73:下見に行きました
王宮での話し合いから一週間が経ち、炎花の月第三土の日になった。
ダンスパーティーでは真っ青な顔で帰っていったアルフィール様も、イールトさんが上手く話してくれたんだろう。アキュエリテの二日後、登校日に会った時にはすっかり元気になっていたから、心底ホッとした。
あの日から第一王子は、ほぼ毎回昼食時にやって来て。何度となく「町歩きはいつにするのか」「どこか行きたい所はあるか」と聞いてくるけれど、今度は学園じゃない。
そう簡単に決められるわけもなく、アルフィール様と相談した結果、一度下見をしようという話になって。アルフィール様とイールトさん、リジーと四人で上町へやって来た。
「すごい綺麗……。これ全部お店なんですよね? お屋敷じゃなくて」
「そうよ。シャルラさんは初めてなのね?」
「はい。母のお店は下町との境にあったので、ここまで来たことはないんです」
アルフィール様とイールトさんが、家紋のないシンプルな公爵家の馬車でうちのお屋敷まで迎えに来てくれて。私たちは上町の目抜き通りで馬車を降りたのだけれど。私は目の前に広がる煌びやかな町並みに見惚れてしまった。
素朴な石造りの下町と違って道にはタイルで模様が描かれており、歩く人々は貴族や金持ちばかりだからか、ゴミも水溜りもどこにもない。立ち並ぶ建物はどれも真っ白に塗られていて、花や飾り布がそこかしこに彩りを添えている。
店の間にある小道を覗き見れば、裏路地ですら綺麗に整えられていて浮浪者の影も形もない。貧しさとは無縁の美しい町並みに、こんな場所もあるんだと驚いた。
「お店はかなりの数があるのだけれど、ディー様と行ける場所は限られてるわ。四箇所あるから、そこを回りましょう」
「それも例のアレに出てきた場所なんですか?」
「ええ。十箇所の中から選ぶのだけど、場所の選択を間違えると親密度は上がらないの。キャラごとに好みがあるから、それに会った場所を選ばなければならないのよ」
イールトさんは町中でも防音結界を張れるらしいけど、これからお店に入った時、店員さんと話す度に張り直すのは大変だ。それに道行く人たちのお喋りに紛れれば、小声で話す分には誰かに聞かれる事もない。
そんなわけで、今はシールドなしで話してるのだけれど、念には念をという事で、誰かに聞かれても察知出来ないような言葉を選んで会話している。
それにしても、デートに誘うのは攻略対象の方からなのに、場所はヒロインが決めるのか。ヒロインの私だって上町には来た事なんてないはずなのに、どうやってデート場所を調べてたんだろう? 乙女ゲームというものがよく分からない。
まあでも実際、第一王子からこうして無茶振りされてデート場所を決めろと急かされてるわけだから、意味が分からなくてもゲーム通りだ。ダンスパーティー以降、ルートに入った攻略対象からデートのお誘いが来るようになるんだって。
アルフィール様は納得されてるみたいだし、これでいいんだろう。
「ディー様は身分があるから、普段は行けないような場所を好むの。公園と喫茶店、レストラン、雑貨屋さんの四箇所よ。だから日が高くなる前に公園を見て、レストランで昼食を取って。雑貨屋さんを見てから喫茶店で話を詰めましょう」
ジミ恋では、一度のデートで行けるのは一箇所のみらしいけど、今日は下見だから全部見て回らなきゃいけない。
アキュエリテを過ぎたから暑さは一段落しているけれど、魔法で気温を調節している学園やお屋敷と違い、町中は汗をじんわりとかく程度には暑い。これで歩いたら、かなり体力を消耗するだろう。
それでも私は昔から歩き慣れてるし、もっと暑い中でも働いていたから平気だけど、アルフィール様は大丈夫なのかな?
「私は構いませんけど、フィー様は大丈夫なんですか? 歩いて行くんですよね?」
「平気よ。わたくしこれでも昔からお転婆だったの」
公爵家のご令嬢であるアルフィール様が町歩きをするのは、子爵令嬢の私と違ってあまり公言出来ないそうで。今の私たちはお忍びで出かけてきてるから、金持ちの庶民の娘って感じのワンピースを着て日除けの帽子を被り、日傘を差してる。
そしてアルフィール様のお名前は、前世の知識を活かして様々な商品を売り出した事もあり、広く知られているそうで。口に出すと気付かれる恐れがあるからと、町中では愛称で呼ぶように言われていた。
(フィー様って呼ぶと、なんだかソワソワしちゃうな)
今が特別なんだけど、一気に仲良し感が増した気がして照れくさい。ニマニマと口元が緩みそうになるのを必死に堪えて、アルフィール様と並んで歩き出す。
ちなみにイールトさんとリジーも、今日は私服で同行している。今の私たちは、仲良しなお金持ちの子息令嬢っていうイメージだ。
リジーは私たちと同じようなワンピース姿。イールトさんは従者として上町にお使いに来る事もあるから、素顔だと気付かれてしまうそうで。パン屋に来ていた時みたいに帽子を被り、メガネをかけていてカッコいい。
思わず見惚れてしまいそうになるけれど、アルフィール様の前では第一王子に夢中な振りをしなきゃいけないから、あまり見れないのが辛かった。
(今日は下見だから仕方ない。本番の時には殿下が来るから、アルフィール様の意識もそっちに向くだろうし。今は我慢しなくちゃ)
デート当日になれば、第一王子は当然アルフィール様とたくさんお話したがるはずで。その間、私はイールトさんやリジーとお喋りを楽しむつもりでいる。ゼリウス様もたぶん混ざるだろうけど、ゼリウス様は私の気持ちを知ってるから隠す必要もない。
デートイベントを成功させるためだと、私は気合を入れた。
今日の下見では道や場所を覚えるのと同時に、デートイベント中の選択肢についても教えてもらう事になってる。最初の目的地である公園にたどり着くと、アルフィール様は真っ先に中央にある噴水へ向かった。
「ここは恋の泉と呼ばれている場所よ。初めて公園デートをした時は必ずここでイベントがあるわ。恋人同士で後ろを向いてコインを投げ入れると幸せになれると言われているから、二人はそれをするのだけど、ディー様は金貨を入れようとするのよ」
公園に行きたいとヒロインが話すと、王子は公園デートについて調べてきてくれるらしい。泉の情報を聞いた王子は、ヒロインにコインを投げようと誘うけど、金銭感覚がズレてるために金貨を投げようとするんだとか。
そこでヒロインが止めて、投げ入れるコインを銅貨に変えさせるんだけど。そこに至る選択肢で何を選ぶかで、好感度の上がり具合が変わるらしい。
私は時折メモを取りながら話を聞いていく。泉の次はジュースを買う出店の場所、それを飲むためのベンチ、公園に咲く花に関するエピソード等々……二回目以降の公園デートに関わってくる内容についても教えられた。
覚えなきゃいけない事がいっぱいで頭が混乱してくるけれど、この話を元にしてどうアルフィール様と第一王子の接点を作るか考える必要があるから、私も必死だ。
そうして一通り話を聞いて、そろそろレストランの場所へ移動しようかと公園を出たら。
「やあ、シャルラ嬢じゃないか。それに、アルフィールも一緒とは。私の誘いを断って二人で町歩きとは、妬けてしまうな」
「で、殿下⁉︎」
「ここでその呼び方はやめてほしいな。ディーと呼んでくれ」
どうしてこんな所にいるのか分からないけれど、なぜか第一王子とゼリウス様に出会ってしまって。爽やかな笑顔で愛称呼びを強制されて、私はアルフィール様と一緒に固まってしまった。