71:調査計画を立てました
「人為的って……魔獣が襲ってくるのは誰かのせいってことですか?」
「そうだよ、シャルラ嬢。ドラゴンの知能は高いから、何の理由もなしに攻めてくるとは思えない。群れてくるなら尚更ね。……イールトとアルフィール嬢も、そう考えて備えていたんじゃないのか? シャルラ嬢が失敗した時のことも考えて動いていたと聞いているが」
「その通りです」
寒気を感じながら問いかけた私に、ジェイド様が答えてくれた。ジェイド様に話を振られたイールトさんは、目を伏せて言いにくそうに話した。
「ですがドラゴンについては機密扱いの物も多く、公爵閣下のお力をお借りしても、我々では調べきれませんでした。ただ、ドラゴン以外の魔獣の数もあまりに異常です。恐らくそれも何者かの手で誘き出されるのではないかと考え、そちらの方から調べを進めていました」
「それで魔物寄せの香を追っていたと?」
「……気付いておられたのですね」
「気付いたのは最近だけどね」
ジェイド様の冷たい声に、イールトさんは苦笑いを浮かべた。魔物避けの香があるのは授業で習って知ってたけれど、その逆もあったんだ……。初めて知った。
(だからアルフィール様は警戒していたのかな。王都の中にも魔獣が現れるかもしれないって)
初めて死因を尋ねた時、訓練を休んでお屋敷にいたらどうかと提案した事を思い出す。アルフィール様はあの頃から、色んな事を考えて頑張ってきてたんだと思うと、胸が痛んだ。
「それでイールト。君たちは何か掴めたのか?」
真剣な眼差しで問いかけた第一王子に、イールトさんは頭を振った。
「いえ。王国内で仕入れが確認出来たのは、魔道師団と騎士団のみでした」
「だろうな」
魔獣の間引きをする際、効率よく進めるために騎士団では時々、魔物寄せの香を使うそうだ。魔道師団では、魔物の生態を研究するために使用しているらしい。
「そうなるとそこから先で、何者かが横流しをしている可能性があるな」
「待て、ディライン! 騎士団を疑うのか⁉︎」
ずっと黙っていたゼリウス様が我慢ならないといった様子で立ち上がり、声を張り上げた。第一王子はこめかみを抑えて、ため息を漏らした。
「騎士団だけではない。魔道師団もだ」
「どちらにしろ疑ってるじゃないか!」
「リウ、黙れ。可能性があるなら、私は何だって疑う。……たとえ身内でもな」
第一王子の声音が一段下がったのと同時に、ピリリと冷気のような感覚が走る。ゼリウス様は、ハッとした様子で目を見開いた。
「ディライン、お前……まさか」
「アルフィールは私を庇って死ぬんだ。真っ先に疑って当然だろう」
よく分からないけれど、第一王子の話を聞く限り、誰かに命を狙われる心当たりがあるって事なのかな。確かに毒見とかもしてたけど……。
どういう事なのかと考えながら視線を彷徨わせると、ラステロくんと目があった。
「殿下の話、意外だった?」
「うん……。殿下って、危ない目にあってるの?」
「まあね。まだ立太子されてないから」
不穏な話をしてるのに、ラステロくんはニッコリと笑う。けれど差し出された言葉に、欠けたピースがパチリと嵌った気がした。
「立太子ってことは……」
「あ、そこから先は言わない方がいいよ。外には聞こえないし、ここにはボクたちしかいないけど。さすがに不敬になるからね」
ラステロくんに忠告されて、口から出そうになった「第二王子」という言葉を飲み込む。
(不敬……そうだよね。それに殿下にとって第二王子は弟なわけだし)
弟と王位を争った結果、命まで狙われるなんて。もしかしてそれを話さなきゃいけなくなるから、アルフィール様は第一王子にこの事を打ち明けられなかったのかな?
そんな風に考えていると、第一王子が呆れたように顔を歪めた。
「ラス。私とて、さすがにあの子自身を疑ってはいないぞ」
「はいはい。分かってるって」
え? どういうこと?
思わずポカンとしてしまうと、第一王子は困ったように眉尻を下げた。
「弟は私に懐いている。だから私が気にしているのは、弟を担ごうとしている者たちだ。その中でも特に王妃の親戚筋だな」
第一王子の話す身内は、王妃様のご親戚の方々の事なのか。それにしても自分の母親の事まで「王妃」と呼ばなきゃならないなんて、王子様というのも大変なのかもしれない。
「かといってドラゴンまで魔物寄せで誘き出せるとは思えないし、パターンが分かれる理由も気にかかる。だがそれも禁書庫の書物を見れば何か掴めるはずだ。魔獣の件については、我々で調べておこう」
「ありがとうございます」
王位継承問題が絡んでくるなら私たちに出来ることなんてないだろうし、お任せするのが一番だろう。イールトさんもそう思ったのか、第一王子の言葉に素直に頷いた。
「イールトとシャルラ嬢には、万が一に備えて少しでも戦えるようになってもらう必要があるな。特にシャルラ嬢。君には最悪の場合、ダークエンパイアドラゴンを正気に戻してもらわなければならない。出来る限り早く聖魔法を使いこなせるようになれ」
「分かりました」
第一王子から改めて言われたけれど、言われなくても元からそのつもりだった。しっかり目を合わせて返事をすると、第一王子はスッと目を細めた。
「それからシャルラ嬢にはこれから先、私の恋人役をしてもらうぞ」
「……へ?」
「君と私が恋仲にならなければ、ダークエンパイアドラゴンは現れないのだろう?」
ああ、そうだった。王子ルートに入らなきゃいけないんだった。でも……。
「あの、思ったんですけど、対策を練れるならドラゴン一体だけの未来になった方がいいんじゃないんですか?」
「普通に考えればそうなるが、それだとアルフィールの心が保たない」
もうここまで来たら、いっその事全部話してもいい気がしてたけど。確かにアルフィール様の気持ちを考えたら、黙っておくのが一番かもしれない。
討伐訓練の時に、実際どのパターンがやって来るかは分からない。第一王子たちがうまくやってくれて何も起こらなくても、本当にその通りの未来になっても、どちらにせよそこに至るまで不安に苛まれる日は続くわけで。
それなら少しでもアルフィール様の負担を減らしたいという第一王子の気持ちは、痛いほど理解出来た。
「分かりました。アルフィール様が安心出来るように、今までと同じようにします」
「そうだな。だが今までと同じでは足りない」
「えっと……もっとイチャイチャしてみせるってことですか?」
イールトさんもいるっていうのに、何て事を言い出すんだろう。
思わず顔をしかめてしまったけれど、第一王子は私を馬鹿にするように鼻で笑った。
「なぜそんな苦行をする必要がある? 私が言ってるのは、アルフィールとの逢瀬だ」
「……そうですか」
苦行って! 私だって嫌だなって思ったし、アルフィール様と私じゃ比べるまでもないけれど。そこまでハッキリ言われると、どうにも腹立たしい。
ムッとしてしまったけれど、アルフィール様と第一王子が会う機会を増やすのは賛成だ。私は文句を飲み込んで頷きを返す。だってアルフィール様も来るなら、イールトさんとも会えるんだから。
「次からは出来れば、学園の外でも会ってみたいな。町娘の格好をしたアルフィールも見てみたい。何か考えておけ」
「かしこまりました!」
こっちの気持ちなんかお構いなしに、第一王子は何やら楽しそうにしている。
ささくれ立った気持ちを和らげたくてイールトさんに目を向ければ、イールトさんは穏やかな微笑みを返してくれた。言葉はないけれど、イールトさんの目は「楽しみにしてる」と言ってくれてるようで。
引きつりかけてた頬が緩むのを感じていると、リジーがクスクスと笑った。
「良かったですね、シャルラ様。ダブルデートに出来ますね」
こっそり思ってた事を言い当てられて、目が泳いでしまう。顔が熱くなってる気がして俯くと、ラステロくんが急に私の腕に抱きついてきた。
「シャルラちゃん、その時はボクも行くからね!」
「え? なんで?」
「だって殿下が供も付けずに町に降りれるわけないでしょ?」
「そうだな。殿下には護衛が必要だ。俺も行くぞ」
大きく頷いたゼリウス様に、ラステロくんは嬉しげに笑った。
そっか。四人だけで出かけるわけにはいかないのか……。
するとジェイド様が、くいとメガネを上げた。
「ラステロ。残念だが君の同行は許可出来ない」
「ジェイド! 何でそんなこというの⁉︎」
「殿下の話を聞いただろう。禁書庫を調べるには君が必要だ」
「あーもう! 何でボクが!」
「外部に漏らすわけにはいかないのだから、他にどうしようもないだろう」
禁書庫に入るには、何でも王族に近い魔力が必要なんだそうで。第一王子がいないなら、ラステロくんが代わりを務めるしかないらしい。
ラステロくんには申し訳ないけど、あんまりくっ付かれるのも困るからいいかな。
「安心しろ。殿下とシャルラ嬢のことは俺が守っておく」
「ゼリウス、ずるい!」
「お前はいつもシャルラ嬢と一緒なんだから、そのぐらい譲れ」
ゼリウス様は柔らかな笑みを私に向けてくれた。これは……どう受け取ったらいいんだろう?
真面目な話をしていたはずが、結局最後はごちゃごちゃになって。それでも話はどうにかまとめて、私たちは昼前には転移陣で学園へ戻った。




