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39:続・聖魔法持ちの娘が現れるなんて(ゼリウス視点)

「それにしても、本当に現れるとはな」


 茶を片手に深刻そうに眉根を寄せるディラインは、まるでガラスで出来た繊細な細工物のようで。俺のような無骨な人間が触れたら、儚くも美しい煌めきが粉々に砕け散ってしまいそうだ。

 だがラステロは気にする事なく、デザートは別腹とでもいうように、全員分の茶菓子を口に放り込んでいて。ジェイドは俺に視線を投げてよこすから、仕方なしに俺が口を開いた。


「そう落ち込むな。出て来たからって、アルフィール嬢を諦める必要はないだろう?」

「当たり前だ。彼女を諦める気など毛頭ない」

「なら、ドンと構えてろよ」

「分かっている。ただ驚きが強かっただけだ。何せあれだけ探しても見つからなかった娘が、急に現れたんだからな」


 俺たち三人は、幼い頃からディラインの遊び仲間としてよく王宮に上がっていたが、その中でも俺とディラインは一番付き合いが深い。騎士団長をしている俺の父から、ディラインは剣の手解きを受けていたため、その練習相手をしていたからだ。

 だからディラインが落ち込んだ時に慰めるのは、たいてい俺の役目だった。


 第一王子として生を受けたディラインは、八歳になった時に再従兄妹(はとこ)にあたるアルフィール嬢と婚約した。優秀だったディラインは滅多に落ち込む事なんてなかったが、アルフィール嬢と出会ってからは別だった。

 一目惚れした女の子に婚約解消を請われ、冷たく避けられるんだ。落ち込まずにいられる方がおかしい。それでもディラインの初恋は消えるどころか燃え上がり、その叶わぬ想いに俺たちは心から同情していた。


 だがそんなディラインを、アルフィール嬢だって憎からず思っているのは俺たちの目に明らかだった。それである日、ディラインだけでなくアルフィール嬢とも従姉弟(いとこ)であるラステロが聞き出してきたんだ。彼女がディラインとの婚約解消を望む本当の理由を。

 その理由が『わたくしでは殿下を癒せない』というものだった。詳しい理由は頑なに語らなかったらしいが、アルフィール嬢は、聖魔法持ちの娘がディラインのそばにいるべきだと話したらしい。


 アルフィール嬢の生まれたメギスロイス公爵家には、時折先見の魔力を持つ者が現れている。奇抜なアイディアを次々に成功させ、ただでさえ公爵家トップと言われるメギスロイス公爵家の地位を不動のものにしたアルフィール嬢にも、その力があるのではないかという噂があった。

 だがディラインは、だからといってアルフィール嬢の言葉をそのまま受け入れようとはしなかった。


 アルフィール嬢の考えを否定するために、ディラインは聖魔法持ちの女を探し始めた。しかし、俺たちと年の近い女で聖魔法持ちは見つからなかった。

 年上だと二十歳は離れていて、年下だと最近生まれた娘がいるぐらいだ。そんな歳の離れた相手は相応しくないとラステロが話しても、アルフィール嬢は心を開かなかった。


 そこに来て、シャルラ嬢が現れたんだ。しかもアルフィール嬢が後見になったとくれば、彼女が何を考えているのかは簡単に想像がつく。ディラインが思い悩むのも当然だろう。


「まあそれはそうだろうな。俺だって驚いた。今までどこに隠れてたんだか」


 頭をかきながら俺が言うと、ラステロが肩をすくめた。


「モルセン管理官はずっと想い人を探してたはずだし、たぶん母親が平民とかで隠れてたんじゃない? 殿下の婚姻前に出てきたのは不運としかいえないよね」


 俺たち貴族は出生後すぐに神殿で祝福を受け、魔力の有無を確認する。だが平民は自分から神殿へ赴くか、魔力暴走を引き起こすまで、その有無に気付かない。隠れていたなら神殿には行かなかっただろうから、何らかの形で魔力が発露したという事だろう。

 ラステロの言葉に、ジェイドがため息混じりに頷いた。


「あの子は、母親が馬車の事故に遭ったと話してたからね。きっとその時に魔力が発現したんだろう」

「へえ、そうなんだ。それならきっとそうだよ。生死が関わると魔力暴走を起こしやすくなるからね」


 二人の会話を聞いてるのかいないのか。ディラインは俯いたままだ。俺は立ち上がり、ディラインの背を叩いた。


「丸まってたってどうにもならないだろう。大体、何か考えがあるからあんなことをしたんだろう?」

「えっ、なになに? 殿下、何かしたの?」


 興味津々といったラステロに、ディラインはうんざりした様子で顔を上げた。


「別に何もしてない。挨拶しただけだ」

「王子スマイル見せちゃったんだ? 相手が落ちたらどうするの?」

「よほど鈍くなければそれはない。あれだけ脅したんだからな」

「脅し⁉︎ 殿下、何してんの!」

「笑うな。不審人物かどうか確認しただけだ」


 ディラインはムッとした声で返したが、愉快げに笑うラステロを見て落ち着いたんだろう。その表情はいつもと同じ微笑を浮かべていた。


「そんなに気に入ったなら、ラス。お前が近付いてこい」

「えっ、嫌だよ。面倒くさい」

「あの娘は一年だ。それにお前なら、まだ顔が割れてないだろう?」

「うわ、嫌な笑い方してるね。それであの子に何させる気なの?」

「決まってるだろう。言わせるな」

「はいはい。その子を落として、フィーちゃんとの仲を取り持ってくれるように誘導すればいいわけね。そういうの、ボクの仕事じゃないんだけどな」


 ラステロは肩をすくめたが、無害な弟分を装って女に近付き、手玉に取るのはこいつの得意とする所だ。シャルラ嬢も厄介な相手に目をつけられたが、ディラインの初恋成就のためには仕方ないだろう。

 だが、どうしてか。何となくモヤっとしたものが胸の奥にくすぶるのを感じた。


(シャルラ嬢は、涙目になるほど俺に怯えてたはずなのに。不当な扱いを受けたと怒ることもなく、逆手に取って付け入ろうともせず、護衛だから当然だと静かに受け入れたからな。あんな子は初めてだ)


 最初こそ警戒していたが、話してみればシャルラ嬢は素直な娘だった。普通の令嬢ならあんな目にあった後、あれほど自然な微笑みを返しはしないだろう。

 ディラインの護衛を担う騎士見習いで側近候補でもある俺には、何かと寄ってくる女が多くいる。分かりもしないだろう剣の腕を褒め、許してもいないのに俺の体にしなだれかかり、媚を売るような女たちの笑みが俺は苦手だ。

 だが、シャルラ嬢の笑顔にはそんなものは一切なく、好ましく感じられた。だから俺は、あの子に同情してるんだろうか。


「私も許されてないのに、その呼び方はやめろ。大体、お前だけに任せるつもりもない。私もあの娘と近いうちに会うつもりだ」

「分かったよ。本当にフィーちゃ……アルフィール嬢のことになると、心が狭くなるんだから」


 ラステロも何だかんだ言いながらも、ディラインとは仲がいい。きっとこいつなら、うまくやる。あの子が傷付く事はないはずだ。もし傷付いたとしたら、その時は……俺がフォローすればいいか。


 奇妙な胸のうずきに蓋をして。俺はジェイドと目配せし合い、仕事の準備に取り掛かった。俺は第一王子の護衛役ではあるが、王宮内では書類仕事もする必要があるんだ。

 メイドを呼んで食器を下げさせると、俺たちはそれぞれの机に向かい、国の機密であるシールド問題の報告書作りに取り掛かった。

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