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44:こんなに面白い子がいたなんて(ラステロ視点)

ラステロの心情(行動原理)の説明回なのですが、思ってたよりずいぶんと歪んだキャラクターになってしまいました。

出来るだけマイルドに書くよう頑張ってはみましたが、もしお好みでない方は、今話は飛ばして頂けるとありがたいです。

読み飛ばしても話は繋がるようにしたいと思います。

 また明日、と下校する友人たちに別れを告げて、人の波に逆らうように廊下を歩く。いつもと同じように微笑んでいるつもりだけれど、うまく出来ているか自信がない。

 ついさっき、シャルラちゃんとの別れ際に言われた『嫌い』という言葉は、ボクの心に深く突き刺さっていた。


(口説いても全然響いてないのは分かってたし、ちょっと焦りすぎたとも思うけれど。まさか、あそこまで言われるなんて)


 言われた時は、正直驚いた。けれど次の瞬間、ボクの中には喜びが広がっていて。油断すれば、だらしなく顔が緩んでしまいそうだった。シャルラちゃんがすぐに背を向けて去ってくれたのは、本当に幸運だったと思う。


 鼻歌でも歌い出しそうな気持ちを律して、ボクはいつものように職員塔へ向かう。転移陣のある部屋へたどり着くと、ジェイドが一人、立っていた。


「ラステロ、早かったね」

「殿下たちは?」

「もうすぐ来るはずだ。それより……何かあったのか?」

「分かる?」

「君とは長い付き合いだからね」


 ジェイドには敵わないなぁ。顔に出さないように頑張ってたのに。


「シャルラちゃんと、ちょっとね」

「もう落としたのか?」

「ううん、逆だよ。嫌いって言われた」


 バレてるなら取り繕う必要なんてない。高揚した気持ちをそのまま表に出すと、ジェイドは嫌そうに顔をしかめた。


「相変わらず歪んでるね。なんでそれで喜べるんだか」

「苦情は兄上に言ってよ。あの人のおかげで今のボクがいるんだから」


 ボクだって最初からこんな性格だったわけじゃない。ボクがこうなったのは、兄上がきっかけだった。


 まだ小さかった頃。この身に宿る魔力にボクの幼い体は耐えられなくて。虚弱だったボクはしょっちゅう寝込んでいた。そんなボクを、両親は大切にしてくれた。生き長らえて成長すれば、いずれ強大な魔力を行使出来るようになるから。


 でもそれを、ボクのたった一人の兄上は良しとしなかった。三つ歳上の兄上は、苦痛に苛まれる幼いボクの耳元で『お前なんて嫌いだ』『死んでしまえばいいのに』と何度も囁いて。友人たちを屋敷に呼んでは、元気に動き回れる自分たちとの違いを見せつけてボクを嘲笑った。

 後継の立場も、両親の期待も。全てを奪う存在がボクだったんだから、憎まれて当然だと今なら分かる。でも幼かったボクは、ただ傷付いた。


 それでもボクは、兄上の事が好きだった。独りぼっちで寝ているだけのボクと違い、たくさんの友達と笑い合う兄上が。母上の社交に付き添い、茶会に出かける兄上が。父上から魔力の扱い方を教わる兄上が。ボクには輝いて見えていたんだ。

 だからだろうか。少しずつボクは歪んでいった。自室のベッドから動けないボクの元に、毎日のように『嫌いだ』と言いに来る兄上を心待ちにして。憧れの兄上の目にボクが映っている事に、仄暗い悦びを感じるようになったんだ。


 そんなボクの過去を、ジェイドも知っている。ジェイドやゼリウスと一緒に殿下……ディー(にい)の側近候補だったのは、元々は兄上だったから。


「もう僕たちは、あいつと関わる気はないよ」

「兄上とあんなに仲良かったのに、冷たいなぁ」

「掘り返さないでくれ。幼かったとはいえ、あいつの話をまともに聞いていたのは僕たちの汚点なんだ。アルフィール嬢がいなければ、僕たちは君を誤解したままだった」

「ボクは構わないのに」

「僕たちが嫌なんだよ」


 兄上が弟のボクを良く思ってない事を、ジェイドたちは知っていた。三人が屋敷に来る事はなかったから、寝込んでいる間、ボクが会った事は一度もなかったけれど。遊び友達として王宮へ上がる兄上から、ボクの悪口を吹き込まれていたらしい。

 だから最初、ジェイドたちはボクを良く思ってなかったけれど。その認識はフィーちゃんが変えてくれた。


 フィーちゃんは、自室で寝たきりのボクにとって天使のような存在だった。たぶん兄上の婚約者候補として、相性を見るために招かれていたんだろう。半年に一度、フィーちゃんはうちにやって来て。毎回ボクの所にも会いに来てくれていた。

 食べても食べても体に肉が付かなくて、痩せっぽちだった幼いボクは幽霊のように不気味だったはずだけれど。母上と同じように優しい目で見てくれるフィーちゃんのそばは、心地良かった。

 それにフィーちゃんがボクに優しくしてくれる度に、大好きな兄上はボクをもっと嫌いになってくれたんだ。ボクにとって嬉しい事ばかり運んでくれるフィーちゃんを、ボクはあっという間に好きになった。


 だからボクは、フィーちゃんが兄上のお嫁さんになる日を心待ちにしていたのに。フィーちゃんはディー兄の婚約者になってしまった。それは兄上にとってもショックだったようで、兄上はディー兄やフィーちゃんに突っかかるようになった。

 その頃には、ちょっぴり大きくなったボクも少しずつ動けるようになっていたから、そのまま兄上は側近候補から外されて。代わりにボクが側近候補になった。それでフィーちゃんが、ボクとディー兄たちの間を繋いでくれたんだ。


 そうしてみんなと親しくなった事で、ボクは自分の歪みに気付いたけれど、だからといって性根が変わる事もなく。今のボクたちの関係が出来上がったというわけだ。


「それで、シャルラ嬢と会ってみてどうだった? 君が嫌われるぐらいなら、手強いんだろうけれど」

「んー、そうだね。フィーちゃんとはかなり仲が良さそうだよ。ボクがずっと隣にいるのに、シャルラちゃんはフィーちゃんの方ばかり見てたし。フィーちゃんとイールトも、ボクがシャルラちゃんに近付くのを良く思ってないみたいだからね」


 いつも優しいフィーちゃんが、昼休みに叱ってくれたのを思い出す。久しぶりに厳しい目で見てもらえた事が、どれだけボクを喜ばせたか。フィーちゃんはきっと気付いていない。


「そうか……。あの子はアルフィール嬢とそこまで繋がりが深いのか。これからどうするつもりなんだ?」

「あんまり押し過ぎるのも良くなさそうだからね。様子を見ながら続けていくよ」


 ジェイドは頭がいいから、色んな事を考え過ぎるきらいがある。だから安心させるように、ボクはニッコリと笑ったはずなんだけれど。ジェイドは複雑そうに眉根を寄せた。


「もしかして本気になってないか? 殿下の目的は、アルフィール嬢との橋渡しをさせることだ。傷付けるようなことはしないでくれよ」

「嫌だなぁ。ジェイドはボクを何だと思ってるのさ」

「歪んだ心の持ち主で、頭のおかしいやつ」

「うわ、直球で言うね。もうちょっとボカしてくれてもいいのに」

「そんな必要はないだろう? 今まで何人も泣かせてきてるくせに」

「だって女の子の魔力って気持ち良いんだもん。甘くて柔らかくて温かくてさ。ジェイドもそう思わない?」

「知らないよ。僕に同意を求めるな」


 ジェイドは呆れたように言うけれど、ボクがおかしいのなんて分かってる。

 フィーちゃんがディー兄と婚約した事で、兄上の憎悪はボクだけの物じゃなくなった。それがとても悲しくて寂しかったから、どうにかして胸に空いた穴を埋めたくて。ボクはみんなの好意を集めるようになった。でもどれだけ好きだと言われても、心の渇きは何一つ満たされないんだ。


(だからこそ、シャルラちゃんのアレは最高だった。口説いても靡かない上に、仕事への姿勢で怒られるなんて)


 大抵の女の子はボクの顔と演技で簡単に落ちるけれど、上手くいかない子も中にはいる。それでもシャルラちゃんみたいな女の子は初めてだった。


(シャルラちゃんは何も知らないわけじゃない。身分差を理解していて、立場だって弁えてる。それなのに公爵子息のボクに、面と向かって注意してきた。あんな女の子もいたんだな)


 フィーちゃんも強い女性だけれど、彼女はボクと同じ公爵家の人間だ。そんなフィーちゃんとはまた違う強さを、シャルラちゃんは持っている。

 平民の暮らしから子爵家に入ったばかりで、慣れない事もたくさんあるだろうに。一人で真っ直ぐに立って前を見ているあの子の視線が、ボクに向いたなら。ボクはどんな気持ちになれるだろう?


 今まで会った事のない毛色のシャルラちゃんは、ボクの興味を引くには充分過ぎて。湧き上がる高揚感に、ボクは自然と頬が緩んだ。

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