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58:見守るのがこんなに辛いなんて(イールト視点)

 王立学園の授業には、男女別となるものもある。常にアルフィールお嬢様のそばに控えている俺も、その時ばかりは別行動だ。それでも何かあれば駆けつける必要があるため、俺は常に気を張っている。

 だから教室移動の途中であっても、お嬢様の姿は見逃さない。校舎三階の窓辺から中庭を見下ろせば、子猫の様子を見てきたのだろう、お嬢様とシャルちゃんが校舎へ戻ってきていた。


(シャルちゃん…… あんなに嬉しそうに笑って。今日も殿下と会えて楽しかったんだろうな)


 お嬢様だけを注視していたはずが、その隣にいるシャルちゃんに目が吸い寄せられてしまう。

 初めて会った時から可愛いと思っていたが、令嬢教育を受けた事でさらに魅力が増したシャルちゃんの笑顔は眩しいほど輝いている。

 今ではお嬢様と並んで歩いても何ら遜色ない所か、お嬢様と同じだけ周囲の視線を集めるようになった彼女は遠く、三階と中庭の距離がそのまま今の俺たちの距離感なのだと虚しさを感じた。


(もうすっかり手の届かない女の子になったな)


 つい先日、シャルちゃんが王宮へ招かれ、王子殿下と個人的なお茶会をしていた時の事が脳裏に浮かぶ。


 ジミ恋で王子がヒロインを茶会に招くのは、秋頃に起こるイベントだとお嬢様は話されていた。時期的に早過ぎる気はするものの、親密度がそれだけ高くなってるんだろうとお嬢様はホッとされたご様子だった。

 だが俺はそれを素直に喜べなかった。最近はシャルちゃんと目が合う事もほとんどない。元はといえば、どうしても俺を気にしてしまうらしいシャルちゃんから、俺が目を逸らし続けた結果だというのに。

 顔にも態度にも決して出しはしないが、殿下たちに向けられている笑顔が俺には向かない事を、寂しく感じてしまう自分に嫌気がさした。


(シャルちゃんは幸せそうにしてるし、お嬢様の命も助かる。だからこれでいいんだ。これで)


 心を捻じ曲げて自分に言い聞かせてみても、恋情は胸の奥で燻り続ける。窓の向こう、中庭でお嬢様が殿下に呼び止められ、シャルちゃんが一人で歩き出すのを見ればなおさらだった。


(殿下は本当にシャルちゃんを見てるんだろうか。シャルちゃんを隠れ蓑にして、お嬢様に近付こうとしてるだけなんじゃ……)


 そばにいると何とも思わない事も、俯瞰して見れば違って見えたりする。お嬢様の隣で笑みを浮かべていたシャルちゃんの表情が、一人になった途端に一気に暗くなったのが気になった。

 不敬なのは重々承知だが、殿下に対して不安と疑念が一気に湧き上がり、どうしようもない怒りが噴き出してしまう。


(もしシャルちゃんを傷付けたりしたら……たとえ殿下でも許さない)


 誰よりもシャルちゃんを傷付けたのは俺自身だというのに、激情が胸を埋め尽くす。

 俺に向けてくれた好意を。あれほど望んでいたシャルちゃんの心を俺は振り払ったのだから、今さら彼女を心配するなんて厚かましい事で、嫉妬する権利もないのに。

 それでもどうしようもなく心が騒ついて、俺は視線を逸らした。


 すると二階の窓がガラリと空いて、女子生徒の醜い妬みの声が耳に入った。


「ほら、あの子。いま一人みたいよ!」

「まあ、本当だわ。思い知らせてさしあげましょう」


(またか。……させるはずがないだろう)


 恐らく二年生なのだろう、女子生徒が水魔法の詠唱を始め、校舎に入ろうとするシャルちゃんの頭上に二階の窓から水球が打ち出される。

 俺はそこへ風魔法を放ち、二階にいるはずの女子生徒へと返してやれば、汚い悲鳴が漏れ響いた。

 シャルちゃんが何も気付かずに通り過ぎていったのを確認し、ホッと息を吐く。


「へー。シャルラちゃんの周りに防音結界(シールド)張りながら、風魔法の行使。それも無詠唱でとはね。イールト、腕を上げた?」

「……ラステロ様」


 背後からかけられた声に思わず顔をしかめる。

 ラステロ様がどんな幼少期を過ごされていたのかは、俺も知っている。お嬢様からそれを聞いた頃は同情したものだが、今は違う。俺はお嬢様のためにシャルちゃんを諦めただけであって、ラステロ様やゼリウス様に譲るために身を引いたわけじゃないんだ。

 渋面のまま振り向いた俺に、ラステロ様はいつものように食えない笑みを浮かべた。


「ああいう子、やっぱり増えてる?」

「そうですね。私の知る限りでは」

「イールト以上に分かる人はいないんじゃない? フィーちゃんの従者のくせして、シャルちゃんのことまで見過ぎだと思うんだけど」

「これもお嬢様からのご指示ですので」


 本来ヒロインを虐げるはずのお嬢様は、シャルちゃんの後ろ盾になっている。だからお嬢様はゲームの強制力が働いて、他の誰かがシャルちゃんに手を出すかもしれないと心配されており、結局その懸念は見事に当たった。

 もっとも普通に考えて、王子殿下と子爵令嬢が親しくするなどあり得ない。そこへさらにラステロ様たち高位貴族ともよく一緒にいるのだから、乙女ゲームなんて関係なくシャルちゃんを妬む者が出てくるのは簡単に予想出来るものだった。


 そんなわけで、後ろ盾であるお嬢様はそれを防ごうとして色々と動いている。だがそれでも、防ぎきれないものもどうしても出ていた。

 そんな時、それらをシャルちゃんに知られないように俺は陰で処理しているんだ。そしてこれは俺とお嬢様だけでなく、ラステロ様もやっている事だった。


「イールトはさ、シャルちゃんのことどう思ってるわけ?」

「どう、とは?」


 内心は別として、俺はシャルちゃんへの気持ちを表に出さないよう細心の注意を払ってる。だからこんな事をラステロ様から聞かれるのは初めてだった。


「シャルラちゃんを見守ってるのって、本当にフィーちゃんの指示があるからだけなの?」

「もちろん、そうですよ。まあ、シャルラ様は優秀な生徒でもありますから、せっかく教えた淑女としての姿をお守りしたいという気持ちもありますが」

「ふうん……。なら、ボクとシャルちゃんのことも応援してくれない? 教え子が公爵夫人になったら鼻が高いでしょ?」

「申し訳ありませんが、それはお応え出来かねます。お嬢様も反対なさってますから」

「相変わらず融通の利かないやつだなぁ。大人しくボクに渡せばいいのに」


 ラステロ様が何を考えているのか分からないが、当たり障りない返答を意識して返すと、ラステロ様は去っていった。その背がどうにも腹立たしく思えて、人目がないのを良い事につい睨みつけてしまう。


(何と言われようが、あなたには決して渡さない)


 俺が頷くわけがないんだ。お嬢様の生死がかかってさえいなければ、俺がシャルちゃんのそばにいたいのだから。


(今さらそんなことを思ったって、どうしようもないのに……何をやってるんだろうな、俺は)


 頑張り屋のシャルちゃんは、俺が教えた事をどんどん吸収し身につけて、綺麗になっていく。特に最近、ダンスの練習で可憐に踊る姿は誰にも見せたくないと思うほどだ。

 自分の手で心を込めて育てたというのに、咲きほこる美しい花をみすみす他者に渡さなければならないなんて。


(お嬢様を救う方法が、他にあれば良かったのに)


 誰に届くわけでもない願いを心の中で呟いて、思わず自嘲する。中庭に目を向ければ、お嬢様が小走りで校舎へ向かう姿が見えた。


 お嬢様の話だと、もうすぐ行われるダンスパーティーでヒロインが誰と踊るかで、ルートが決まるらしい。そこで王子殿下とシャルちゃんを組ませるために、俺はダンスを教えているんだ。

 あまりの辛さに頭を掻きむしりたくなるが、お嬢様のためにも今ここで立ち止まるわけにはいかない。どうしたって燻る想いを無理矢理押し込め、俺は拳を握りしめて歩き出した。

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