70:さらに詳しく聞きました
「アルフィールのことだ。私を庇うなと言っても、聞かないのだろうな」
アルフィール様の本音がどこにあるかは、側から見ていればとても分かりやすくて。第一王子自身も、本当は好かれてるって気付いてるはずだ。
だからこそ、ぽつりと落とされた第一王子の言葉に胸が痛む。助けたいと思っている相手が自分を庇って死ぬなんて、どれだけ辛い事だろう。
苦しげな第一王子に慰めの声をかけたいけれど、何も言葉が浮かばない。するとジェイド様が、ペンを置いて顔を上げた。
「大体のことは分かりましたが、肝心なことはまだ聞けてません。落ち込むのはまだ早いですよ、殿下」
「……そうだな」
ジェイド様の声はひどく冷たくて、私はビックリしたけれど。第一王子にとってそれは、励ましの言葉だったんだろう。第一王子は気にした素振りもなく、苦笑を浮かべて小さく息を吐いた。
「イールト。もう一つのパターン、アルフィールが生き残る未来ではどうなるのか話してくれ」
「分かりました。……お嬢様が生き残る未来でも、討伐訓練の際、魔獣には襲われます。ですがこの時、殿下はお嬢様ではなくシャルラ様の元へ向かうんです」
第一王子の問いに答えながら、イールトさんはちらりと私に目を向けた。何か言いたげな視線に、何だか緊張してしまう。
まさかとは思うけど、その時って……。
「あの。もしかしてその時は、私が代わりに食べられちゃうんですか?」
「いえ、そうではありません。ただ、出てくる魔獣が問題でして」
「今度は何が出てくるんですか?」
「全部です」
……ん? 全部?
「先ほどお話した魔獣が、全て出てくるそうです」
「はぁ⁉︎」
何を言われたのか私が理解するより前に、隣に座るリジーと壁際にいるゼリウス様が素っ頓狂な声を上げた。ハッとして口を噤んだリジーを見て、とんでもない話だとようやく分かり始める。
喉が引きつったような感覚に襲われていると、いつの間にかゼリウス様がイールトさんに詰め寄っていた。
「おい、イールト! 全部って、ドラゴンもか⁉︎」
「そう聞いています」
「何だそれは! アルフィール嬢は、自分だけ助かれば王都は滅んでもいいって言うのか⁉︎」
イールトさんはゼリウス様に胸倉を掴み上げられているけれど、落ち着いた表情のまま淡々と話した。
「そうではありません。お嬢様だけでなく王都も殿下も無事に終わります」
「そんなのどう考えたって無理だろう! ドラゴン四体だぞ⁉︎ 騎士団と魔法師団、全てで迎え撃ちでもしない限り無理だ!」
「四体ではありません、五体です」
真顔で言ったイールトさんに、ゼリウス様は頬を引きつらせた。
「お前、何言ってるんだ? 五体?」
「はい。五体です」
「なんでそれで冷静でいられるんだよ……」
イールトさんを持ち上げていたゼリウス様の腕が下がる。ゼリウス様の手から抜け出し、乱れた胸元を直すイールトさんを、第一王子が静かに見つめていた。
「リウ、落ち着いたならお前も座れ。話が進まない」
「ディライン……」
「殿下の言う通りだよ。ゼリウスはすぐ怒るんだから」
とんでもない話をされたはずなのに、第一王子とラステロくん、ジェイド様は不思議なほど落ち着いている。異様な雰囲気を、私とリジーはただ眺める事しか出来ない。
第一王子とラステロくんに窘められたゼリウス様は悔しげに顔を歪めて。空いていた一人がけのソファに乱暴に腰を下ろす。
ゼリウス様が黙り込むと、ペンを走らせていたジェイド様が、イールトさんに鋭い目を向けた。
「ドラゴンの種別は?」
「多頭竜、呪竜、地竜、炎竜。そして……」
「邪帝竜でしょ?」
「……はい」
イールトさんの最後の言葉を、ラステロくんが奪うように言った。という事は、ラステロくんは予想出来てたってことだよね?
「ラステロくん。そのダークなんとかドラゴンって、どんなドラゴンなの?」
「ダークエンパイアドラゴンだよ、シャルラちゃん。その名の通り、ドラゴンの王様ってこと。ドラゴンって普通は群れないんだよ」
ラステロくんの話によれば、ドラゴンは縄張り意識が強く、番でない限りは一体だけで暮らしているらしい。その例外となるのが、ドラゴンの王様が現れた時だそうで。ドラゴンの王様は、全てのドラゴンを従える力を持っているんだそうだ。
「エンパイアドラゴンは圧倒的な力を持つ竜種だって言われてるけど、温厚な性格のはずなんだ。王国の初代国王は、エンパイアドラゴンと友達だったって伝説もあるんだよ」
「ええ⁉︎ 温厚なら何で襲ってくるの?」
「ダークって付いてたでしょ? それが理由だよ」
ニコニコしながら説明されたけれど、ラステロくんの話じゃさっぱり分からない。首を傾げる私を見て、ジェイド様がため息を漏らした。
「ラステロ。その説明では伝わらない。……シャルラ嬢。聖魔法の特性を覚えているか?」
え? 何の話?
質問の意図が分からないけれど、ラステロくんはニコニコ笑ったままだし、第一王子とイールトさんも真剣な眼差しで私を見つめてくる。
この質問も、何か意味があるって事なんだろうし、ちゃんと答えなきゃだよね。
「ええと……聖魔法の特性は、回復させる力ですよね? あとは、アンデッド系の魔物を浄化することも出来ますし、肉体を強化したりといったことも出来ます」
「それらの元となるのは?」
「魂……ですね」
怪我や病気など、肉体の損傷を治す時には魂の記憶を元にするのだけれど。生き物が持つ魂は、他の聖魔法にも関係している。
肉体を強化する時には、魂が持つ力の最大量を引き出していて。アンデッド系の魔物は、生前の魂を汚している穢れを祓う事で浄化するからだ。
ん? 穢れ?
「もしかして、さっきのダークって」
「そう。魂についた穢れのことだ。もっとも、ダークエンパイアドラゴンはアンデッドではないが」
魔の森で魔物が生まれるのは、森の奥深くに瘴気の海があるからだと言われている。その瘴気に肉体を持たない魂が触れて歪むと、魔物として生まれてくるのだと学園で教わった。
その中で特殊なのがアンデッド系の魔物だ。アンデッド系の魔物は、死んだ肉体に残った魂が瘴気に触れ、汚れる事で現れる。
この、肉体を持った状態で瘴気の影響を受ける事を穢れと呼んでいた。
けれどダークエンパイアドラゴンは、アンデッドじゃない。という事はつまり、生きたままのエンパイアドラゴンの魂が瘴気に侵されてしまった存在だという事で。
「生きたまま穢れるなんてことがあるんですか……?」
「理屈は分からないが、伝承にも残ってるからあるんだろう。それより、魂の穢れならどうにか出来るとは思わないか?」
「あ……」
そっか。穢れを祓って浄化しても、生きているままならアンデッド系の魔物のように消えたりはしない。ダークエンパイアドラゴンを元に戻してあげたら、温厚なドラゴンの王様になるわけで。
「エンパイアドラゴンに戻れば、他のドラゴンを抑えてくれる?」
「そういうことだ」
「ジェイド様の仰る通りです」
よく出来ましたと言うように、ジェイド様が微笑んで。イールトさんが頷き、声を挟んだ。
「お嬢様の見た未来では、シャルラ様が聖魔法でダークエンパイアドラゴンを正気に戻し、他のドラゴンたちを鎮静化させます。その上で、残りの魔獣を討伐するため、王都も王子殿下も無事となります」
わあ、良かった! 私が頑張らなきゃだけど、どうにかなるって事だよね。
心底ホッとしてリジーに目を向ければ、リジーも安心したように微笑みを返してくれた。けれどイールトさんも第一王子たちも、まだ真剣な面持ちのままで。
「エンパイアドラゴンが出てくるとなれば話が変わるな」
「そうですね。自然発生ではなく人為的なものになりますから」
「まあでも、対象は絞られるんじゃない?」
深刻そうに話す第一王子とジェイド様に、ラステロくんが微笑みながらも、目だけは冷たいままに同意を示す。
思いもよらない話の流れに、私はごくりと唾を飲んだ。