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54:王宮庭園に招かれました

 子猫作戦を成功させた後、私はアルフィール様とほぼ毎日のように温室そばの木の下へ足を運んだ。移動教室の合間や昼食後、放課後など時間はバラバラだったから、第一王子と必ずしも会えるわけではなかったけれど。それでもたまに会う第一王子はとても嬉しそうに顔を綻ばせていたから、良かったと思う。

 まあそれも、手放しで喜べるわけでもなかったんだけどね。


 アルフィール様とイールトさんに疑念を持たれないよう、第一王子の笑みはカモフラージュとして私に向けられるわけで。あまりの色気と神々しさに目が潰れそうだったんだから。美男子って危険だ。

 でもアルフィール様はすごかった。子猫を介してるとはいえ、あの第一王子と自然な笑顔で向き合えるんだもの。やっぱり第一王子の妃には、アルフィール様以外考えられないと思う。


 だから子猫の元へ通いつつも、次は何を仕掛けようかなって考え始めてた。怪我は嘘だから、包帯を巻いてても子猫は元気いっぱいで。この調子だと、長めに誤魔化しても来週までこれを続けられるかどうかだろうから。


(ジミ恋のシナリオに近い形でだと、今はまだ学園で起こせるイベントって他にないんだよね。後は町に出た時になるけど、休みの日はイールトさんのダンスレッスンがあるからなぁ)


 アルフィール様からは、私が入学して一ヶ月ちょっとという今の時期はゲームの序盤だと言われている。この時期は、ヒロインのステータス値をとにかく上げて、出現スポットで攻略対象と会って親密度を上げるのが大事だそうで。その他に学園内で起きるのは、ランダムでやってくる昼食イベントぐらいらしい。

 そして毎週お休みの日には、お屋敷でステータス値を上げるか、町に買い物に出かけて攻略対象とのイベントが起きる事に賭けるかの二択になるそうだ。だからシナリオに絡めてアルフィール様と第一王子の接点を作るなら、街歩きを利用するしかないというわけ。


 ちなみに休日にお屋敷にいる場合も、ごく稀にイベントが起きるそうで、その一つが猫と戯れるイベントだった。本当は第一王子じゃなくてミュラン兄さんとの親密度が上がるイベントだったんだよね、子猫イベントは。それを利用するつもりだったけれど、学園での出現スポットに絡める形に変更したというわけ。


(一回ぐらいレッスンをお休みしても、ダンスパーティーにはたぶん間に合う。でもイールトさんとダンス出来る貴重な時間を使いたくないな……)


 どうしようかと考えながら迎えた、(トゥリ)の日。この日もいつも通りに兄さんと登校して。すでに習慣となりつつあるラステロくんのお迎えを予想しながら馬車を降りたのだけれど。


「おはよう、ミュラン」

「ジェイド殿、おはようございます。ずいぶんお早いんですね。僕に何かご用でしょうか」


 なぜか今朝は、ラステロくんだけじゃなくジェイド様まで校舎の入り口に立っていた。ジェイド様は兄さんに声をかけたけれど、これは礼儀として当然のことだ。もしかして本当は私に用があるのかなと思ったら、まさしくその通りだったみたいで。


「いや、君の妹君に渡したいものがあってね」

「シャルラにですか?」


 首を傾げた兄さんが、私へと振り向く。私がジェイド様とラステロくんに挨拶すると、ジェイド様は鞄から真っ白な封筒を取り出した。


「ディライン殿下から、君宛にだ。シャルラ嬢」

「えっ、殿下からですか?」

「ああ。明後日のことだから、急ではあるが。ミュランも、シャルラ嬢への招待を許してほしい」

「シャルラを招待? 茶会ですか?」

「そうだが、王宮庭園で殿下と個人的なものだよ」


 そういえばお城の庭に招待するって、第一王子が前に言ってたような気がする。てっきり社交辞令かと思ってたのに、本気だったんだ。

 私はそんな事をのんびりと考えてたんだけれど、兄さんはほんの僅かに動揺を滲ませていた。


「王子殿下との個人的な茶会とは……それはアルフィール嬢と一緒にということでしょうか」

「いや、アルフィール嬢は妃教育があるから、招待されてるのはシャルラ嬢だけだ。ただ、妃教育が早めに終われば、アルフィール嬢も合流するだろう。もちろん、僕とラステロ、ゼリウスも同席するから、二人きりにはならない。安心してほしい」

「そうですか」


 兄さんも、私が最近第一王子と親しくさせてもらってるのを知っている。もちろんその場にはアルフィール様もいるわけだから、変な噂にはなってないけど。やっぱり心配してくれてたんだろうな。ジェイド様の話を聞いて、どこかホッとしたように見えた。


「それでは、僕から父にも話を通しておきます」

「ありがとう、助かるよ。では、シャルラ嬢。また」

「はい。お届け頂きありがとうございました」


 ジェイド様と兄さんは同じクラスだから、二人で並んで歩いて行った。私が封筒を鞄にしまうのを、ラステロくんはニコニコしながら見ている。

 私はふと不思議に思って、顔を上げた。


「そういえば、どうしてジェイド様が直接届けに来たの? ラステロくんからもらっても良かったのに」

「あー、それはほら。ボクって信用ないからさ」

「信用……?」

「だってシャルラちゃんのドレス姿、独り占めしたくなっちゃうもん。招待状も場所だけ書き換えちゃって、シャルラちゃんを攫っちゃうかもしれないでしょ?」

「そこまで気にするような格好、私は出来ないよ」

「えー。シャルラちゃん、可愛いのに。もっと自信持ってよ」

「ありがとう、お世辞でも嬉しいよ。そんなに褒めてもらえるなら、何かお礼しないとだね。お茶会にクッキーでも焼いていこうか?」

「いいね、それ。ボク食べたい!」


 ラステロくんは嬉しそうに笑って歩き出す。甘いものが本当に好きなんだなぁと思いつつ、私は内心でイールトさんとのダンスレッスンが一回分消えた事に落ち込んでいた。


 そうして迎えたお休みの日。私はリジーと共に、第一王子が手配した馬車に乗って王宮へ向かった。

 丘の上に立つお城は王都の中ならどこからでも見えるけれど、間近で見るのは初めてだし、中に入るなんて考えた事もなかったから、近付いてくるお城のあまりの大きさと豪華さに、ただひたすら圧倒されてしまう。

 気後れしそうになるけれど、馬車は容赦なく進んでいって。門を潜り王宮の入り口で馬車が止まると、私を待っていたジェイド様が扉を開けてくれた。


「お待ちしてました、シャルラ嬢。お手をどうぞ」

「ありがとうございます」


 ジェイド様の案内で城の回廊を通り抜け、私とリジーは庭園に足を踏み入れる。

 さすが王族が暮らす王宮の庭だ。色とりどりの花々は、先日見せてもらった公爵家のお庭より種類が多く、天馬などの形に美しく刈られた庭木の数々も並んでいて圧巻だった。

 天使の彫像が飾られた噴水の水が陽光に照らされてキラキラと虹を放っている様は、この世のものとは思えないほど綺麗で思わず見惚れてしまう。


 そんな私たちを気遣ってか、ジェイド様はゆっくりと歩いてくれて。私とリジーは感嘆のため息を漏らしながらついていった。


「シャルラ嬢、来たか」

「殿下。本日はお招き頂き、ありがとうございます」


 庭園の片隅、日差しを遮るように木のアーチで囲われた空間に、白い丸テーブルと椅子が置かれていて。そこに第一王子とラステロくんが座り、傍らにゼリウス様が王宮のメイドさんたちと共に控えていた。

 立ち上がった第一王子の前で、私は夏らしい水色のドレスを摘み、礼を取る。


 今日のドレスは、アルフィール様に作って頂いた品ではなく、父さんが作ってくれた訪問用のドレスだ。サイズはもう分かってるから、マダムに追加で頼んでいたらしい。王宮に招かれたなら新しいドレスを着ていくべきだと兄さんが焦る中、父さんが得意げにアンヌに指示し、運んでこさせたのを思い出す。

 私としては、公爵邸に行く時に着ていたもので充分だと思うし、無駄遣いして欲しくないけれど。王子殿下に失礼があってはいけないと兄さんも言ってたから、今回ばかりはお礼を言っておいた。


(それにしても、一体何を話されるんだろう?)


 きっと普通なら、第一王子の茶会に招かれたと喜ぶだけで終わるんだろう。実際、父さんと兄さんは光栄な事だと喜んでいた。

 でも私は、何の理由もなしに呼ばれるなんて思ってない。それは、付き添いで来てくれたリジーも一緒だ。


 私はラステロくんやゼリウス様とも挨拶を交わすと、リジーに目線で合図して、用意されたテーブルに着く。お土産の手作りクッキーをメイドさんに渡し、私の斜め後ろに控えたリジーを見て、第一王子は、ふっと笑った。

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