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28:公爵家に呼ばれました

 たくさん泣いて決意を固めたあの時から、あっという間に日々は過ぎた。イールトさんの指導は相変わらず厳しかったけれど、私は精一杯頑張った。

 明日はいよいよ、学園に入学する日だ。アルフィール様に、これまでの特訓の成果をお見せすると共に、第一王子との事についてお返事するべく、私は今、馬車で公爵家に向かっている。


 モルセン子爵家の馬車は、公爵家の馬車よりずっと小さいしシンプルだけれど、やっぱり貴族の馬車で。これまで粗末な荷馬車にしか乗った事のなかった私には、ふかふかの座面が気持ち良すぎた。


「シャルラ様、楽しそうですね」

「うん、楽しいよ。イールトは慣れてるよね。やっぱりアルフィール様の馬車はもっとすごいの?」

「そうですね。ですがこの馬車もなかなかのものだと思いますよ」


 アルフィール様に会いに行くのは、私とイールトさんの二人だけ。だから馬車の中では二人きりだけれど、到着のギリギリまで特訓を継続中だ。

 貴族の娘としての話し方は、それなりに慣れてきたと思う。でも、イールトさんとここまで気楽な口調で話してるのには他の理由がある。今の私とイールトさんの関係は、先生と生徒であり令嬢と従者。そして()()なんだ。


 あの日泣き止んだ後、私はイールトさんを諦めたくない一心で、必死に方法を考えた。そうして四つの計画を立てた。


 一つ目は、アルフィール様が死んでしまうという状況を詳しく聞く事。これは回避方法を探すために絶対に外せない。

 今日、アルフィール様から王子様の攻略法を聞く事になるから、その時に死んでしまう原因も聞いてみようと思う。


 二つ目は、第一王子の気持ちを確かめる事。私一人で出来る事なんてたかが知れてるけど、王子様ならきっと何でも出来る。もし王子様がアルフィール様の事が好きなら、絶対に協力してくれると思う。王子様の気持ちがアルフィール様にあるなら、約束を破ってでもアルフィール様の秘密を話してしまうつもりだ。

 もしかすると王子様もアルフィール様の秘密を知ってて、すでに色々動いてるのかもしれないけれど。その時はその時で、私も協力したいと申し出るつもり。

 万が一にもアルフィール様に特別な感情がないなら、婚約を解消してもらえるよう、頼もうと思ってる。


 三つ目は、私が使えるという聖魔法を使いこなせるようになる事。アルフィール様がどんな状況で死ぬにしても、回復魔法で病気や怪我を一瞬で治せるなら、きっと助けられるはずだから。


 そして四つ目は、イールトさんと友達になる事。アルフィール様を助けられても、イールトさんが私を好きになってくれないと、この恋は叶わない。だから私は、出来る限りイールトさんのそばにいられるように、友達から始めようと思った。少しでもアピールし続けたいからね。


 そうして私は、借りていたハンカチをもらう代わりにイールトさんと友達になって。アルフィール様を助けるために協力すると約束した。

 本当はイールトさんを諦めてなんかいないけれど、それは内緒だ。騙している事になるし卑怯かもしれないけれど、後悔はしていない。イールトさんのハンカチがなかったら、厳しい特訓を乗り切れなかったと思うから。


「シャルラ様。公爵邸の敷地に入りましたよ」

「わあ、こんなに広いんだ!」


 イールトさんの声に、私は窓から外を眺めた。メギスロイス公爵家のお屋敷は王城のすぐそばにあるけれど、かなりの広さだ。前庭部分に、私が住んでいる子爵家の敷地全てが、すっぽり入るんじゃないかと思う。


 ちなみにモルセン子爵家のお屋敷は、王都にある貴族の館の中では大きい部類だと聞いている。これは、父さんが領地を持たない王宮に務める貴族だからだそうだ。


 貴族には、領地持ちとそうでないものと二種類あるそうで。前者は自領に本邸があり、王都内の屋敷は社交シーズンとなる冬の間に利用するために持っている。だから王都にある別邸は小さめなんだとか。

 対して領地を持たない貴族は、その多くが王宮やそれに属する機関で働いている。仕事場が王都にあるから、王都内の屋敷が本邸なわけで。その分大きめらしい。


 メギスロイス公爵家は大きな領地を持っているそうだから、このお屋敷は別邸のはずだ。それでも子爵家の本邸三つ分にはなりそうな広さなんだから、とんでもない大貴族なんだなとつくづく思った。


「さあ、到着です。シャルラ様、お手をどうぞ」

「ありがとう、イールト」


 壁面装飾の豪華な大きなお屋敷の前に、馬車は静かに止まった。

 私は教わった通りに淑女らしい微笑みを浮かべて、イールトさんの手を取り、ゆっくりと馬車を降りる。イールトさんが満足げに目を細めたから、最後の練習に合格出来たんだと思う。

 でもまだ本番はこれから。気を抜かずに、アルフィール様が待っているらしいテラスへ向かう。


 今日の私は、マダムに仕立ててもらったドレスを着ている。腰より少し高めに布を巻いたドレスは、淡いピンク色。もちろん胸に布なんて詰めなくても良くて、ふんわりと裾が広がっていて可愛らしい。お化粧や髪型も、イールトさんの指示通りにアンヌがやってくれた。

 鏡に写した姿は、母さんのドレスを着ていた時より何倍も可愛くなったと、自分でも思うぐらいで。靴やアクセサリーに至るまで、私を包む全てをイールトさんが選んでくれたんだと思うと、自然と気分が上がった。


 だからエスコートしてくれるイールトさんの腕も堂々と取れるし、背筋だって伸ばせる。公爵家のお屋敷は、中もすごく豪華で。これまでの私だったら、萎縮して動けなくなってたと思うけれど。今の私は子爵家のご令嬢なんだと、イールトさんに可愛くしてもらったんだと、胸を張って歩いた。


「アルフィールお嬢様、シャルラ様をお連れ致しました」


 やって来たのは、庭がよく見えるガラス張りのテラスだ。すぐそばに立つ大きな木がそよ風に吹かれて、こぼれ落ちる陽光がすごく綺麗。庭に繋がる扉が大きく開け放たれていて、風に乗って花の香りがふわりと漂っていた。


「アルフィール様、本日はお招き頂きありがとうございます」

「シャルラさん、お待ちしてましたわ。すっかりレディになったわね!」


 イールトさんから教わった通りにスカートを摘んで膝を折り挨拶すれば、アルフィール様は涼しげな籐椅子(ラタンチェア)から立ち上がり、嬉しそうに微笑んでくれた。

 私がちゃんと出来なかったら、イールトさんのせいになるかもしれないと緊張していたから、心の底からホッとした。


「どうぞお座りになって」

「ありがとうございます」


 これから話す事を考えると、手が震えそうになる。緊張をどうにか誤魔化しつつ、アルフィール様の向かいに腰を下ろし、この一週間どうだったか等、何気ない会話から始める。

 いきなり本題に入るのは、貴族らしくないんだって。私としては早く喋って肩の荷を下ろしたいけど、そういうわけにいかないから頑張った。


「それでシャルラさん。この前のお話のことなのだけれど……。お返事、お聞かせ頂けるかしら?」


 お喋りしながらハーブティを飲んでいたアルフィール様が、カップを静かに置いた。

 来た、と思った。ついに言わないといけない。私の本心じゃないけれど、それを悟られないように。慎重に。教わった通りに、本音と建前を分けて表情を形作る。


「私……アルフィール様をお救いするために、何でもするつもりです」

「ディライン殿下とのこと、受けてくれるのね?」

「はい。お受けします」

「……ありがとう」


 アルフィール様の綺麗な黒い瞳は、僅かに寂しげに揺れたけれど。それでもきっと、ホッとしたんだろう。花が綻ぶように微笑んだ。

 イールトさんがどんな顔をしているのか、気になったけれど。私は素知らぬ振りをして、壁際に控えるイールトさんの方は一切見なかった。

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