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75:下町に行きました

 第一王子が乱入してきた下見デートからあっという間に日々は過ぎて、季節はすっかり秋になった。あの日以降、私は第一王子と定期的に週末デートを繰り返している。

 これはもちろん、アルフィール様と一緒にだ。イールトさんとリジー、ゼリウス様も同行するため、本当にデートと言っていいのかは謎だけど。

 強いて言うならトリプルデートになるのかな? 男三人、女三人の計六人になるからね。そんな事を言ったらリジーとゼリウス様から苦情が来そうだけど、とにかくみんなで仲良く町歩きをした。


 デート場所をアルフィール様に決めてもらうと、平日のうちに会話イベントの選択肢を教えてもらって。私はその内容を、ラステロくんを通じてこっそりと第一王子に伝える。

 そうしてデートの日には、アルフィール様の目の前でジミ恋のセリフそのままのやり取りをするという事を続けたんだ。


 第一王子はさすがというべきか、演技は完璧。本気で惚れられてるんじゃないかと勘違いしそうになるぐらい、甘い微笑みを向けられて私は……胸焼けしそうだった。

 美しすぎる顔は、私には辛いんだよね。見てる分にはいいんだけど、正面からは受け止めきれないから。


 そして本当はアルフィール様に積極的に絡みたいだろうに、第一王子は鋼の精神力で我慢を続けているようで。デートで会ってる間も、アルフィール様に気付かれない程度に切なげに見つめるぐらいしかしなかった。

 それでもアルフィール様のすぐそばにいれるから、充分なんだって。第一王子の健気さに、胸がキュンとする事が多々あった。


 例えば、初めての正式なデートとなった公園では、恋の泉にコインを投げ入れたのだけれど。第一王子はちゃんと、私とコインを投げるつもりでいてくれたのだ。

 まあそれも結局ゼリウス様が気を利かせたのか、自分も一緒に投げたいと騒ぎだしたから、最終的に六人全員でコインを投げるというよく分からないイベントになったけれど。


 アルフィール様の反応が心配だったけど、ゲームじゃなくて現実だからこのぐらいの変化は仕方ないと受け入れてるらしい。

 攻略対象の一人であるゼリウス様が、護衛とはいえ王子のデートにまで付いてくること事態がそもそもおかしいし、それを言い始めたらアルフィール様が同行してるのも変になるからね。


 とはいえ、そんな私たちのやり取りをアルフィール様自身に直接見てもらうというのはかなり効果があったみたいで。イールトさんの話だと、アルフィール様は心穏やかに過ごされているらしい。

 第一王子と私の頑張りが報われてるようで何よりだ。


 そして私たちが町に繰り出してる間、ジェイド様とラステロくんは色々と調べてくれているんだけれど、なかなか良い結果は出てこない。

 第二王子派の人たちに怪しい動きがないかも見張ってくれてるそうだけど、こちらにも特に動きはなく。今のところ、魔獣襲撃を事前に防ぐというのは手詰まりの状態が続いている。


 そんな中でも、少しずつ変化もあるというもので。私の聖魔法は、着々と上達していた。未だに料理への魔法付与は再現出来ていないけれど、魔力の扱いにはかなり慣れてきている。

 基本となる火、水、風、土の属性魔法も、かなり扱えるようになってきた。ラステロくんやゼリウス様に協力してもらって、何回か模擬戦もやれるぐらいになったんだよ。いつも負けてばかりだけれどね。


 というわけで、かなり充実した日々を過ごしてきた私は、秋の半ばにあったテストも無事に乗り越えて。入学後初となる、テスト休みを迎えた。

 この休みの間も、第一王子とデートの約束はあるけれど、それはもう少し先の話。ジェイド様とラステロくんは少し気になる事があると地方へ出かけていて、アルフィール様は第一王子の婚約者として王子妃教育やお茶会で忙しいらしい。


 私はといえば、イールトさんとのレッスンや学園の授業の予習復習、魔法の練習などがあるぐらいで、特に他の予定はない。

 ようやくまとまった自由時間が取れるとなると、ずっと気がかりだった事に手をつけられるという事で。本当はイールトさんとのマナーレッスンの日だった今日、私は約五ヶ月ぶりに下町へ下りた。もちろん一人ではなく、イールトさんも一緒だ。でも今日はリジーはいない。

 テストを頑張ったご褒美という事で、イールトさんと秘密のデートにしてくれたんだ。リジー、本当にありがとう。


「ここも久しぶりだな。シャルちゃんは、子爵家に移ってから来るのは初めて?」

「はい、そうですよ。なんだか懐かしくなりますね。イールトさんと歩いたのが、ずっと昔みたいです」


 今日の私は、下町を歩いてもおかしくない素朴なエプロンドレスを着て、髪は三つ編みにしている。イールトさんはいつもと同じくお忍びのメガネと帽子だけど、服装はやっぱり下町に合わせたラフなものだ。

 それでも私たちの服の仕立てや生地の良さは隠せないから、小金持ち感は出ちゃってるんだけど。許容範囲ではあると思う。


 手は繋げないけれど、伸ばせば触れられそうな距離でイールトさんと並んで下町を歩く。五ヶ月前に母さんが馬車に轢かれかけた道を歩くのは少し怖かったけれど、あの時と違って今の私は聖魔法が使える。

 何かあっても誰も死なせたりしないと気持ちを強く持って歩けば、パン屋で働いていた時の常連さんたちに次々に出会って。立ち話を楽しみながら足を進めた先は、もちろん親父さんのパン屋だ。

 通りまで漂ってくる香ばしいパンの匂いに頬を緩めながら扉を開けば、カラリとドアベルが鳴るのと同時に、元気な女将さんの声が響いた。


「いらっしゃ……って、シャルラじゃないか!」

「女将さん、こんにちは。お久しぶりです!」


 お屋敷には定期的にパンが届けられているけれど、届けに来るのはいつも親父さんだ。だから親父さんとは時々顔を合わせているけれど、女将さんと会うのは五ヶ月前にお屋敷で会って以来になる。

 お店には他のお客さんがいなかった事もあり、久しぶりの再会に喜んで抱擁を交わしていると、親父さんも出てきてくれた。


「シャルラ、来たのか」

「はい、親父さん。こんにちは」

「なんだい、あんた。知ってたのかい。教えてくれないなんてひどい人だよ、まったく」


 親父さんには今日ここにくる事を伝えていたけれど、どうやら親父さんは内緒にしてたみたいだ。女将さんは文句を言いつつも楽しげに笑うと、私の後ろを見て目を見開いた。


「あら、あんた。前に来てた……」

「お久しぶりです。イールトと言います」


 イールトさんも、親父さんのお店に来るのは久しぶりだった。にこやかに微笑むイールトさんと私を見て、女将さんは目を輝かせた。


「あらあら、シャルラ! あんた、やったんだね!」

「えっと……まだそうと決まったわけじゃなくて」

「そうかい、そうかい。まだなんだね、分かってるよ。あんたももうお貴族様だからねえ。好きってだけでは難しいだろうさ」


 納得したように頷いた女将さんに、私は曖昧な笑みを返すしかない。やっぱり無理なのかな? でも父さんに頼めば理解してくれそうな気もするけど……。って、今はそれを考えてる場合じゃなかった。


「実は今日は、ちょっと寄っただけなんです。これから孤児院に行こうと思って」

「孤児院に?」


 貴族は恵まれたその立場から、貧しい人々に施しを与える事を良しとされてるそうで。領地持ちの貴族なんかは、自領に孤児院を作って定期的に援助するらしい。

 けれどうちの場合、父さんは王宮勤めの貴族で領地は持ってない。そんな人たちは、王都内の孤児院に寄付したりするそうだ。


 というわけで今日は下町デートを兼ねつつ、久しぶりに孤児院に行く予定だった。マナーレッスンの出張授業で慰問に行くという体だ。

 父さんや兄さんにはデートだなんて言えないから、都合よく使わせてもらったというのもあるけど、元々孤児院のみんなには会いに行きたいと思ってたんだよね。


「なるほどね。それでわざわざ顔を出してくれたのか。嬉しいことをしてくれるね。パンでも持たせてやりたい所だけど、手土産はもうあるみたいだね?」


 女将さんの視線の先には、イールトさんの持つ手提げ籠があった。中身は、私の手作りクッキーだったりする。イールトさんや子どもたちと食べたいなって思って、かなりの量を張り切って作ってきていた。


「えっと……はい、そうなんです。ただ女将さんにもお礼をしたかったから寄ったんですよ」

「お礼? 私にかい?」

「はい。手を出してもらえますか?」

「構わないけど、何をくれるのかね」


 不思議そうに首を傾げた女将さんは、少しワクワクした様子で手を差し出してくれた。私は女将さんの両手を握り、目を伏せる。

 願いを込めて魔力を注げば、女将さんの身体が淡い光に包まれた。

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