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60:ダンスパーティーの日になりました

 学園でダンスパーティーが行われる炎花(ファム)の月、第二(ウォラ)の日が、いよいよやって来た。リジーの手を借りて綺麗に着飾った私は、兄さんと共に馬車で学園に向かった。

 この日は、毎年国中で行われている涼風祭り(アキュエリテ)の日でもある。いつもよりゆっくり走る車窓からは、空を彩る虹と賑やかな町の様子が見えた。


 夏真っ盛りとなるファムの月は、厳しい暑さが続く。今私たちが乗っているこの馬車やお屋敷、学園の校舎は魔法や魔道具で気温が調整されているから、さほど暑さを感じないけれど。魔法と縁のない平民は違う。

 私も下町に住んでた頃は出来る限り薄着をして窓を開け放ち、時折店や家の周りに水を撒いたりして暑さを凌いでいた。それでも我慢ならなくなると、頭から水をかぶったりもしたものだ。


 でも実はこの暑さには、さらに上がある。大昔はあまりの暑さに多くの人が毎年亡くなってたそうだけれど。それを解消するために、ある時からお祭りが行われるようになった。それがアキュエリテだ。

 アキュエリテの日には王宮で、暑さを和らげる儀式が行われる。国王陛下の祈りが神に届くと通り雨が降り、虹が空にかかる。そしてその日を境に夏の暑さは一段落して、季節はゆっくりと夏の終わりに向かっていくんだ。

 だから町に住むみんなは、暑さから解き放たれるこの日を楽しみにして、陛下へ感謝を捧げ、続く秋の恵みが多くなりますようにと願い、お祭りをするようになった。


 けれど私は、貴族の娘となった事でこのお祭りの裏側を知った。

 アキュエリテの儀式は、国王陛下だけでなく成人した王族、貴族も協力して行なうものだそうだ。王宮を起点として各地の領主町を繋ぎ、王国中に水と風の魔法を巡らせるらしい。

 これまで私が毎年喜んでいた通り雨は、この魔法の雨だったわけだ。


 儀式は日中に行われて、その後慰労の意味を込めて夜には王宮で夜会が行われる。そしてそれと時を同じく、学園でもダンスパーティーが開かれる。学生は未成年のため儀式に参加しないが、ダンスパーティーを通じて国に貢献するためだそうだ。

 パーティー会場となる学園ホールには、王宮の儀式の間に繋がる魔力集積の魔法陣が敷かれるそうで。集まった学生たちから魔力を少しずつもらい、儀式に使用した国宝の魔道具に魔力を込め直すらしい。


 これまではただお祭りの楽しみを享受してきたけれど、これからはみんなに涼しさを届ける側になる。私は改まる思いを感じながら、お祭りを楽しむ人々の笑顔を眺めた。


「さあ、着いたよ。シャルラ、手を」

「ありがとうございます、兄さん」


 学園へ到着し、いつものように兄さんの手を借りて馬車を降りる。けれど今日の私は、いつもと違ってドレス姿だ。

 夜会用にとマダムに仕立ててもらったドレスは、兄さんの髪や瞳の色そっくりの藍色。首元やそでの部分には同色の涼しげなレース生地が使われていて大人っぽく見える。

 でも腰周りには大きめのリボンが巻かれていて、ふんわり広がるスカート部分にはイールトさんの意見で加えられた銀糸の刺繍が全体的に施され、星空みたいで可愛らしかった。


「うん、やっぱり可愛くて綺麗だよ、シャルラ。まるで星の女神が舞い降りたようだ」

「兄さん、褒め過ぎですよ」


 褒められるのは嬉しいんだけど。兄さんからは出発前や馬車内でも、どうしてここまで言えるのかと思えるほど詩的な表現で褒められ続けたから、正直胃もたれ気味だ。

 確かにリジーのお化粧や髪結いの技術は相当なものだし、ドレスも素晴らしいから、賞賛したくなるのは分かる。でも結局着てるのは私なんだよ。貴族のご令嬢らしく振る舞うのも未だに苦労してる私としては、そんなに甘く褒められても困るんだよね。


 第一、私以上に輝いているのが兄さんだ。いつの間にか兄さんも、私のこのドレスとお揃いになるようにマダムに夜会服を頼んでいたようで。藍色のタキシードに銀色のタイ姿は、それこそ星の王子様だ。

 今もそのキラキラしい笑顔で周囲の女子生徒の視線を全部攫ってる人にベタ褒めされても、何とも言えない気分になる。こんな綺麗な兄さんと、この後ダンスを踊るのかと思えばなおさらだ。


 それでも私は内心を隠して、照れたように表情を作る。これもイールトさんの指導の賜物。おかげで兄さんは上機嫌でエスコートしてくれてる。

 たくさんの視線に晒されるのは正直言って落ち着かないけれど、兄さんが壁になってくれるから耐えられる。兄さんから離れたら私なんか誰も見向きもしなくなるだろうから、もっと楽になるんじゃないか……なんて考えたら負けなんだ。たぶん。


 そんなこんなで兄さんと共に会場となるホールに足を踏み入れ……私は固まった。


「うわぁ、すごい。綺麗……」


 普段は学食として使われている大きなホールは、煌びやかに変わっていた。

 いつも並んでいたテーブルや椅子は消え去り、壁全体は美しい花々や飾り布で彩られている。シャンデリアの下がる高い天井はまるで外かと思うような夜色に変わっていて、魔法の灯りなのかポワポワと虹色の光がシャンデリアの間にいくつも浮かんで、明るくも幻想的な空間を作り出していた。


「驚いたみたいだね?」

「はい、ビックリです。昨日はこうじゃなかったのに。たった一晩でこんなに変わるなんて思いませんでした」

「先生方が魔法で変えてるんだよ。このホールで唯一魔法が関係ないのはアレだね」


 兄さんが指し示した先には、何種類もの料理が並べられたテーブルと、色とりどりの飲み物が注がれたグラスがあった。


「すごい量ですね。あんなにたくさん並べるだけでも大変そうですけど、どこから?」

「学食で作ってるんだよ」

「これも学食で⁉︎」

「なかなか美味しいんだよ。後で僕たちも食べようね」


 兄さんの話によれば、毎年このダンスパーティーと卒業パーティーの際は、学食から料理が提供されるらしい。いつものメニューとは違ったパーティー用の料理ばかりだけれど、どれも美味しいから毎年かなり人気なんだとか。


「ダンスパーティーって、踊るだけじゃないんですね」

「本当の夜会になったらたくさん踊って社交してってなるけれど、これは学園行事だからね。踊りたければ踊って、食べたければ食べて、飲みたければ飲む。平民出身の子たちも参加出来る気楽なものなんだよ。だからシャルラも、もっと楽にして大丈夫だから」

「分かりました」

「せっかくだから、どんな料理があるか見ておこうか」

「はい」


 ダンスパーティーも登校時と同じく爵位の低い学生から入場してるから、先はまだまだ長い。兄さんに連れられて、私はホールの片隅に並ぶテーブルのそばへ向かった。


 遠目では分からなかったけれど、美味しそうな料理の数々は大皿の他に取りやすいよう小皿にも分けて並べられている。それらの盛り付けまで一つ一つこだわってるようで、まるで宝石箱の中身みたいにキラキラ輝いて見えた。

 けれど私の内心は複雑だ。私には、第一王子と完璧なダンスをしてイールトさんに質問するという大仕事がある。兄さんの言葉は嬉しいけれど、正直楽には出来なかった。

 まあ、無事に終わったら、のんびり食べてもいいんだろうけどね。


 そんなこんなで時間を潰してるうちに、徐々に人は集まってきて。最後にアルフィール様をエスコートする第一王子と、側近候補の三人、そしてイールトさんがホールへ入ってきた。


炎花(ファム)の月は、日本でいう八月。

*会場設定に矛盾してた部分があったので、修正しました。

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