィーの劇だね。午後からか」
「はい。教室で色んな展示もやってますし上町からお店も来てますので、時間までお昼を取りながらお待ち頂けると思いますよ」
学園祭の間、学食はお休みだ。学食の料理人さんたちは、最終日のダンスパーティー準備に忙しいらしい。その代わり上町のレストランが出店を出しているから、学食のテーブルで自由に食べる事が出来る。普段と同じく、希望すればサロンを貸し切りにして食べる事も出来るから、公爵様でものんびりお昼を食べれるだろう。
そう思って提案すれば、公爵様と一緒にいたおじさまが微笑んだ。
「学園で食事か。たまにはいいな」
「へい……エゼル。今日はそこまで長居しない約束だったろう。演奏会を聴くだけではなかったのか」
「いいではないか。警備もしっかりしているようだからな」
「だからといって、あなたがここで食事を取るなど……」
「そう細かいことを言うな。せっかくの祭りだというのに」
貴族家トップの公爵様相手に、こんなに気楽に話せる人がいるとは思わなかった。すごく地味な格好をしてるけど何となく威厳が漂ってる気もするし、実はこの人も貴族なのかもしれない。きっと仲の良い友達なんだろうな。
二人は何だかんだ言い合いをしていたけれど、結局公爵様がおじさまに折れて、二人仲良く校舎内へ入っていった。公爵様の護衛なんだろう、その後を何人も強面のおじさま方が付いていくから、自然と私の周りから人が消えた。
チラシを全部配らないと自由時間にならないのに……。公爵様、護衛連れ過ぎですよ!
そんな事もありつつも、初日は何の問題もなく過ぎて行き。白薔薇姫の劇も、殿下たちの演奏会も盛況に終わった。公爵様からは身辺に気をつけるよう忠告されていたけれど、お客様の多くは貴族だからその分だけ護衛の数もある。さすがに何かする隙はなかったんだろう。
とはいえ、一応警戒は続けるつもりだけれどね。
そうして迎えた二日目。約束通りリジーが来てくれたから、今日こそはさっさとチラシを配り終えて、演奏会を聞きに行こうと気合いを入れていたのだけれど……。
「あの……私に何かご用ですか?」
「何というわけではありませんわ。少しあなたとお話してみたかっただけですの」
ようやく最後のチラシを渡して、意気揚々とリジーとの待ち合わせ場所に行こうとした私の前に、三年生だろう女の先輩が立ち塞がった。
私の意思ではないとはいえ殿下たちと親しくしているから、女子生徒からあまり良く思われていないのは知っていたけれど。いつもはアルフィール様やラステロくんがそばにいたから、こうして直接声をかけられるのは初めてだった。
チラシ配りの間も、クラスのみんなと一緒だったし。きっと私一人になるのを待っていたんだろう。
「お話ですか。先輩にご満足頂けるようなお話はないと思いますが、どうぞなんでもお聞きください。お答えしますよ」
「ここではゆっくり話も出来ませんわ。ついて来てくださる?」
「……分かりました」
正直に言えば行きたくなんかないけれど。先輩の誘いを断るわけにもいかない。私は仕方なく頷きを返して、先輩の後をついて行った。




