78:魔力付与のコツが分かりました
「シャルラ様がお作りになった菓子でしたら、殿下も何度も食べておられるのでは」
「そういう意味ではないと分かっているだろう。誤魔化すな。黙っていたことを咎めたりはしない」
黙っていたって、何の話だろう?
確かに私はイールトさんとのマナーレッスンの時に手作りお菓子を出す事もあるけれど、それらは魔力付与の実験で作った品の余りだから、第一王子も口にしてる。
お菓子って少しだけ作るのはなかなか難しいから、試食後も大抵余る。そのほとんどはラステロくんが喜んで持って帰るけど、父さんや兄さんからも食べたいって言われるから時折私も持ち帰ってるんだよね。
他には一度だけ、お屋敷の厨房でイールトさんのためにってプリンを作った事もあったけれど、その時は後が大変だった。
イールトさんと私、リジーの分しか作ってなかったのに、料理長が父さんと兄さんに話してしまって。結局、家族みんなの分を追加で作らなきゃいけなくなったから。
もしかして第一王子は、その事を言ってるのかな? 私の作ったお菓子で第一王子に黙ってた事なんて、そのぐらいしか思いつかない。
実はプリンが大好きで、食べれなかったから怒ってるとか? でもプリンなんて持って来れないし、クッキーで許してほしいんだけど。
そんな事を思っていたんだけど、私の予想は全く違ってたようで。
「……殿下の仰る通り、一度だけあります」
「私の推測が正しければ、君が鍵になってるわけだが。どう思う?」
「……そう、考えておりました」
第一王子が愉快げに目を細め、イールトさんは顔を歪めて目を逸らす。でもそんなイールトさんの耳はほんのり赤く染まってた。
これはプリン関係ないよね? 何の話をしたら、イールトさんがこんな顔するの⁉︎ めちゃくちゃ可愛いんだけど!
そっぽを向いたイールトさんに見入っていると、ゼリウス様が苛立った様子で声を挟んだ。
「ディライン。さっきから何の話をしてるんだ? イールトが鍵って、どういう意味だ?」
「やはりリウは分からなかったか。今日のこれには、また回復魔法がかかってるんだよ」
「は?」「えっ⁉︎」
ゼリウス様と一緒になって、私までビックリしてしまう。
あんなに実験しても効果が出なくて、そろそろ諦めた方がいいんじゃないかって思ってたのに、このクッキーに魔法がかかってるの?
でも、そっか。だから第一王子は、前から気付いてたんだろうって、黙ってた事を咎めないって、イールトさんに言ったのか。イールトさんは、バゲットサンドの時も食べる前から気付いてたから、今日のクッキーだって分かってたはずだもんね。
だけどそれならどうして、イールトさんは出したくなさそうにしてたんだろう? そしてどうしてそれで耳を赤くしてるの?
ポカンとして第一王子に目を向ければ、第一王子は揶揄うような笑みを浮かべた。
「シャルラ嬢。このクッキーを作る時、何を考えていた?」
「何をって……孤児院のみんなと美味しく食べれたらいいなって思ってましたけど」
「他には?」
「他に、ですか?」
「イールトとも食べるつもりだったんだろう? イールトのことは考えなかったのか?」
えっと……これはちょっとさすがに答えるのが恥ずかしくなってしまう。
イールトさんの事を考えなかったかって聞かれたら、それはもちろん考えて作ってた。喜んでくれたら嬉しいなって、美味しいって言ってほしいなって思ったもの。
でもそれをイールトさんの前で言うのは何ていうか……無理。
顔が熱くなってくるのを感じながらも、どうにか誤魔化せないかなって思ってると、第一王子は楽しげに話を続けた。
「これで決まりだな。次の実験の日には、イールトのために菓子を作れ」
「へ?」
「聖魔法は祈りの魔法とも呼ばれているし、術者の想いがより籠る魔法なんだろう。料理への魔力付与は、君のイールトへの恋心が鍵だ」
「こ、こ、恋心って……!」
第一王子はいきなり何を言い出すの⁉︎ なんかめちゃくちゃ恥ずかしい事言われてるんですけど!
「他に考えられまい。前回のバゲットサンドも今日のクッキーも、私たちは乱入して食べているからな。イールトが黙ってた私の知らぬ一件も、シャルラ嬢がイールトを思って作った品だったんだろう。違うか、イールト?」
「……私を思ってくれたかは分かりませんが、あの時作られたプリンは、私とリジー、シャルラ様の三人分だけです」
「だそうだぞ、シャルラ嬢。そのプリンを作った時はどうだった?」
イールトさんが気まずそうにしつつ答えて、第一王子はニヤニヤしながら私を見てくる。
否定したいけど否定出来ない! だってプリンの時は本当に、イールトさんの事しか考えないで作ったんだもの。私とリジーの分は、本当にただの数合わせだったんだから。
「殿下の仰る通りだと、思います……」
「そうか。次の再現を期待している」
「……はい」
にっこり笑った第一王子が、ものすごく憎たらしい。そしてゼリウス様は顔が青ざめてるけど大丈夫なのかな? 当たり前だけどクッキーに毒は入ってないし、しっかり火も通したから食あたりにもならないと思うんだけど。
それでもどうにか返事をすると、第一王子はイールトさんに目を向けた。
「イールト。そう心配せずとも、私はシャルラ嬢に作らせ続けるつもりはないぞ」
「再現出来れば、それで終わりになると?」
「方法さえ確認出来れば、ひとまずはそれで充分だからな。愛する者への想いを利用する気など、私にはない」
ああ、そうか。イールトさんが黙ってたのは、私がイールトさんを想って作る料理を利用されたくなかったからなんだ。
照れくさいような嬉しいような。ソワソワした気持ちでいると、第一王子は淡々と言葉を継いだ。
「とはいえ、状況次第ではシャルラ嬢に依頼しなければならない時もあるだろう。食事で回復出来るのはかなり大きい。アルフィールを救うのに必要となる場合もあるからな」
イールトさんは不服そうにしながらも、口を閉じている。私は気になっていた事を第一王子に問いかけた。
「やっぱり事前に防ぐのは難しそうですか?」
「まだハッキリとは言えないが、進展はある。ジェイとラスが地方へ行ってるのは知ってるだろう」
「はい。詳しくは知りませんけど、気になることがあるからとだけ聞いてます」
「その件と関係があるだろうから、今日私もここへ来た」
……ん? 話の変化について行けない。どうしてそこで孤児院の視察が出てくるの?
「えっと……それはどういう?」
「ここの孤児が増えているのは、先ほど聞いたな?」
「はい。改装工事になった孤児院から移ってきてるんですよね?」
「表向きはそうなっているが、実際は違う。子どもたちを移したのは、彼らを守るためだ」
「守るって、どういうことですか?」
「狙われているんだ。襲撃を受けたから、改装工事が必要となっていてな」
思いがけない話に息を飲む。襲撃ってどういうこと⁉︎
「ずいぶん物騒な話ですが、それと魔獣の襲来に何か関係があるということですか?」
「ああ。ジェイたちの調査結果次第になるが、魔獣は召喚されるのではと考えている」
真剣な眼差しで問いかけたイールトさんに、第一王子は頷き、詳しい話を教えてくれた。
ジェイド様とラステロくんが地方へ行くきっかけになったのは、禁書庫で魔獣召喚に関する研究資料を見つけたからだそうだ。そしてその資料は一部が消えており、何者かが持ち出した可能性が高いらしい。
残されていた資料には、それを書いた神官の名前があったため、その人に会うために二人は地方の神殿に赴いているんだとか。
「とすると、その召喚に孤児院が関係していると?」
「召喚には贄が必要となるらしい。それも動物ではなく、人間の贄だ。身寄りのない子は最適だと思わないか?」
私は全く知らなかったけれど、ここ最近王都では、子どもの誘拐未遂事件が多発してるそうだ。
そんな中で、とある孤児院が襲撃を受けた。大人たちは一人残らず殺され、子どもたちは何人も攫われたが、亡くなった大人たちの手で匿われ、辛うじて助かった子たちがここへ移ってきたらしい。
その際、騎士団で事情聴取もしたそうだけど、恐怖に震える子どもたちからはあまり情報が取れなかったそうで。第一王子は、その子たちの様子を確認しつつ、さり気なく情報を聞き出すために視察に来ていたんだそうだ。
ついさっきまで笑いながら遊んでたのに、あの子たちはどんな気持ちでいたんだろう。考えると、目に涙が滲んだ。
「そんなことって……」
「まだ確定したわけではない。犯人についても調べている最中だからな。ただの人攫いの可能性もないとはいえない」
「それでもみんな、きっと辛いはずです……」
あんまりな話に、言葉が出ない。小さく震えてしまった私の手を、イールトさんが無言のまま、テーブルの下でそっと握ってくれた。
「心配していたが、あれだけ笑って過ごせるんだ。ここの職員は、あの子らをしっかり支えているんだろう。いずれ彼らも立ち直っていけるはずだ。それまで今日のように、時々顔を出してやるといい。私も民を守るために全力を尽くす」
「……はい」
第一王子は労るような眼差しで話す。その瞳の奥には、これ以上悲劇を起こさせないという確固たる決意が見えた。
(この人が守ろうとしてるのは、アルフィール様だけじゃない。第一王子は……殿下は本当に王族なんだ)
民を思う殿下の姿に自然と心が震えて。殿下が次の王様ならどれだけ安心だろうと、初めて心の底から思えた気がした。