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5:出生の秘密を知りました

 まぶた越しに感じる優しい光に、ゆっくりと意識が浮き上がる。ふわふわとした夢見心地の中、触れた事のない柔らかな布地に包まれているのに気が付き、私は薄らと目を開けた。


「ここは……どこ?」


 気を失った私が目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だった。

 母と二人で寝ても余裕のありそうな大きなベッドに、上質なシーツ。母と住んでいる家と同じぐらいの広さの部屋には、高級そうな家具が置かれている。


 一体ここがどこなのか、全くもって分からない。きっとこんな豪華な部屋に住んでいるのは、王様とかそういう凄い人たちのはずで……。


 ベッドの上に座ったまま、ぼんやりと考えていたら、部屋の扉が静かに開いた。


「シャルラ、起きたの?」

「……母さん?」


 ほっとしたような顔で入ってきた母さんの姿に驚いた。だって貴族のご婦人みたいな、素敵なドレスを着ていたから。


「痛いところはない? お医者様は、どこも怪我はないって仰ってたけど」

「お医者様? 母さん、私……」

「びっくりしたわよね。怖かったでしょう? でも、もう大丈夫だから」


 心配そうに母さんは言うと、私の手を握った。温もりを感じながら何があったのかを思い返して……。


「母さん……イールトさんは?」


 口からこぼれ落ちたのは、震えて掠れた声。きっと今の私の顔は、恐怖でいっぱいだと思う。母さんは私をそっと抱き寄せてくれた。


「私を助けてくれた彼も無事よ」

「本当? 本当に?」

「ええ。服はボロボロになってたのに、どこも怪我してなかったの。奇跡よね」


 到底信じられないような話だったけれど、耳元で響いた母さんの声に嘘は感じられなかった。イールトさんは……私の好きなあの人は、助かったんだ。


「よか……った……」

「そうね。イールトさんも心配してたわよ、シャルラのこと。後でお見舞いに来るって言ってたわ」

「うん、うん……」


 いつの間にか涙が溢れて、母さんのドレスを濡らしてしまった。それでもどうにも止まらなくて、私は子どもみたいに母さんにしがみついて、わんわん泣いた。

 こんなに素敵なドレスなのに、シワになっちゃう。でも優しい母さんは、私が泣き止むまで静かに背を撫でてくれた。


「ごめん、母さん」

「謝る必要なんてないわよ。彼は、シャルラの大事な人なんでしょう?」

「え⁉︎」


 嘘でしょ。何で分かるの⁉︎


「分かるわよ、母親だもの」

「母さん。私、まだ何も言ってないよ」

「顔に書いてあるもの。『どうして分かったの?』って」


 私ってそんなに顔に出やすいんだ……。ちょっと恥ずかしい。


「紹介してくれようとしてたの?」

「そんなんじゃないよ! イールトさんは、パン屋の常連さんなだけで、あの時はたまたま一緒だっただけなの。別に私とどうこうってわけじゃないから」

「あら、そうなのね。それならこれからってところかしら?」

「それは……まだ、分かんないよ」

「そう」


 俯いてしまった私の頭を、母さんが撫でてくれる。母さんもイールトさんも、本当に無事で良かった。

 それにしても、変な空気になっちゃったな。話を変えないと。


「それで母さん。ここはどこなの? それに、その服は?」

「ああ、ここはね。昨日の馬車の持ち主で、あなたの父さんの家なの。このドレスも、あなたの父さんが用意してくれたのよ」

「私の父さん……?」


 気になっていた事を尋ねたら、返ってきた答えは思いがけないものだった。


 私に父さんっていたの? ……いや、男と女がいないと子どもは生まれないんだから、いるのは分かってるけど。母さんは何も言わなかったから、てっきり死んでると思ってて。ちょっと信じられない。


「あなたの父さんのこと、今まで話さなくてごめんね」

「ううん。でも、えっと、その……何で?」

「話すと長いのよ。先に食事にしましょう。お腹空いてるでしょう?」

「あ、うん。そうだね」


 言われてみれば、確かにペコペコだ。だって昨日の夕食も食べそびれてるわけで……って。


「母さん、いま何時⁉︎ 遅刻しちゃう!」

「まだ朝だけど、仕事なら大丈夫よ。親父さんたちには、ちゃんと知らせてあるから」

「そうなの?」

「ええ。とりあえず、明日まであなたはお休みよ」

「分かった。……ありがとう、母さん」

「どういたしまして」


 明日は店休日だもんね。急なお休みになっちゃって申し訳ないけれど、色々聞きたい事もあるし、有り難く休ませてもらおう。


 気持ちが固まったら、さらにお腹が空いてきた。でも母さんは、扉の外に声をかけただけで、食事の支度には行かなかった。


 何となく感じてはいたけれど、やっぱりこの部屋の持ち主……つまり私の父さんらしいけど、只者じゃないみたい。

 だってメイドさんがいるんだよ⁉︎ 食事の前に着替えましょうって、顔や身体を拭かれて。他人に触られるなんてびっくりで、固まってしまった。


 緊張してるうちに、私までワンピースドレスを着せられて。まるでお姫様みたいだって、大喜びで鏡を見たけれど、地味顔の私にはドレスが浮いて見えた。

 うん、そうだよね。分かってたよ……。


 そんなこんなで出された朝食も、豪勢なものだった。本当に私が食べていいのかな、って思うぐらいに。

 何せいつもの私と母さんの朝食なんて、パンと前の晩のスープ。チーズを付けれたらラッキーって感じだからね。

 だからといって遠慮はしないよ。お腹空いてるし、こんな機会は滅多にないし。


 私の父さんって何者なんだろう? こんなすごい食事を毎朝食べてるなんて。王様だったりしたらどうしようって、本気で悩んじゃう。


「結構量が多いでしょう? でも綺麗に食べれたわね。良かったわ」

「うん、すごく美味しかったよ。ごちそうさま」


 広々とした部屋には、ベッドだけじゃなくてテーブルと椅子も置かれてた。今はそこで母さんと向かい合わせに座っている。

 メイドさんが空になった皿を下げてくれて、食後のお茶を入れてくれた。本当にお茶なのかな、って思うぐらいすごく良い香りがして自然と口が緩むけど、いつまでものんびりしてるわけにはいかないよね。


「それで母さん。さっきの話なんだけど。父さんって何者なの? まさか王様じゃないよね?」

「王様⁉︎ さすがにそれはないわよ!」


 私はすごく真面目に話したんだけど、母さんに笑われた。王様じゃないとしたら、一体何者なの? 富豪?


「あなたの父さんはね、貴族なの」

「貴族……!」


 そっか、貴族か。それならこの立派な部屋も納得出来る。……って言っても、貴族の家なんて初めてだから、これが普通なのかよく分からないけど。


「じゃあ、母さんが父さんと一緒にいられなかったのは、もしかして」

「そうよ。身分に差があったから。あなたのおじいさんに反対されたの」


 よくある話だよね。貴族が平民に手を出して、子ども作って捨てるって話。私と母さんも、そうだったわけだ。

 思わず顔をしかめてしまって、眉が寄る。でも母さんは、私の眉間のシワをつついて笑った。


「そんな顔しないの。父さんは、私とあなたを捨てたわけじゃないわ」

「そうなの?」

「ええ。あなたの存在も、あの人は昨日初めて知ったのよ」


 え、嘘でしょ⁉︎ 母さんは、ずっと黙ってたってこと⁉︎


「私はね、あなたを守るために、あの人から逃げたの。あなたのおじいさんを悪く言いたくはないけれど、本当に危なかったから」

「殺されそうだったってこと?」

「そうよ。あの人に昨日、泣きながら謝られたわ。守れなくてすまなかったって」


 母さんは昔、この家で下働きをしていたそうだ。そこで父さんと出会って恋に落ちた。それを私のおじいさん、先代当主に知られてクビになった。

 けれど二人の恋は終わらなかった。父さんと母さんはこっそり付き合いを続け、やがて母さんは私を身籠ったけれど、それを父さんより先におじいさんに知られてしまった。

 当然、付き合いを反対していたおじいさんは激怒。父さんに諦めさせるために、お腹にいた私ごと母さんを殺そうとしたらしい。


 貴族相手に、私たち庶民が出来る事なんてほとんどない。だから母さんは私を守るために逃げて、一人で頑張ってくれたんだ。

 困ったな。また涙が出てきそうだ。


「でもそれなら、私と母さんを殺そうとしたおじいさんは? 私たち、ここにいても大丈夫なの?」

「もう亡くなったそうよ。あなたのおばあさんもね。今はあなたの父さんがこの家の当主だし、彼には兄弟もいなかったの。だから誰ももう、私たちを害さないって」

「そっか……」


 おじいさんもおばあさんもいないと聞いて、いつの間にか緊張していた肩の力が、ほっと抜けた。

 仮にも私の祖父なんだから、罰当たりな気もするけど。私たちを殺そうとしてたぐらいだもんね。このぐらいは許してほしい。


「母さんはこれからどうするの? 父さんとよりを戻すの?」

「そのつもりよ。私が消えた後も、あなたの父さんは縁談を全部断って、ずっと私を探し続けていたみたいだから」


 うわあ、びっくりだよ。母さん、そんなに愛されてたんだ。

 私の父さんって、どんな人なんだろう? ちょっと気になってきた。


 するとそこへ、コンコンと扉を叩く音が響いた。

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