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25:令嬢教育を受けました

 昼食時から始まったイールトさんの令嬢教育は、とても分かりやすく、とても厳しいものだった。ロバートから教わったのは、まだまだ初心者用だったのだと身に沁みて分かるほどに。


「シャルラ様。切り分ける大きさをもう少し小さく。そうです。それをゆっくりと口に入れて。背筋は伸ばしたままです」

「ふぁい」

「口に入れたまま喋ってはいけません。噛む時も、そんなに頬を膨らませてはいけません。……もっと小さく切り分ける必要がありそうですね」


 席順の意味に、着席の仕方。カトラリーを使う順番に飲み物を飲むタイミング。グラスの持ち方に食事の仕方。姿勢と角度に表情、喋るタイミング……。とても一度に覚えられるものじゃなくて、一つ一つこなすだけで精一杯。

 時間をかけてちょっとずつしか食べない食べ方は、全然食べた気がしなくて。貴族のお嬢様って大変なんだなとつくづく思った。


 それでも、父さんたちが応援するように見守っていてくれるから。頑張らなきゃと気合いが入る。

 ロバートから教わる母さんが、のんびりと食事を楽しむ姿が羨ましい……なんて、そんな事は思わない。たぶん。


 そうしてどうにか昼食を終えても、まだまだマナーの特訓は続く。午後は学園の事について教わるという話だったけれど、その話を聞く姿勢にもイールトさんは容赦なかった。


「シャルラ様。この本を落とさずに聞いてください。お茶を飲む際も、このままですよ」

「わ、分かりまし……分かった」


 今は私の部屋で二人きりだけれど、イールトさんの先生モードは全くブレない。

 椅子に浅く腰掛けて、頭に乗せられた本を落とさないように背筋を伸ばす。目の前には紅茶も置かれてるから、余計に本を落とせない。もし高級そうなカップを割ったらと思うと、冷や汗が滲んだ。


「表情が固いですね。柔らかく微笑んで。そう、そのままキープしてください。感情を簡単に表に出してはいけません」


 そんなの無理だよ! って言いたいけれど、言えない。イールトさんはずっと笑顔だけど、目が笑ってないから。

 どうにかこうにか表情も形作ると、イールトさんは満足げに頷いた。


「では、最初は学園の基本的なことをお話しましょう。全て覚える必要はありませんので、とりあえず耳にだけ入れておいてください」


 イールトさんは時々私の聞く姿勢を正しつつ、話し出した。


「王都には三つの王立学校があります。まず、シャルラ様が通われる王立魔法学園サンドリヨン。これは貴族や魔力持ちの平民だけが通う学校です。残り二つは魔力を持たない者たちの学び舎で、騎士を育成する騎士学校と文官や医師を育成する大学校があります」


 王立学校は、国で運営している学校の事だ。その王立学校とは別に、王都には神殿が寄付金で運営している私設学校がいくつかあって、私もパン屋で働きながら通わせてもらった時期がある。

 でもそれらの私設学校は、簡単な計算や文字の読み書きを習うだけだ。その中で優秀な人は、神殿の推薦をもらって大学校に行くらしい。平凡な私は当然、それほど優秀ではなかったから、初耳だった。


 騎士学校に入るのは、ほとんどが騎士団の子息だけれど、中には幼い頃から冒険者として活躍した人も入ってくるそうだ。

 どちらの学校にも入学試験があるので、騎士学校と大学校は実力主義の学校なのだと、イールトさんは教えてくれた。


「この三校は兄弟校になるわけですが、サンドリヨンが最も権威を持っています。騎士団も王宮の各省も、上層部は魔力持ちになりますからね。卒業後、彼らに侮られないために、学園では騎士にも文官にもなれる授業が組まれています」


 学園の授業内容は大まかに三つあって。一つは、サンドリヨン特有の魔力の扱い方と、魔法薬や錬金術の授業。そして、騎士学校と同じ剣術や体術の授業に攻撃魔法を組み合わせた戦闘訓練と、魔物の分布や生態、弱点などを学ぶ授業。大学校の勉強内容と同じように、歴史や地理、外国語、怪我をした際の応急処置や病気への対処法を学ぶ授業があるらしい。


 ちなみに魔法薬は、怪我や病気を一瞬で回復させる力を持つ特殊な薬の事で。薬草から抽出した薬効成分に魔力を加えるため非常に効能が強く、魔物避けなどにも使われているそうだ。

 錬金術は、魔道具と呼ばれる特殊な力を持つ品や、その素材となる特殊な金属類を作る技術だそうで。王家が持つ国宝と呼ばれる品々は、その錬金術で作られた物なんだとか。

 どちらも魔力がないと作れない上に、魔物退治に重宝するものだそうで。平民の魔力持ちのほとんどが、卒業後は魔法薬師か錬金術師になって、大金持ちになるんだって。


(……どうしよう。そんなすごい学校で、私はちゃんと勉強について行けるのかな)


 不安な気持ちが、また顔に出ていたのか。イールトさんが安心させるように微笑んだ。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。学園での勉強期間は三年あります。三年かけて、じっくり学んでいくことになりますから。シャルラ様なら出来ますよ」

「が、頑張りま……頑張る」

「口調を直すのが難しいようでしたら、アルフィールお嬢様の真似をなさってみてください」

「アルフィール様の……。分かったわ」

「結構です」


 受け答えで何回も言い直していたからか、イールトさんがヒントをくれた。有り難く乗っかっておこう。

 それにしても、本が重くて首が痛い。こんな時、アルフィール様なら……。


「イールト。この本、下ろしてもいいですかしら? とっても重くて、首が痛くなってるんですのよ」


 あれ? どうしてだろう。イールトさん、笑いを堪えてる?


「……もう少し我慢なさってください。パーティなどに出席される際には、髪飾りや帽子などでこれより頭が重くなることもありますから」

「え⁉︎ もっと重くなるの⁉︎」

「シャルラ様、表情に出してはいけませんよ」

「あ、すみませ……。失礼しましたわ。オホホ」


 イールトさんには苦笑いされてしまったけれど、必死に姿勢と表情を保って取り繕う。お嬢様生活、厳しすぎる……。


「魔力操作については、一年生は学園外での個人練習を禁じられていますので、私からはお教え出来ません。剣術や体術は、先に体力作りが必要となりますので、今はやりません。ですので、私が今日お教えするのはそれ以外です。基本となる魔法学から始めるのがいいでしょう。ここからは、メモを取りながら覚えていきましょうか」


 まだ続くんだ、この授業……。絶望的になる私に、イールトさんは容赦なく紙とペンを渡してきた。

 もちろん、頭の本はそのまま。紅茶はいつの間にか下げられていた。まだ一口も飲んでないのに……。


「魔法には種類があり、人によって適性が違いますが、火魔法、水魔法、風魔法、土魔法は、得意不得意はあるものの大抵誰でも扱えます。ですが、これとは別に特殊魔法と呼ばれるものがあります。これは限られた人しか使えません」


 火魔法は名前の通り、何もない所から炎を出せる魔法で。水魔法や風魔法、土魔法も同じく、水を出したり風を起こしたり、土を作ったり出来るらしい。

 不得意な人の火魔法は、蝋燭の炎ぐらいにしかならないけど、得意な人の火魔法だと、このお屋敷を一瞬で焼き尽くせるほどの炎を出せるそうだ。……何それ怖い。


 ちなみに、父さんが私に使ったという身体を綺麗にする魔法は、風と水の複合魔法なんだとか。それは私も使えるようになりたいなぁ。


「特殊魔法は扱える人間が限られているため、まだ全ては解明されていない魔法です。有名なのは、五十年ほど前に無差別殺人を犯した者が使っていた毒魔法。稀代の怪盗が使っていたといわれる、どんな扉も開ける鍵魔法と、姿を隠せる影魔法。それから王宮や神殿、高位貴族が使い手を保護している聖魔法と空間魔法ですね」

「聖魔法は、どんな魔法なんで……なのかしら?」

「アンデッド系の魔物を瞬時に倒したり、怪我や病気を一瞬で治したりする魔法です。その性質上、回復魔法とも呼ばれます。……シャルラ様がお使いになられる魔法ですよ」

「わ、私……?」


 ぽかんとした私の頭から、ドサリと本が落ちた。イールトさんはそれを怒るでもなく……どうしてか、切なげな目で私を見つめていた。


明日は、一話あたりが短くなってしまったので、朝と夜の二回更新となります。

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