表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/103

7:一緒に暮らすよう説得されました

「いきなり何なんですか⁉︎ そんな突然、結婚なんて無理ですよ!」

「驚かせてごめんね。でも今の話は可能性の一つとして考えてほしいんだ。君には、青い血が流れているのだから」

「青い血? 私の血は赤ですよ⁉︎」

「うん、そうなんだけど。そうじゃなくてね」


 とんでもない事を言われて、思わず叫んだけれど。兄さんは私の隣に座り直し、いたって冷静に話を続けた。


「青い血というのは、一般人の血とは違うという意味だよ。僕たち貴族が貴族たる所以(ゆえん)は、何だか分かるかい?」

「ええと……魔法を使えるかどうか、ですか?」

「半分正解かな。魔法は平民でも使える者はいるだろう? 例えば、冒険者とか」

「……そうですね」


 王国には、魔物が生息する「魔の森」と呼ばれる場所がいくつもある。魔物は、魔力を持つ〝人ではない生き物〟の内、私たち人間に危害を加える存在の事だ。

 獣型や植物型、小鬼型や亡霊型など様々な種類がいるけれど、そのどれもが俊敏で攻撃力が高く、好戦的。普通の人は逃げる事すら難しい。


 そのためあまり増えないように、王都近辺にある魔の森では騎士団が定期的に討伐している。でも中には美味しく食べれる魔物もいて、時々市場で売られたりもする。昨日の日替わりサンドの具になった赤猪(レッドボア)みたいにね。


 だけど騎士団が、王国全土に散らばる魔の森全てを守れるわけじゃない。地方にはそれぞれの貴族領を守る騎士もいるけれど、彼らは治安維持が主な仕事で、森まで手が回らないらしい。

 そこで活躍するのが、冒険者と呼ばれる人々。魔物と対等に渡り合う冒険者たちは、騎士団とはまた違った剣技を扱うけれど、その中には魔法を使う人もいると聞いた事がある。王都では冒険者自体をあまり見かけないけれど。


「僕たち貴族と民間の魔法使いの違いは、魔力量にある。彼らが十回攻撃魔法を撃てるとしたら、貴族は最低でもその倍以上は撃てる。それだけ大きな力で国を守る義務を負うのが貴族なんだ」

「国を守る? 騎士様がいるのに、ですか?」

「森から魔物が溢れた時や他国との戦争時には、騎士団だけでは手が足りない。だから僕たちが率先して戦いに行くんだよ。これは王家も同じだ。民を守るために、僕たち貴族は力を持ってるから」


 初めて聞く話に、びっくりした。何かあったら、王様も戦いに行く事になるんだ……。


「その強い魔力が宿る血を、青い血と呼んでるんだよ。そして君にも、その力がある」

「……私にも?」


 急に言われてもピンと来ない。私もそのすごい魔法を使えるってこと?


 魔法なんて噂に聞くだけで見た事はないけれど、思わず両手を広げて見つめてしまう。でもやっぱり、全く実感は湧かない。

 何もない所から炎や水を出したり、風や雷を起こす事が出来る不思議な力が魔法で、それに必要なのが魔力なんだよね、確か。


「今は分からなくても当然だよ。魔力の扱い方は、王立学園で学ぶことになるから」

「そこで勉強したら、私も魔法を使えるんですか?」

「そうだよ。学園に通うのは、強い魔力を持つ者の義務だ。使い方が分からないまま暮らして、うっかり間違えて暴発したりしたら、町に被害が出るから」

「そんな……」

「だからね、シャルラ。君をこのまま元の生活には戻してあげられないんだ」


 淡々と話す兄さんの顔は真剣で、嘘は感じられなかった。何も分からないまま、ある日突然、誰かを傷付けることになったらと思うと、恐怖で手が震える。

 そんな私の手を、兄さんがぎゅっと握った。冷たくなった指先に触れた温もりは、ひどく優しかった。


「私は……学園に行くために、兄さんと結婚しないといけないんですか?」

「いや、そうじゃないよ。それとこれは、また別の話」


 え? 違うの? それならなんで突然、その話になったの?


 思わずぽかんとして、顔を上げた。兄さんは、困ったように眉を下げていた。


「そんなに僕と結婚するのは嫌かな?」

「嫌っていうか、考えられないっていうか……会ったばかりですし、そもそも意味が分からないんです。ごめんなさい」

「まあ、それはそうだろうね」


 たぶん少し前の私なら、兄さんの申し出にくらっと来たと思う。こんな美男子に結婚を申し込まれるとか、季節外れの雪が降ってもおかしくないぐらいだし。

 でも今の私は、その気になんてなれない。それは、イールトさんの事が気になるからだけど、イールトさんとは特別な関係でも何でもないから、言えるわけがなかった。


 だから私は、嘘じゃないけれど当たり障りのない程度で気持ちを告げて、兄さんから手を離した。兄さんは肩をすくめたけれど、ちゃんと私の手を解放してくれた。

 すると、ずっと黙っていた父さんが口を開いた。


「シャルラがミュランと結婚してくれたら、パパは嬉しい。この家で、シャルラとずっと一緒に暮らせるからね。だが、無理強いするつもりはないから、安心してほしい」

「兄さんと結婚しなくても、学園には行けるんですか?」

「もちろんだよ。強い魔力を持つ者は、たとえ平民であっても、学園入学が義務付けられているぐらいだからね。ただシャルラの場合は、今までと同じというわけにはいかないんだ」

「それは、私が父さんの子だからですか?」

「そうだ」


 ほっとしたのも束の間。どうあっても元の生活には戻れないらしい。

 でもだからって、黙って受け入れるなんて出来ない。私の幸せはこんなキラキラした凄い場所じゃなくて、地味でも温かい下町の暮らしにあるから。


 父さんと血が繋がっているのは分かるけれど、私にとって父親のような存在は、パン屋の親父さんだ。母さんがここに残っても、私には女将さんだっているもの。

 だから私はいつものあの、焼き立てパンの香りの中にいたい。そしてまた、イールトさんや常連のみんなに会いたい。そのためにも、一刻も早く家に帰りたいんだ。この部屋ぐらいしかない、小さな家に。


 そんな私の気持ちは、きっと顔に出ていたんだと思う。父さんは私に、言い聞かせるように話を続けた。


「我が家の跡取りはミュランと決まっている。そう国に届けを出してあるし、ずっと教育してきたからね。シャルラがどんな道を選ぼうとも、息子になってくれたミュランの頑張りに、パパはちゃんと応えるつもりだ。だがシャルラはパパの血を引く娘だから、国に訴えればこれをひっくり返すことが出来るんだ。爵位継承には、直系の血筋が最も重視されるから」


 貴族のあれこれを私は知らないけれど、家業を誰が継ぐかの争いは下町にもあるから、父さんの話はストンと胸に落ちた。

 跡取りの問題があるから、父さんと兄さんは心配なんだ。突然現れた娘の私に、家が乗っ取られるんじゃないかって。

 だから兄さんは、私に求婚したんだ。義理の兄妹でいるより夫婦になってしまえば、奪われる恐れはなくなるから。


 納得するのと同時に、心の芯が急速に冷えていく。会ったばかりの娘だから、信用されなくて当たり前なのに、私はどうやら寂しくて悲しかったみたいだ。

 けれど私は胸の痛みを無視して、父さんを真っ直ぐ見つめ返した。


「私は、貴族になる気なんてありません。兄さんに成り代わろうとかも、絶対に思いません。約束します」

「誤解はしないでほしいんだ。パパもミュランも、シャルラのことは信じてるんだよ。ただ、シャルラはそうだとしても、将来の結婚相手はどうだか分からないだろう?」

「えっ……」

「夫となる男だけじゃない。その家族だって関係してくる。生まれてくる子どもも、シャルラの血と魔力を継ぐだろう。もしその子自身が、継承権を主張したらどうする?」

「それは……」


 私はそこまで考えていなかった。でも、そんな所まで心配するなら……。


「そういうことなら、私は父さん達と縁を切ります。この家と関係があるなんて、誰にも言いません」

「それも意味がないんだ。魔力には型があるから」


 何も知らない私に、父さんは分かりやすく説明してくれた。


 なんでも魔力には型があって、それを調べれば血縁関係が分かるらしい。その型は、学園入学時に必ず調べられるから、私が父さんの娘だという事は多くの人に知られてしまう。

 そして、仮に他国へ逃げようとしても無駄らしい。魔力持ちを国内に留めるため、出国時には魔力検査が義務付けられているから、そこで全て分かってしまうそうだ。


 どう聞いても、逃げ場なんてない。それでも私は、最後の足掻きをしたかった。


「でも……私に魔力がなかったら? そういう可能性はないんですか?」

「それは有り得ない。今こうしてても、シャルラの持つ魔力を感じるからね。何もしないのに魔力が溢れているのは珍しいんだ。これまで誰にも気付かれなかったのが不思議なぐらいだよ。もしかしたら、パパ以上に大きな魔力を持ってる可能性もあるぐらいだ」

「そんな……」

「すまない、シャルラ。慣れない暮らしにはなるだろうが、出来るだけお前の望みを叶えると約束する。結婚だってミュランを受け入れられないなら、いい縁談を探してやろう。それに、もしかすると学園で良い出会いがあるかもしれない。だからこの家で、パパにお前を守らせておくれ」


 どんなに嫌だと思っても、私に拒否権なんてない。貴族の娘になるしかないんだって、それだけは痛いほどよく分かった。

 イールトさんとせっかく親しくなれたのに、気軽に会う事も出来なくなるなんて。


 母さんが心配そうに私を見ていたけれど、私は何も言わずに、ただ受け入れるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ