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47:みんなでお昼を食べました

 木漏れ日の揺れるガラス張りのテラスに、イールトさんとリジーの手で手際良く昼食の準備が整えられていく。テーブルの上には、私の手作りバゲットサンドと一緒に、公爵家の料理人が用意したスープやサラダも並べられた。

 それを眺めながら、ラステロくんが待ちきれないといった様子でキラキラと瞳を輝かせた。


「シャルラちゃん、二種類も作ったんだね。学食で食べた涙海老(ティアシュリンプ)翠鰐梨(アボケイド)のも美味しかったけど、これは何が入ってるの?」

「こっちは黄金豚(ゴルドラポーク)のハムと灰山羊(アッシュゴート)のチーズ。それからこっちは、水牛鳥(ウォルビーダック)のお肉と卵だよ。アルフィール様は初めてだから、定番の方がいいと思ったの」


 公爵令嬢であるアルフィール様に食べて頂くのに、下手なものは用意出来ない。具はハムとチーズに、蒸した鳥肉と茹で卵という定番のものだけれど、使った素材はどれも高級品だ。

 ナイフとフォークで食べやすいように挟み方も学食式にしてあって、女将さんの作る一本丸ごとの形ではなく、バゲットを薄切りにした物にそれぞれ具を挟んである。私としては直接かぶりつくのが醍醐味だと思うけど、淑女として良くないそうだから仕方ない。

 だからって、まさかそれを第一王子にまで食べさせる事になるとは思わなかったけれど……。口に合わなかったらどうしよう。怖いし、胃が痛い。


 そんなわけでビクビクとしていたんだけれど、バゲットサンドは思ってた以上に好評となった。


「これは美味いな。シャルラ嬢、使っているソースはもしかしてマヨネーズか?」

「はい、そうです。マヨネーズはアルフィール様が考案されたと聞いたので、使ってみました」


 毒見が必要だという事で、真っ先に食べたゼリウス様が満足げに微笑んだ。ゼリウス様はよほど気に入ったのかおかわりまでしていて、数枚のバゲットサンドを重ねて鷲掴みにし、豪快にかぶりついている。わざわざ薄切りにした意味はどこへ……。


 思わず遠い目をしてしまったけれど、続いて食べたジェイド様とラステロくん、第一王子とアルフィール様は、ちゃんとナイフとフォークで綺麗に食べてくれた。みんな「美味しい」と言ってくれたし、気に入ってもらえたようで何よりだ。

 でも私が一番食べて欲しかったイールトさんは、リジーと一緒に壁際に控えたままだ。第一王子たちが来なければ、一緒に食べれたはずなのに……!


「シャルラちゃんの手作りを食べられて、ボク幸せだよ」

「……それは良かったね」


 私の内心を知らないラステロくんが、無邪気にニッコリと笑ってくるから、私は悔しさを押し殺して必死に笑みを返す。

 イールトさんの食べる分、ちゃんと残してあるよね? 全部食べられちゃったりしたら本当に悲しくなるから、ゼリウス様はその辺でやめてほしいです。


「私も幸せだ。愛しいアルフィールと共に、初めてを味わえたのだから」

「な、何を仰いますの突然!」


 艶やかな眼差しと共に第一王子が放った一言で、アルフィール様の顔が真っ赤に染まった。これやっぱりどう見ても両思いじゃないですか。どうしてこの二人の間に私が入らなきゃいけないんだろう。魔獣なんてみんな消えればいいんだ。


 目の前で繰り広げられる想定外の出来事の数々に、思考が色んなところに吹き飛んでいたのだけれど。一足先に食べ終えたジェイド様が丁寧に口元を拭い、くいとメガネを上げた。


「ところでラステロ。これはやはりシャルラ嬢が作ったからか?」

「あ、ジェイドも気付いた? そうだと思うよ、きっと」


 ん? 何の話をしてるんだろう?

 首を傾げた私に、第一王子が口角を上げた。


「本人は気づいてないようだ。無意識ということかな」

「ええと……何か問題ありましたか?」

「そうだな、大問題だ」


 えっ! 何をしちゃったんだろう? 美味しいって食べられてるから、大丈夫だと思ったのに!


 あまりのショックに震える私の手を、アルフィール様が気遣うようにそっと握った。


「大丈夫よ、シャルラさん」

「アルフィール様……」

「殿下。誤解を招くような言い方はやめて下さいまし」


 私に微笑んでくれたのとは対照的に、アルフィール様は第一王子をキツく睨んでいて。第一王子は寂しげに苦笑した。


「すまない、冗談が過ぎたな。問題といっても、悪い話ではない。ただ興味深かっただけだ」

「興味深い、ですか?」

「ああ。この料理には回復魔法がかけられていたからな」

「えっ……」


 私はポカンとしたけれど、次の瞬間、ガタリと音を立ててゼリウス様が立ち上がった。


「魔法⁉︎ ジェイド、気付いてたならなぜ教えなかった⁉︎」

「僕も食べてみて初めて気付いたんだよ。でも問題なかったから黙っていた。ラステロもそうだろう?」

「うん、そうだよ。あんなにバクバク食べてたのに、気付かなかったなんて。ゼリウスは毒見役失格だね」

「ぐっ……」


 ゼリウス様は悔しげに顔を歪め、そのまま私を睨んで来た。


「どういうつもりだ、シャルラ嬢! 回復魔法以外にも何か仕込んでいるんじゃないだろうな!」

「わ、私、そんなつもりはなくて……」

「ゼリウス様、落ち着いてください」


 ゼリウス様の怒りの形相はとんでもなく恐ろしくて。上げそうになった悲鳴を堪えて必死に言い募ると、イールトさんが私を庇うように間に入ってくれた。


「そもそも、給仕をしたのは私です。私も気付いておりましたが、黙ってお出ししました。罰するなら私を」

「イールトさん……!」


 イールトさんの背中でゼリウス様の姿は見えなくなった。安心感と守ってもらえた感激で涙が出そうだ。

 するとアルフィール様まで立ち上がり、イールトさんの隣に並び立った。


「そうね。ゼリウス様のお怒りはごもっともだわ。今回は回復魔法だったから問題なかったけれど、これがもし他の魔法なら殿下に危険が及んでいたでしょう。問題ないと勝手な判断で、そのままお出しした我が家の責任よ」


 アルフィール様は神妙に話すと、それはそれはいい笑顔で第一王子に振り向いた。


「ですから殿下。この件は、わたくしが責を取って婚約を解しょ……」

「いやっ、それは! すまなかった、八つ当たりをしただけだ!」


 アルフィール様はこれを機に婚約解消を申し出ようとしたみたいだけれど。遮るようにゼリウス様の叫び声が響き、次いでドサリと床に何かが落ちたような音がした。

 イールトさんとアルフィール様の間から覗き見れば、ゼリウス様が顔を青ざめ膝をついていた。


「シャルラ嬢、すまなかった。俺が気づけなかったことが問題だというのに、君を責めてしまった。許してはもらえないだろうか」

「え、えっと……はい」

「アルフィール嬢、イールトも申し訳ない。全て俺の不徳の致すところだ。誰も何の非もないのだから、それ以上口にしないでもらいたい」


 私としては、怒りを収めてくれただけで充分なんだけれど。あんまりにもゼリウス様が必死だから、とりあえず謝罪を受け入れた。

 そのままゼリウス様は懇願するように、イールトさんとアルフィール様を見上げたけれど、私と違って二人は一言も発しない。二人の顔は見えないけど、どうなってるのかな。

 すると第一王子が、ゆっくりと立ち上がった。


「アルフィール、許してやってくれ。そもそも私は、あなたもモルセン子爵令嬢も罰する気など毛頭ない」

「殿下……仕方ありませんわね」


 優雅な微笑みを浮かべて第一王子がアルフィール様に歩み寄り、手の甲にキスを落とした。ゼリウス様が「感謝するっ! アルフィール嬢!」と叫び、ジェイド様がゼリウス様に呆れた様子で説教し始めて……なんていうか、すごく混沌としてる。

 そんな中でも、ラステロくんはリジーに言い付けて食後のお茶とお菓子を運ばせてた。動じないラステロくんを羨ましいなって思っちゃうけど、さすがに自由過ぎるよ。


「モルセン子爵令嬢」

「は、はいっ!」


 疲れ切って現実逃避をしていたら、不意に第一王子に名前を呼ばれた。

 顔を上げれば、いつの間にかアルフィール様は席に戻り、イールトさんは紅茶の用意を始めていて。私の前には、第一王子だけが立っていた。


「先ほどの手料理だが、食べ物にも聖魔法がかかるというのはとても珍しいことなんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。それで少し詳しく話を聞きたいのだが、いいかな」


 第一王子に手を差し伸べられてるけれど、どうしたらいいのか分からない。アルフィール様に視線を向ければ、黙って頷かれたから、そっと第一王子の手を取った。


「はい……。あの、どうすれば?」

「公爵家の庭は見たかな? なかなか見事なんだ。ジェイ、ラス、アルフィールを頼むよ」

「はい、殿下」


 私がボーっとしている間に、庭をお散歩する事になってたみたいだ。もしかしたら、アルフィール様が私と殿下を近付けようと何か話したのかもしれない。

 よく分からないまま第一王子に手を引かれて、私はゼリウス様が開けた扉から庭に降りた。

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