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21:仕立屋さんに会いました

 テーブルマナーを教わりながら朝食を終えて、一息ついた頃。私がお世話になったパン屋の親父さんと女将さん。そして、母さんがお針子をしていた仕立屋のご夫婦がお屋敷へやって来た。


 親父さんたちは、父さんが出した使いの人から大体の話は聞いていたようで。事故で怪我がなかった事や、父さんと一緒に暮らす事を心から祝福してくれた。


「シャルラ、良かったな。父親に会えて」

「ここならもう空きっ腹で泣くこともないね。マリアさんも幸せそうだし、安心したよ。幸せにおなり」

「親父さん、女将さん……。今まで本当にありがとうございました」

「礼を言うならこっちの方だよ。あんたがいてくれて、私もこの人も本当に幸せだったんだから」


 母さんと私の二人だけだったなら、今日まで生きてこれなかっただろう。父さんも深く感謝してくれて、これまでのお礼にとパンの定期購入を持ちかけてくれた。


 親父さんたちは恐縮していたけれど、私も親父さんが焼いたパンをこれからも食べたい。それに、届けに来てもらえるなら顔も見れるし、きっと寂しくもならない。

 忙しくさせてしまうけれど、ぜひお願いしたいと話せば、親父さんたちは快く引き受けてくれて。毎日というわけにはいかないけれど、月に二度、お屋敷に親父さんたちのパンが届けられる事になった。

 貴族も食べていると評判になれば、きっとこれからもっと繁盛出来るだろう。


 母さんが働いていた仕立屋さんには、お屋敷で働くメイドさんたちの制服を頼む事にしたみたい。母さんもこれまでのお礼を伝えて、あっという間に再会の時間は終わった。


「シャルラ、元気でね。何か困ったことがあったら、いつでも言いに来くるんだよ」

「子爵様がいらっしゃるんだ。俺たちに出来ることなんか、何もないかもしれないが。お前はうちの看板娘だからな。遠慮はするなよ」

「うん。親父さん、女将さんもありがとう。二人とも元気でね。常連のみんなによろしく伝えてください」


 帰りの足にと、ロバートが辻馬車を手配してくれていて。親父さんたちは笑顔で別れを告げ、屋敷を去っていった。

 小さな四人乗りの馬車が見えなくなると、言いようのない寂しさが胸に広がる。一緒に見送りに出ていた母さんが、宥めるようにそっと肩を抱いてくれた。


「また会えるわ。私とシャルラで、こっそり遊びに行ってもいいし。ね?」

「うん……。ありがとう、母さん」


 抱き合う私と母さんを、父さんと兄さんは優しく見守ってくれていて。ここが私の居場所になるんだなと、少しずつ心が馴染んでいく気がした。


 そうして肩の力を抜いて、四人で屋敷へ戻ろうとした時。ついさっき出て行ったのとは別の馬車が、門から入って来た。


「もう来たのか。思ったより早かったな」

「父さん、またお客さんなの?」

「ああ。シャルラにだよ」


 父さんはニッコリと笑ったけれど、私は首を傾げるしかない。私に会いにここを訪ねてくるような人なんて、昨日会ったばかりのアルフィール様とイールトさんぐらいしかいないはずで……。


(まさか……⁉︎)


 昨日の今日で見る事はないだろうと、そう思っていたのに。アルフィール様の馬車みたいに黒塗りではないけれど、目の前に止まった立派な馬車には、見覚えのある公爵家の紋章が大きく描かれていた。


「やあ、イールト君。昨日ぶりだね」

「朝から失礼致します、モルセン卿。まさか閣下自ら、お出迎え頂けるとは」

「ああ。これは偶然だから、気にしないでくれ」


 固まる私の前で、馬車から出てきたイールトさんと父さんは親しげに言葉を交わす。今日はアルフィール様は来ていないみたいだ。

 そんな二人の後ろから、さらに一人の男性と、数人の女性が馬車を降りて来た。

 父さんと同年代に見える男性は、長い銀髪を一纏めにしていて、パリッとしたスーツ姿がすごくお洒落だ。女性たちは皆若く、揃いのシンプルなドレスにメイドさんのようなエプロンを着けていた。


「そちらがアルフィール嬢御用達の?」

「そうです。こちらがマダム・ルシェとお弟子さん方です」

「マダム……?」


 イールトさんが「マダム」と紹介したのは、なぜかたった一人の男性で。ぽかんとした私たちの前で、男性は優雅に微笑んだ。


「お初にお目にかかりますわ、モルセン子爵閣下。ルシェ・ジュルマーニと申します。うちの看板にかけて、お嬢様の美しさを存分に引き立たせてみせますわ。安心してお任せ下さいませ」

「マダムの腕は公爵夫人も認めておいでです。閣下にもご満足頂けるかと」


 男らしい声で語られる言葉は、女性のそれで。私も父さんも兄さんも唖然としていたのだけれど……。


「まあ! マダム・ルシェとお会い出来るなんて!」

「奥様は、私のことをご存知でしたのね」

「私、お針子をしてたんです。銀糸の魔術師が作るドレスは素晴らしいと噂に聞くだけでしたが、みんなの憧れの存在でした。こうしてお話出来るなんて、夢のようだわ!」

「嬉しいわ、そんな風に言ってもらえるなんて」


 母さんは、マダムの事を知っていたみたいだ。二人は女言葉で盛り上がっているけれど、母さんとマダムが並ぶと美男美女ですごく絵になる。

 父さんはヤキモチでも妬いたのかな。気を取り直すと、スッと母さんの腰を抱いた。


「マダムがマリアの憧れだったとは、知らなかったよ」

「ジャック、マダムは本当にすごい方なのよ。まるで魔法をかけられたみたいに、その人の美しさを引き出すドレスを作るの」

「それなら、君のドレスも頼まないといけないね。マダム、娘の後に妻も頼めるだろうか」

「もちろん、承りますわ。モルセン卿は奥様を愛されてるのね。素敵だわ」


 まるで見せつけるかのように父さんは言うけれど、マダムは気にならなかったみたい。嬉しげに微笑んで頷いていた。


 でも、待って。ちょっと今の話、聞き捨てならない気がするんですが⁉︎


「父さん、マダムは仕立屋さんなの? 娘の後って、私のドレスを作る気なの?」

「ん? 昨日アルフィール嬢が話してただろう? 学園の制服を作るのに、腕のいい職人を紹介してくれると」


 みんなで屋敷の中へと向かいつつ父さんに尋ねれば、不思議そうに答えが返ってきた。

 そんな話あったかな? と思ったけれど、どうやらアルフィール様とのお話が終わってフラフラしていた時に言われていたようだ。


 魔法の授業で身体を動かす事も多い王立学園では、動きやすく作られた制服を着る決まりがあるそうで。平民の魔力持ちは学園から支給されたものを着るらしいけど、金銭に余裕のある貴族は身体に合わせて仕立てるのが普通らしい。

 制服は形と色さえ守っていればいいそうで、アルフィール様のような高位貴族の方々は使う布地も高級品なんだとか。


「アルフィール嬢は、制服だけでなくドレスもついでに作ったらどうかと勧めてくれてね。それでお願いしたんだよ」

「今のドレスじゃダメなんですか? 母さんと着回しして使えるし、新しく作るなんてもったいないと思うんですけど」

「そのドレスは、マリアに合わせて作ったものだからね。シャルラには……」

「やっぱり、似合わないですか?」


 たどり着いたのは、昨日アルフィール様とお話した応接室だ。ついさっきまで親父さんたちとも話していたけれど、今はソファもテーブルも部屋の片隅に寄せられている。

 部屋へ入ったみんなの顔を、落ち込みつつ見回せば、兄さんが苦笑しながら頭を振った。


「似合わないなんてことはないよ。シャルラは可愛いよ? でも、シャルラのためのドレスも用意したいんだよ」

「でも、制服だって作ってもらうのに」

「遠慮しないでいいんだよ」


 兄さんは穏やかに言ってくれたけど、私はなかなか納得出来ない。

 だって制服で学園に通うなら、他の服を着ている時間なんてほんの少ししかないはずで。そのためにわざわざドレスを作るなんて、お金の無駄にしか思えないもの。


 するとイールトさんが、ふっと笑みを浮かべた。


「シャルラ様、ご心配には及びませんよ。制服もドレスも、アルフィール様からの贈り物ですから」

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