64:続・怒ってしまいました
*本日、二話目の投稿となります。
普段ならこんな事は言わないけれど、どうしたって気持ちが収まらない。つい咎めてしまった私に、第一王子は表情を変えなかったけれど、申し訳なさそうな声音で囁き答えた。
「ああ、言った。だが私は、どうしてもアルフィールともう一曲踊りたかった。それにこれなら大丈夫だと思ったんだ」
長年ずっとアルフィール様に避けられ続けていた第一王子は、ここ最近接触が増えた事で我慢が利かなくなってしまったらしい。婚約者は二曲続けてダンス出来るのに、なぜその二曲目を好きでもない私と踊らなければならないのかと、かなり葛藤したんだそうだ。
そんな時に、ふと思いついたそうだ。曲順さえ変えれば、何の問題もないんじゃないかと。
「順番が変わっても、曲とダンスが変わらなければ彼女が知る未来と変わりないはずだろう? 現にこうして、私と君は踊っている。だからあそこまで、アルフィールが取り乱すのは想定外だった」
なるほど。二曲目という順番じゃなく、この状況さえ再現出来れば問題ないって事か。確かにそれもないとは言えない。だって実際、今までも色んな違いがあったけれどアルフィール様は納得されてたもんね。
「だがシャルラ嬢を次に誘うと話しても、アルフィールは怯えるばかりだった。やはり良くなかったのだろうな……」
「そうですね。私も大変だったんですよ。ラステロくんとゼリウス様が代わりに私を誘いに来たのも、殿下の差し金ですか?」
「自由にしていいとは言ったが、誘えとは指示していない。……まさかそれが原因か?」
ハッとした様子で第一王子が微かに顔を歪める。けれど私はその問いに答えられない。アルフィール様が何に一番恐怖を感じたかなんて私には分からないから。
でも実際、それが大きな理由だと私も思うけどね。そしてそこに自力でたどり着いちゃうこの人は、本当にすごいと思う。だって私が話していたのはほんの一部だけで、ラステロ様たちが攻略対象だなんて第一王子は知らないんだもの。
(そう考えると、こんな事にしてしまったのは私のせいでもあるんだよね。やっぱりちゃんと全部話すべきだったのかも)
怒ってしまった事に、気まずさも感じるけれど。でもだからって、私に内緒でこんな事するのは酷いと思う。
「せめて私に一言、相談してくれたら良かったんです」
「それは……すまなかった」
「とりあえずイールトが助けてくれましたから、きっとアルフィール様も少しは安心出来ると思いますよ」
「そうか。そうだな……」
わあ、珍しい。表面上は微笑んでるから、至近距離にいる私しか分からないと思うけど、あの第一王子がめちゃくちゃ落ち込んでる。本当にこの人、アルフィール様の事大好きだよね。
きっとさっきだって本当は、アルフィール様をイールトさんに預けたくなかっただろう。それでもアルフィール様が少しでも気を楽に出来るようにと、この人は私にダンスを申し込んだんだ。
ここまで反省されると、怒りなんてどこかに行ってしまう。第一王子のこの頑張りが、少しでもアルフィール様に届いたらいいのになと思った。
そうしたらふと、視界の片隅にイールトさんの姿が見えて。
「あれ? アルフィール様に付き添って帰ったんじゃ……」
「イールトか。恐らく馬車で先に帰して、一人で戻ってきたのだろう。アルフィールの代わりに様子を見るつもりなのだろうな。シャルラ嬢、挽回出来るように手伝ってもらえるか?」
私に聞かなくたっていいはずの人なのに。捨てられた子犬みたいな顔で言うから、思わず笑ってしまいそうになった。
「仕方ないですね。私もアルフィール様には元気になってほしいですから、お付き合いしますよ」
「感謝する。あとで褒美をやろう」
「あ、それはいらないです。ご褒美はイールトからもらうことになってるので」
「イールトから? 何をもらうつもりだ?」
「殿下と完璧に踊れたら、何でも一つ質問に答えてもらえる約束なんですよ」
「何でも……そうか。それは逃すわけにはいかないな」
「ちょっ……!」
「はは。ちゃんとついて来いよ」
ニッと笑った第一王子の強引なリードに顔をしかめてしまったら、第一王子が楽しげに笑った。作り物じゃない殿下の笑顔なんて、初めて見た気がした。
(これならきっと大丈夫だよね。イールトさんはちゃんと、アルフィール様に報告してくれるはず)
完璧なダンスと言えるかは分からないけれど、できる限りミスなく踊ろうと私は必死に食らいついて。そうしてる間に、イールトさんはいつの間にか姿を消していた。
「シャルラ嬢、楽しい時間をありがとう」
「こちらこそ、殿下とご一緒出来て光栄でした」
さすがに三曲も踊れば疲れも溜まるし、精神的にも疲れてる。それでも淑女の微笑みを浮かべて第一王子と別れ、兄さんと合流しようと思ったけれど。兄さんは、女子生徒に囲まれて身動きが取れなくなっていた。
(あそこには近づかない方がいいよね)
第一王子と踊った事でただでさえ女子からの視線が痛いのに、あの中に入っていくなんて絶対無理だ。料理も食べに行きたいけど、ホールに留まってまたラステロくんたちにダンスに誘われても困る。こうなれば少し庭にでも逃げた方がいいかもしれない。
そんな風に思って、テラスから庭へ降りたんだけれど。
(あ、イールトさん! ……って、あれ?)
イールトさんの姿を見つけて足を向ければ、ジェイド様となぜか二人で向かい合っていて。声は聞こえないけれど剣呑な雰囲気に、私は思わず足を止めたんだけど。
「誰かと思えば君か」
「でん……っ!」
「すまない、シャルラ嬢。静かにしてくれ」
「殿下、これちょっとマズそうだよ」
「直接聞かせろ。シールドの干渉は出来るだろう?」
「もちろん」
唐突に横から現れた第一王子に驚いていたら、ゼリウス様に口を塞がれて。ラステロくんが何かを唱えると、遠くにいるはずのイールトさんとジェイド様の話し声が聞こえてきたから、またビックリした。でも……。
(え……嘘。なんで?)
聞こえてきた話は、思いがけないもので。血の気がサッと引いていって、私は呆然と立ち尽くした。