表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/103

79:公爵閣下に会いました

 孤児院訪問の後、秋のテスト休みは予定通り進んで、特に何事もなく終わった。殿下とのデートの時も、数日前に孤児院で会った事なんて殿下はおくびにも出さなくて。アルフィール様の横顔を穏やかに眺めていたのが印象的だった。


 そうして授業が再開すると、放課後の実験で私は無事に料理への魔法付与を再現する事が出来た。なぜ出来るようになったのかについては、実験を担当している魔導士団の方に恥ずかしいながらも正直に話した。

 その時、隣にいたラステロくんが衝撃を受けた顔をして「それならそれでいいや。奪うのも楽しいし……」と何やら不穏な言葉を呟いたから、背筋が凍ったりもしたけれど。結局、何かしてくるわけでもなく穏やかな日々が過ぎていった。


 そうして季節は巡り、冬になった。冬の貴族界は社交の季節だそうで、地方に住んでいる領地持ちの貴族たちも王都へ集まるらしい。

 普段は公爵領にいるというアルフィール様の御父君も、奥様と一緒に王都へ帰ってきたそうで。私は初めて、お目通りする事となった。


「お父様、こちらがシャルラさん。わたくしのお友達ですわ」

「お初にお目にかかります。シャルラ・モルセンと申します」


 学校が休みの日、アルフィール様とのお茶会という名目で公爵家に招かれた私の前に、公爵様は突然現れた。何の準備もなくアルフィール様に紹介されて驚いたけれど、どうにか動揺を隠して淑女の礼を取る。

 すると公爵様は、満足げに微笑まれた。


「君がモルセン卿の娘御か。アルフィールを助けてくれて感謝するよ」


 公爵様も、アルフィール様の秘密はご存知のはずだ。つまり私がヒロインで、アルフィール様の願いを受けて殿下に言い寄っている事も知っているはずで。言外に含まれた言葉に、ズキリと胸が痛んだ。

 でもそれを顔には出さない。こうして抜き打ちで会いに来られたのは、理由があるはずだもんね。


「もったいないお言葉です。助けて頂いているのは、私の方なので」

「そうか。君に教育を施したのはイールトだったな。しっかり勉強しているようで何よりだ」

「ありがとうございます」


 及第点をもらえたみたいで、ホッと胸を撫で下ろす。やっぱり、私がどんな人間なのかを見定めようとしていたみたいだ。イールトさんが責められたりしたら困るもの。頑張って良かった。


「フィー。彼女を呼んだのは、今度の学園祭のためかな」

「ええ、そうですわ」


 学園では、冬のこの時期に学園祭が行われる。年が変わる少し前に行われる学園祭は、アルフィール様によると「クリスマスイベントの代わり」という話だった。私にはよく意味が分からないけど。

 ジミ恋の理由はともかくとして、社交期には学園生の家族もみんな王都に集まっているわけで。学園祭は、そんな彼らに学生たちの様子を見てもらおうと毎年開かれるそうだ。


 王都に集まった貴族たちは、連日連夜どこかの家で行われるお茶会や夜会で忙しくしている。これは私の両親も同じだ。それでもやっぱり子どもの様子は気になるんだろう。とても人気のイベントだそうで、毎年大賑わいになるんだとか。

 そのため学生側も自然と熱が入り、クラス毎に出し物を考えたり、有志を募って特別展示を企画したりと色んな催しをするらしい。学園側から上町の商店に出店の依頼も出すから、普段は学園に出入り出来ない人たちもたくさん訪れるそうだ。


 そしてその学園祭の最後には、やはりというかダンスパーティーが行われる。このダンスパーティーが、ジミ恋の大きなイベントの一つになっていて。夏のダンスパーティーでルートが確定していなかった場合、ここで改めてルートが決まるらしい。

 そして夏の時点で攻略対象のルートに入っている場合は、その後の動きでルートから外れていないかのチェックが出来る重要な機会となるそうで。アルフィール様も当然気合を入れていて、打ち合わせのためにお茶会へ呼ばれたのだった。


(公爵様もそのイベントの重要性を知ってるから、この質問をしたってことだよね)


 私とアルフィール様、二人きりのお茶会だったけれど。公爵様は当たり前のようにアルフィール様の隣に座り、イールトさんが淹れた紅茶を優雅な仕草で口にした。さすがアルフィール様の御父君という感じで、大人の色気漂う公爵様がお茶を飲む姿は絵のように綺麗だ。

 すでに部屋にはイールトさんが防音結界(シールド)を張っていて、私はアルフィール様からイベント内容を一通り教えられた所だった。公爵様はカップを静かに置くと、柔和な笑みを浮かべた。


「もう話は粗方終わったんだろう? フィーは席を外してくれるかな」

「お父様……それは」

「シャルラ嬢と二人で話をしたくてね。心配なら、イールトは残していっていいよ。どうかな、シャルラ嬢?」


 吊り目がちのアルフィール様と違って、甘い顔立ちの公爵様に微笑まれると、何だか物凄くイケナイ事をしているような気分になってソワソワしてしまう。

 アルフィール様と同じ黒い瞳からは何も裏など感じられなくて、完璧に内心を隠しているあたり凄いなと純粋に感心してしまった。


 ……そう、こんなに優しそうな公爵様も本音を隠してるはずなんだ。だって私みたいな小娘と二人で話したいなんて、それ以外ないはずだもの。


(どっちにしろ、私に拒否権はないんだよね)


 甘く微笑まれようが何だろうが、私は頷くしかないわけで。「私は構いません」と答えれば、アルフィール様は心配そうにしながらも、リジーを伴って席を立った。


「フィーは君に心を開いているようだね」

「仲良くさせて頂いてます。とてもありがたいことです」


 すっかり葉の落ちた冬の庭園を見渡せるガラス張りのテラスに、私と公爵様、イールトさんの三人だけになると、公爵様は穏やかに話した。

 私が静かに返事をすると、公爵様はスッと目を細めた。


「だが君はフィーを裏切ったんだろう?」


 柔らかかった空気が一気に冷たく重くなった気がして、カタカタと震えが走る。何も言えなくなった私に、公爵様はふっと笑みを溢した。


「まあ充分に分かっているようだから、私からは何も言わないよ。殿下から話も聞いたからね」


 ギュウと握られたように苦しかった胸が解放されて、はあっと息を吐いてしまう。肩で息をする私に、イールトさんが気遣わしげに新しい紅茶を出してくれた。


「閣下。お戯れはその辺でご容赦いただけませんか」

「お前にも罰を与えたいところなんだがね、本当は」

「それは報告した際にお伝えした通り、甘んじてお受けするつもりです。ですがシャルラ様は、致し方ない面もありますので」

「分かっている。殿下からも重々言われているんだ。むしろ私の方がお叱りを受けたぐらいだよ。なぜ黙ってたのかとね」


 強張った体をどうにか動かして、粗相のないように気をつけながら温かい紅茶を口にする。

 どうやら公爵様は、イールトさんから報告を受けていたみたいだ。……それはそうだよね。イールトさんはアルフィール様の従者だけど、雇い主は公爵様なんだから。

 そして公爵様は、殿下とも話をしたみたいだ。だから私と二人きりで話したいと言ったんだと納得がいった。


「シャルラ嬢。娘の秘密を勝手に明かしたことを、私は許すつもりはない。だが同時に感謝もしているんだよ」

「えっ……」

「フィーがあれだけ穏やかに過ごしているのだからね。君の功績を認めないわけにはいかない。もっともそれも、フィーが生き残ることが出来ればこそだが」


 じっと公爵様に見つめられて、私はゆっくりカップを置いた。


「もちろん、アルフィール様のことは必ずお救いするつもりでいます。そのために力を付けましたし、これからも精一杯頑張るつもりです。殿下とアルフィール様、お二人が揃わなければ未来は暗いと思いますから」

「そうか。それならいい」


 どうにか公爵様に納得してもらえたようで、ほんの少しだけ肩の力が緩む。公爵様はゆったりと手を組んで、話を続けた。


「君へ期待の意味を込めて、ひとつだけ言わせてもらおう。学園祭では身辺に充分注意しなさい」

「えっと……それはどういう意味でしょうか」

「君が聖魔法の使い手で殿下とフィーのお気に入りだという噂は、王宮でも囁かれている。学園祭には不特定多数の人間が出入りする。弱みは握られない方がいい」

「それは、動きがあるってことですか?」

「そう取ってもらって構わない」


 不敬になるから口には出来ないけれど、暗に尋ねた事は当たってたみたいだ。第二王子の派閥に動きがあるから気をつけろって意味なんだろう。


「……分かりました。気をつけます」


 真剣に頷きを返せば、公爵様は満足げに微笑んでカップに口を付けた。ぴゅうと吹いた北風がガラス窓を叩く音が、急に不気味に感じられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ