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35:王子様と話しました

 アルフィール様から聞いていた第一王子との出会いイベントでは、場所の移動なんてなかった。

 でも今、第一王子と側近候補のゼリウス様、ジェイド様と共に私がいるのは、使われていない空き教室で。窓から明るい日差しが照らしていて、裏庭よりずっと暖かいはずなんだけれど……。教室の中央付近にある椅子に座らされた私は、震えが止まらなかった。


「モルセン子爵令嬢。ずいぶん顔色が悪いようだが、言えないようなことがあるのか?」


 机を挟んだ向い側には、優雅に足を組んで見つめて来る第一王子がいる。声は穏やかで微笑みすら浮かべてるけれど、その眼差しは冷ややかで。まるで喉元にナイフを突きつけられてるみたいだ。

 アルフィール様の言うように好感度というものがあるなら、これはもうゼロどころか、マイナスになってるんじゃないかな。一つでも答えを間違えたら、殺されちゃいそうだよ……!


「わ、私は確かに、アルフィール様のお世話になってます。でもそれは、私から何かしたわけじゃなくて」

「へえ? 彼女はもう、名前で呼ぶことを許したのか」


 細心の注意を払って答えたはずなのに、何がいけなかったの⁉︎ また一気に空気が冷えている気がする。泣きたい……!


「ディライン。さっきは俺を止めたくせに、お前がこの子を追い詰めてどうするんだよ。話が出来なきゃ意味がないんだろう?」


 もう私は、歯までガチガチ鳴って涙目になってるから、さすがに心配してくれたのかもしれない。私が逃げないようにと、すぐ横に立っていたゼリウス様が、呆れたように声を挟んだ。

 けれど第一王子は、不満げにじろりと目線を送るだけだった。


「仕方ないだろう。この娘は、まだたった二回しかアルフィールに会ってないはずだ。それなのに私と違って、こうも簡単に名を呼ぶなど……お前なら分かるだろう!」

「そう言われてもな。女同士なんだから、そんなもんだろう」

「そうですよ、殿下。大体、学園では名前呼びが基本なんです。それぐらいで腹を立てて、どうするんですか。それに今はもう許されてるんですから、いいでしょう?」

「お前たちは……他人事だと思って」


 よほど私は酷い顔をしているんだろう。ゼリウス様に続き、傍らにいたジェイド様まで加勢してくれた。それでも第一王子は不服そうだったけれど、ほんの僅かに張り詰めた空気が緩んだ気がした。


 何が原因で怒り出すのかよく分からないけれど、出来ればさっきみたいな雰囲気には戻りたくない。震えてるだけじゃいつまでも帰らせてもらえなさそうだし、もう少し第一王子の事を知らないと私が聞きたい事も聞けない。どうにかしないと。


 なんとか気持ちを落ち着けて涙を拭うと、私はお腹に力を入れた。


「あ、あの……」

「なんだ。話す気になったか?」

「どうして私がアルフィール様とお会いしたことをご存知なんですか?」


 勇気を振り絞って問いかけた私に、第一王子は、ふっと笑った。


「彼女は私の婚約者だ。知ってて当然だろう?」

「えっと……それって、見張ってるってことですか?」

「なぜそうなる」


 何かまた、余計な事を言っちゃった⁉︎ 第一王子は微笑んだままだけど、機嫌が悪くなってる気がする。怖い。

 するとジェイド様が、静かに声を挟んだ。


「シャルラ嬢。殿下は見張ってるんじゃなく、見守ってるんだ。アルフィール嬢には常に護衛騎士が付いている。殿下はその騎士から報告をもらってるだけだよ」


 そう言われてみれば初めてアルフィール様にお会いした時、確かに護衛騎士が一緒に来てた。二回目にお会いした時は公爵家にお邪魔したけれど、きっとアルフィール様のお屋敷にも騎士様はいたんだろう。

 でも見守ってるって事は、やっぱり第一王子はアルフィール様を大事にしてるって事だよね?


「勘違いをして、申し訳ありません。王子殿下はアルフィール様のことを大切にされてるんですね」

「当たり前だ。彼女は私の婚約者だからな」


 確かめるためにハッキリと聞いてみたけれど、第一王子の機嫌は悪くなさそうだ。それによく考えてみると、さっきから第一王子は何度も「私の婚約者」って言ってる。これはやっぱり、アルフィール様の事が好きって事だと思う。

 一人で納得してると、第一王子はまた鋭い目に戻った。


「それでモルセン子爵令嬢。貴様はどうやって彼女と知り合った? その制服も、彼女が用立てたものだろう。なぜ貴様のために、彼女がそこまで動く?」


 またさっきと同じような質問をされたけれど、今度はそんなに怖くなかった。

 だってこれはきっと、アルフィール様を大切に思うからこそで。突然出てきた私を、警戒してるって事だろうから。


 でもそうすると、正直に全部話していいのかも悩んでしまう。第一王子にはちゃんと説明して、アルフィール様を助けてもらえるように頼むつもりだったけれど……。いきなりここで、私がヒロインだとか乙女ゲームだとか話し始めても、たぶん信じてもらえない。


(下手したら、それこそ殺されちゃうよね)


 思い返すのは、アルフィール様が話してた言葉だ。アルフィール様が陛下に話せなかったように、私だって信じてもらえなかったら、不穏な人物として第一王子に断罪されてしまうかもしれない。


(今はまだ、全部話しちゃダメだ。アルフィール様を傷付けるつもりはないんだって、私を知ってもらって。それから様子を見て打ち明けなくちゃ。リジーだって、焦っちゃダメだって言ってたもんね)


 第一王子と話せるのはとても貴重なのだと、リジーからも言われている。だからこそ失敗は出来ないし、慎重にいかないと。

 ジミ恋については話さず、他の事だけお話ししようと決めて。私は返事を待っている第一王子を、真っ直ぐに見つめた。


「私がアルフィール様と知り合ったのは、イールトさんが母さんを助けてくれたからです」

「それも報告は受けている。馬車の事故に巻き込まれたそうだな。だが、それでなぜアルフィールまで貴様の見舞いに行く必要が? イールトだけで充分だろう」

「それは……たぶん、うちのパンが美味しかったからです」

「……パン?」


 正直、私は嘘は苦手なんだけれど。でも他に納得してもらえるような理由はないし、どうにかこれで乗り切るしかないよね。女は度胸って、女将さんもよく言ってたし。きっと出来る!


「私、下町のパン屋さんで働いてたんです。バゲットサンドって聞いたことありませんか?」

「いや。リウ、ジェイ。お前たちはどうだ?」


 女将さんが考えて売り出したバゲットサンドは、王都の色んなお店で真似されてるって、常連さんたちから聞いてたけれど。さすがに第一王子は知らないみたいだ。

 誰も知らなかったらどうしようと冷や汗が滲んだけれど、幸運な事に、ゼリウス様とジェイド様は頷いてくれた。


「俺はあるぞ。片手で簡単に食べれるし腹にも溜まるから、見回りに出た騎士が買い食いしてるって話があって、親父が怒ってた」

「僕も知ってます。元々は下町で流行ってたそうですが、上町のカフェでも取り扱いを始めた店があったはずですよ」


 時々うちの店にも買いに来てた騎士様がいたけれど、あの騎士様たちは騎士団長に怒られてたんだ。知らなかった。


 ……って、そうじゃない。お二人が知ってるなら、きっと第一王子にも信じてもらえるはず!


「そのバゲットサンドです! 最初に考えたのは、私が働いていたお店の女将さんなんです。女将さん特製のバゲットサンドは他と違うって有名で、毎日すぐ売り切れちゃうぐらい人気で」

「それで? 公爵令嬢の彼女が、わざわざ貴様の店に行ったとでも?」

「いえ、違います。買いに来てくれたのはイールトさんです。気に入ってくれてたので、アルフィール様にもお話してくれたんです」

「仮にそうだとしても、それを作ってるのはその女将とやらなのだろう。なぜわざわざ貴様の見舞いに行くことに繋がる。それに、パン如きと引き換えに制服まで用立てたというのか?」

「それは……」


 うう、誤魔化されてくれなかった。どうしよう、他に何か、何か……。あ!


「それはあの、私がイールトさんを助けたからです!」

「助けた? そのバゲットサンドとやらでか?」

「そうじゃなくて、えっと、あの、私の魔法で助かったってイールトさんが話してくれたから」

「魔法?」


 すっと目を細めた第一王子に、私は必死で頷いた。

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