31:専属メイドが付きました
少ししてやって来たのは、私やアルフィール様と同じぐらいの年頃の、若いメイドさんだった。金髪で空色の目だからか、どことなくイールトさんと雰囲気が似てるような気がした。
「紹介するわね。あなたの専属メイドになるリジーよ。イールトの妹なの」
「リジーでございます。よろしくお願いいたします、シャルラお嬢様」
「シャルラよ。よろしくね、リジー」
イールトさんの妹⁉︎ 似てるなって確かに思ったけど、まさか妹さんだなんて! 幻滅されないように、頑張らないと!
緊張しながらも、どうにか微笑みを浮かべて挨拶を受ければ、アルフィール様は満足げに頷いた。
「リジーはわたくしたちと同い年で、若手なのだけれど。五年前から、わたくし付きのメイドとして経験を積んでるから、腕は保障するわ。それにあなたの事情も、わたくしの秘密や計画も全て知っているの。イールトと違って魔力持ちではないから、学園には連れていけないけれど。家で困ったことがあったら、リジーに何でも相談してちょうだい」
「ありがとうございます、アルフィール様」
リジーと交代で、イールトさんはアルフィール様の元へ戻るらしい。休日にはマナー講師としてうちの屋敷に来ると、約束してくれたけれど。基本的にこれから先は、学園で会った時に計画の進み具合を確認しながら動いていく事になる。
名残惜しいけれど、イールトさんとはまた会えるから。ちゃんと笑顔で、私は別れの挨拶をした。
「アルフィール様。今日は色々とありがとうございました。明日から、頑張りますね」
「ええ、よろしくね」
「それからイールト。一週間ありがとう」
「こちらこそ、シャルラ様にお仕えする機会を頂けて光栄でした。妹のリジーを、どうぞよろしくお願い致します」
「うん。任せて」
アルフィール様とイールトさんに見送られて、私はリジーと馬車に乗り込み、公爵家を後にした。
けれど……。
「シャルラ様。言っておきますが、わたしはあなたを認めません!」
馬車が動き出し、公爵家の敷地を出た途端。二人きりの車内で、リジーは私を睨みつけてきた。
「アルフィールお嬢様は、本当に王子殿下をお慕いしてるんです! もちろんアルフィール様を死なせたくはありませんから、この計画が大事なのも分かってます。でもだからって、わたしはあなたなんかを殿下の婚約者だなんて認めません。殿下に相応しいのはアルフィールお嬢様だけです! 調子に乗って必要以上に殿下に馴れ馴れしくしたりせず、分を弁えた言動を取るよう、充分にお気をつけ下さい」
リジーは、イールトさんと同じぐらい綺麗な顔をしてるのに。それを台無しにしてまで、ものすごい形相で私を睨んでいる。
でも私は、リジーの言葉に思わず歓声を上げた。
「そうよね!」
「へぁっ⁉︎」
リジーは変な声を出して驚いてるけれど。私は心のままに、ガシッとリジーの手を握った。
「私も本当は嫌なの! 王子様なんかと、結婚したくないの!」
「はぁ⁉︎ 何それ! あなた、お嬢様を騙してるわけ⁉︎」
よほど驚いたのか、リジーはまん丸に目を見開いて、口調まで崩れてる。イールトさんみたいなお顔なのに、絶対にイールトさんがしないような表情を次々に見れて、場違いにも感激しちゃうよ!
「ううん、違うの。アルフィール様は必ず助ける! でも私には、他に好きな人がいるから」
正直な気持ちを伝えたのに、リジーは私の手を振り払って声を荒げた。
「そんな話、信じられるわけないでしょ! 王子殿下は素敵な方なのよ! 今はそんなこと言ってても、どうせすぐに本気になるんだから!」
「絶対ないわ! だって私、イールトさんが好きなの!」
「……は?」
本気なのだと伝えたくて。固まったリジーの空色の瞳を、私はじっと見つめた。
「リジー、お願い。協力して。私、王子様と結婚せずに、アルフィール様を救いたいの」
「……本気なの?」
「うん、本気だよ。……これを見て」
「それ、イールト兄様のハンカチ?」
「そうだよ」
私がリジーに見せたのは、大事に持ち歩いているイールトさんのハンカチだ。妹のリジーが、これを知ってて良かった。
「イールトさんに頼んで、譲ってもらったの。アルフィール様を救うのに協力するから、せめてハンカチを下さいって」
一度洗濯してしまったから、イールトさんの香りは消えている。それでも、ハンカチの片隅にはイールトさんの名前が刺繍されているから。私はその文字を、そっと撫でた。
「本気でイールト兄様のことが好きなのね」
「うん……」
「計画はあるの?」
「ううん。今日アルフィール様から詳しい話を聞いたけど、魔獣が相手なんて、どうしたらいいか分からないし」
「そうよね」
ほんの僅かな時間だけ、重い沈黙が流れる。でも私は、諦めないって決めてるんだ。
「でもね、私は諦めたくないの。だから、アルフィール様の計画通りにしながら、第一王子に協力してもらえるように話してみようと思って」
「王子殿下に? あなたが?」
「うん。私なんかじゃ、大した事は出来ないけど。王子様ならきっと、どうにか出来るんじゃないかな。頭のいい側近候補の人もいるみたいだし、みんなで考えられたらいいと思う。……第一王子が協力してくれるかは、分からないけど」
結局私に出来る事は、第一王子の気持ちを確認して、頼み込む事だけだ。途方もない事をしようとしてる自覚はあるから、自然と声が落ちた。
「ふぅん。なかなか分かってるのね。……よし、いいわ。協力してあげる」
「えっ……本当に?」
まさかこんなに簡単に信じてもらえるなんて思わなくて。ハッとして顔を上げれば、リジーはツンとして腕を組み、目を逸らした。
「あなたのためじゃないわよ。アルフィール様のためだから」
「それでもいい。リジー、ありがとう!」
「あと、別にわたしは、あなたの恋までは応援しないから。イールト兄様に目を付けたのは、評価してあげるけど。相応しくないと思ったら、全力で邪魔してやるんだから」
「うん。それでいいの。ありがとう。本当にありがとう!」
「ちょっと! 抱きつかないでよ!」
「ごめん」
ひとりぼっちで戦わなきゃいけないって思ってたのに、協力者が出来るなんて。
心強く感じて嬉しくなって、思わずリジーを抱きしめてしまったけれど。謝りながら手を離せば、私の顔を見てリジーは照れくさそうに笑ってくれた。
その後屋敷に着くまで話してみれば、リジーは素直で明るくて、優しい子だと分かって。あっという間に、私はリジーとも友達になった。
まだ何も始まってないけれど、きっとどうにか出来る気がして。私は気合いを入れて、明日からの学園生活に備えた。