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67:心の底から謝りました

本日、二話目となります。

 パーティーを抜け出して庭に出て。第一王子たちに捕まった私の耳に響いたのは、イールトさんの冷たい声だった。


(知られちゃった……私が話したってこと)


『シャルラ様ですか』

『シャルラ様からお聞きになったのでしょう?』


 周囲の音も温度も、何もかもが消え去って。頭の中を何度も何度も、イールトさんの声が巡る。

 呆然とする私の目の前には、怒りの形相でジェイド様に掴みかかっているイールトさんの姿があって。木の幹に押し付けられ苦しそうに顔を歪めるジェイド様が、私自身に重なって見えた。


(怒ってる……嫌われた。当然だよね。だって秘密を勝手にバラしたんだから……)


 恐怖と絶望とで足の力が抜けていき、涙が込み上がってくる。けれどここで倒れたり、泣いたりしちゃダメだ。


(ここで泣いたら、もっと最低になっちゃう)


 唇をギュッと噛んで、震える肩を掴んで。そうしていたら、急に暖かな何かに包まれて。


「シャルラ嬢、行くぞ」


 気が付けば、第一王子の上着を羽織らされていて。そのまま第一王子に支えられつつ、ただ足だけを動かした。


(行くってどこへ? ああ、そうか。イールトさんに事情を説明しなきゃいけないんだもんね。そして私は……どうなるんだろう)


 連れて行かれたのは、入学当日、第一王子に連れ込まれた空き教室だった。椅子に座らされた私は、まるで断頭台に立っているような気分になった。


 死ぬ運命にあった母さんを助けてくれて、入学準備を色々と手伝ってくれて。アルフィール様はたくさん良くしてくれたのに、私は裏切った。

 どんな言い訳をしても、それは何も変わらない。イールトさんだけじゃなく、アルフィール様も怒るだろう。

 ……ううん、怒るだけで済むんだろうか。


(アルフィール様の希望を、私は奪ったんだ)


 つい先ほど見送った、真っ青な顔のアルフィール様を思い出す。アルフィール様が何をしてでも掴みたかった希望を、私が打ち砕いてしまった。これをアルフィール様にも知られたら、アルフィール様はどうなってしまうんだろう。


(謝って許されることじゃないよ。必ず助けるなんて、そんな都合のいいことばかり考えて。私はただ、イールトさんを諦めたくなかっただけ)


 私のどこが、心優しく純粋で頑張り屋なヒロインだというのだろう。「私らしくない」とかもっともらしい言い訳をして、自分に都合の悪い考えから目を背けてきた。

 本当の私はこんなに汚くて自分勝手で、逃げてばかりだ。


 終わらない後悔に沈んでいると、不意に肩にかけられていた上着が取り払われた。


「殿下、こちらをお持ちください。後は私のをお貸ししますので」


 イールトさんの声と共に、再び肩にかけられた上着。そこからは、柑橘系の香りがふわりと漂ってきて。


(なんで……?)


 イールトさんの上着を借りる資格なんて、私にはない。驚いて顔を上げると、いつの間にか話は終わっていたようで。教室を出ようとする第一王子とジェイド様を、イールトさんが見送ろうとしていた。


「ミュランには私からうまく伝えておく。鍵は明日返してくれ。馬車の手配もしておくから、話を終えたら送ってやるといい」

「ありがとうございます」

「イールト。シャルラ嬢をあまり責めるなよ。殿下も僕たちも、話してもらえて感謝してるんだ」

「お気遣いありがとうございます。ですがご心配なく。心得ておりますので」

「えー、二人きりにする気なの? ボク、シャルラちゃんが心配だな。ゼリウスも残りたいよね?」

「俺はシャルラ嬢の気持ちを優先する。お前と一緒にするな」


 去っていく第一王子とジェイド様に、イールトさんは頭を下げて。渋るラステロくんをゼリウス様が引っ張って、消えていった。

 二人きりになると、イールトさんは静かに扉を閉めて鍵をかけた。


「シャルちゃん、寒くない?」


 あまりに穏やかに問いかけられて、何と答えていいのか分からない。気まずくて思わず俯いてしまったけれど、私が言うべきことは一つしかなくて。


「……ごめんなさい」

「ん?」

「ごめんなさい。私……勝手に話しました」


 謝っても取り返しはつかないし、ただ私の中にある罪悪感を吐き出す事にしかならない。許される事じゃないんだから、謝られたってイールトさんも困るだろう。それでも、言い訳じみた言葉は止まらなくて。


「アルフィール様のことを見捨てたわけじゃないんです。殿下は最初からアルフィール様のことしか見てなくて、出会いイベントも本当は失敗していて。もっと早くに話すべきだったし、私一人で勝手なことをするべきじゃないって分かってたけど、でも私……」

「そうだね。まさかシャルちゃんが話すとは思わなかった。正直、ショックだったよ」


 私の前に立ったイールトさんの言葉に息を飲む。その声は特に冷たいわけでもなく淡々としたものだったけれど、それがかえって恐ろしかった。


「ごめ……なさい」


 ずっと堪えてた涙が、堰を切って溢れ出す。泣いちゃいけないって何度も言い聞かせて涙を拭っても、全然止まらなかった。

 そうしたら、イールトさんが膝をついて涙に濡れた私の手を握ってきた。


「そんなに目を擦ったら腫れるよ」

「でもこんなの、卑怯だから」

「それなら俺も卑怯だよ」

「……え?」


 何を言われてるのか分からずに、鼻をすすった。顔を上げれば、イールトさんはどうしてか、困ったように眉を下げながらも微笑んでいて。


「俺はお嬢様にお仕えしてるんだから、本当なら裏切ったシャルちゃんを怒るべきだ。でも俺は、そういう気になれないから」

「……どうしてですか」

「悔いても嘆いても、知られてしまったことはどうにもならない。シャルちゃんを責めても仕方ないだろう?」


 どうしてこんな時にも、イールトさんは優しいんだろう。慰めるように微笑まれると、胸が痛んで苦しかった。


「でも私は、アルフィール様の唯一の希望を潰したんです」

「そうだね。だからこれから償おう。俺と一緒に」

「償う? イールトさんと?」

「シャルちゃんはお嬢様を見捨てるつもりじゃなかったんだろう? それならちゃんと、最後までやらなきゃ」

「最後までって……イールトさんも、手伝ってくれるんですか?」

「もちろん」


 真っ直ぐに私を見つめて言うイールトさんの目は、真剣なもので。まさかこんなにあっさりと、私のしでかした事を受け入れてもらえるなんて信じられなかった。

 そんな私の気持ちを読み取ったかのように、イールトさんは苦笑を浮かべて。


「俺もね、本当は諦めたくなかったんだよ。この二ヶ月、俺がどんな想いでシャルちゃんを見ていたか知らないだろう?」

「どんなって……」

「今はまだ言えない。でも、俺の本音を言えるように、俺にも協力させてほしいんだ」


 イールトさんの本音を言えるように? それって、まさか……。


「イールトさん、もしかして私のこと」

「それ以上はダメだよ、シャルちゃん」


 言いかけた私の言葉を、イールトさんは以前のように指先で止めた。


「こうなったなら、俺だってもう諦める気はないよ。でもだからって、すぐに言うわけにはいかないんだ。お嬢様にお仕えする身として、俺はケジメをつけなきゃいけないから」


 ケジメを付ける……つまり、アルフィール様の事をきちんと助けるまでは、気持ちを表には出さないって事だろう。それは私も同じ気持ちだ。

 今まではただ、イールトさんを諦めたくないって気持ちだけでいっぱいだった。でも今は、本当の意味で自分が何をしてしまったのかを感じている。だからアルフィール様がどうなっちゃうか分からないままじゃ、罪悪感でいっぱいで。もしイールトさんと気持ちが通じ合っても、純粋に喜ぶ事なんて出来そうにないから。


「だからシャルちゃん。俺と一緒に頑張ってくれないかな」


 唇に当てられていたイールトさんの指が離れていく。私は深く息を吐いて頷いた。


「もちろんです。もし全部ちゃんと終わらせられたら……その時は、私の気持ちを聞いてもらえますか?」

「それは約束出来ないな」

「え……」

「このままシャルちゃんに全部先を越されるなんて、俺は嫌なんだよ。シャルちゃんはずっと一人で頑張ってきたんだから、次は俺から先に言わせて」

「イールトさん……」


 こんな風に言ってもらえるなんて、想像もしてなかった。イールトさんは本当に、私を許してくれるの?


「もう一人で勝手に動いちゃダメだよ。俺にちゃんと相談して。これからは俺も共犯者なんだから。いい?」

「……はい。必ず言います。イールトさん……ありがとう」

「どういたしまして」


 またポロポロと勝手に涙が溢れ出したけれど、私が顔を覆う前にイールトさんに抱き寄せられた。シャツの染みになっちゃうのに、イールトさんはギュッと抱きしめてくれて。私は子どもみたいに、声を上げて泣いた。

 私の髪を優しく撫でながら、イールトさんは耳元で「俺を諦めないでくれてありがとう」と囁いてくれた。


 いくらイールトさんが許してくれたからといって、私がやってしまった事は何も消えてない。でも冷え切った心と体がじんわりと温まっていくのを感じて、ここを終わりじゃなく始まりにしようと、強く強く思った。

これにて第二章終了となります。

明日の日中に間話を投稿し、明日夜から第三章をスタートさせたいと思います。


ここからはイールトも巻き込んで、アルフィールの運命を変えるべくシャルラたちが頑張っていきます。次章が最終章となる予定です。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!

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