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19:義妹がこんなに可愛いなんて(ミュラン視点)

 柔らかな笑みと共に「兄さん」と呼ばれると、じんわりと胸に温もりが広がる。

 昨夜、父上に実子がいたと聞いた時に感じた危機感は、今や跡形もない。義妹シャルラは、僕の想像を軽々と越えていく存在で。素直に感情を表に出し、くるくると表情が変わる彼女を、ずっと眺めていたいと思ってしまう。


(こんなに分かりやすいのは、貴族としては失格なんだが。僕の……君の兄の前でぐらいは、このままでいてくれないかな)


 父上によく似た優しい色の髪と瞳を持つ彼女の兄になれた事を、心から神に感謝したい。かつての僕は、こんな未来が来る事など思いもしなかったから。


 子爵家の遠縁として引き取られた僕は、元はとある伯爵家の生まれだった。伯爵の次男として僕は生を受けたが、産んだのは伯爵夫人ではない。つまり、僕自身は伯爵の不貞で生まれた庶子だ。

 僕を産んだ女性は流浪の歌姫で、とても美しい人だったらしいが、その顔を僕は知らない。生まれた僕には強い魔力があったため、彼女は僕を金と引き換えに伯爵に渡して、王国を去ったそうだ。


 そうして伯爵家に残されたものの、伯爵は僕に興味を持たず。僕は厄介者として扱われていた。

 ここラスキュリオ王国では、王族であっても一夫一妻と定められている。非公式な愛人を囲う者はそれなりにいるが、その存在は表立って認められる事はなく、不道徳だと批判される行為だ。血に宿る強い魔力を限定的な範囲で繋いでいく事で、力が薄まる事を回避するためらしい。

 だが僕の場合、不貞で生まれた子という事柄だけが問題ではなかった。伯爵夫人が産んだ長男より僕の魔力が強かったため、家督を奪われるのではと警戒されたのだ。


 屋敷の離れに隔離され、限られた使用人に最低限の世話をされつつ、簡単な勉強を教えられて僕は育った。いずれ王立学園に通わなくてはならないため、伯爵子息として恥にならない程度の学力は必要だったから。

 独りぼっちで暇だった僕は、文字を覚えると離れに置かれていた本を手当たり次第に読んでいった。すると得た知識が元で、さらに伯爵夫人たちから敵視される事になった。


 いよいよ自分の身に危険を感じ始めた僕は、どうにかして家を出ようと考え、八歳の時に実行に移した。だがそれは、開始早々失敗に終わった。

 屋敷を抜け出そうとした僕は、たまたまその日に伯爵家を訪れていた父上と鉢合わせたんだ。


『やあ、初めまして。私はジャック・モルセン。新しくモルセン子爵位を継いだんだ。君は伯爵と似た魔力を持ってるみたいだが……誰かな?』


 両親を相次いで病で亡くし、子爵家を継いだばかりだった父上は、遠縁とはいえ家格が上の伯爵の元へ挨拶に来ていた。

 父上は伯爵家に次男坊がいる事を知らなかったそうだが、モルセン子爵家は代々魔法管理局の管理官を担う家だ。魔力の流れを()()のは得意なため、慌てていた僕から漏れ出た魔力で、伯爵の子だと気付いたらしい。


 痩せぎすの僕が、伯爵家でどのような扱いを受けていた存在なのか。薄汚れた鞄を抱え、一人で何をしようとしていたのかも、簡単に想像がついたのだろう。

 僕の存在が初めて表に出たその日、父上は僕を跡継ぎとして連れ帰りたいと、伯爵に直談判して、そのまま子爵家へ連れ帰った。


『ミュランの魔力はとても強い。ぜひそれを、我が家のために使って欲しいんだ。君がモルセン子爵の名を継いでくれれば、私は安心して最愛の人を探しに行けるから』


 本当に僕で良いのかと、何度も尋ねた。その度に返ってきたのは、おどけたような優しい言葉と柔らかな茶色い瞳だった。

 知らなかった家族の愛情を、父上は溢れるほど僕に注いでくれた。だから僕は、父上の幸せを願い、精一杯努力を重ねてきた。


 そこへ突然、正統な後継者が現れた。義妹となるシャルラを初めて見た時、彼女は気を失っていた。今にして思えば、シャルラが深い眠りに落ちていて良かったと思う。

 貴族の一員として、感情を顔に出さないように生きてきたはずだが。情けない事に、もしあの場で彼女と言葉を交わす事になっていたら、平常心を保てなかっただろうから。


 シャルラが婿を取り子爵家を継ぐなら、父上の期待に応えようと全力を尽くしてきた僕の八年間は水の泡になり、安心出来る居場所も失ってしまう。

 どうにかしてこの家に残りたいと、父上の息子でいたいと心が叫んで。そのためにどう動くべきかと焦りばかりが募った。


 そんな僕が、動揺を必死に押し留めていた事を知ってか知らずか。父上は僕と二人きりになると『シャルラを妻にする気はないか?』と問いかけてきた。『もちろんシャルラと結婚しなくても、跡継ぎはミュラン、君だ。だが、そうしてくれればシャルラを嫁に出さずに済む』『ミュランなら、安心して娘を任せられる』とも言われた。

 有難い提案に、一も二もなく飛びつきたかった。だがそれでは、僕の汚れた内面に気付かれてしまう。

 だから本人と話をしてからと、その場は誤魔化した。


 そうして迎えた翌日。目を覚ましたシャルラは、一人で下町に戻ると言った。そこに嘘は微塵も感じられず。僕は一気に興味を惹かれた。


 だってそうだろう? 貧しい暮らしから、貴族の暮らしへ。それがどれだけ魅力的なのか、僕は身に染みて分かっている。

 いや、かつての僕は望まれていなかったとはいえ、仮にも伯爵家で暮らしていたんだ。平民から貴族になれるなど、僕が想像する以上に喜ばしいはずだ。

 だというのにシャルラは『私の居場所はここじゃない』と言ってのけたのだから、気にならないはずがない。


 この娘を逃してはいけないと、本能が訴えた。その直前まで、打算で「兄」と名乗ったはずの僕は、半ば本気で求婚の言葉を口にしていた。会ったばかりの、地味で貧相な義妹を相手に。

 もっとも、いくら拒否したとて下町に戻すなどあり得ない事だ。貴族の娘と分かったなら、その身に流れる魔力と血を色濃く残す義務がある。たとえ相手が僕でなくても、政略結婚の駒となるのは必至なのだから。


 それらをぼかしつつ父上と一緒に話して聞かせれば、シャルラは渋々ながらも、ここで暮らす事を受け入れた。

 そしてホッとしたのも束の間。アルフィール嬢からシャルラの見舞いに来たいと連絡が入った。


 僕はディライン殿下や、その側近候補である高位貴族の子息たちとも同じクラスだが、話しかける事さえ許されない、ただのクラスメイトだ。

 そんな僕が、殿下の婚約者たるアルフィール嬢と繋がりを持てれば、子爵家の未来は明るくなる。アルフィール嬢を通じて、殿下に近付くきっかけを掴みたかった。


 公爵家と知り合える機会など早々ないと、僕は嬉々としてアルフィール嬢を迎えた。

 だがそこで気付いてしまった。義妹が、アルフィール嬢の従者イールトに向ける熱の籠った視線に。


 イールトは僕と同い年で魔力持ちでもあるが、護衛も出来る側付きとしてアルフィール嬢と共に入学したため、一学年下にいる。イールトとは数回話した事があるが、彼はアルフィール嬢に忠誠を誓っていて、人柄も好ましいものだった。

 イールトとシャルラが縁付くなら、公爵家との繋がりは確固たるものになる。アルフィール嬢が王妃となっても、王妃付きの従者として連れていかれるだろう男だ。子爵位を奪われる心配もない。これは好機だと、喜べるはずだった。


 だが、どうしてだろう。僕は胸に小さなわだかまりを感じていた。

 アルフィール嬢との席で、チラチラとイールトの様子を窺うシャルラに、なぜか苛立ちが募る。けれど、アルフィール嬢から入学時期について話された時。シャルラが向けてきた縋るような目に、僕の心は高揚した。

 兄として頼られたことが、それほど嬉しかったのだろうか。自分の心が分からなかったが、助けてやりたいと強く思った。


 だが結局、アルフィール嬢に押し切られる形となって席を外す事になり。自分の不甲斐なさに落ち込むと共に、不安げに瞳を揺らすシャルラが心の底から心配になった。

 落ち着かない気持ちのまま話が終わるのを別室で待ち、呼び鈴が鳴るのと同時に応接室へ戻れば、疲れきった様子で呆然としたシャルラの姿に胸が痛んだ。


 それでも彼女は、アルフィール嬢が帰るまできちんと見送った。

 突然望まない環境に押し込まれ、緊張に晒されていたはずなのに、小さな身体で精一杯胸を張り続けたシャルラが愛おしく感じられて。この娘の笑顔を守りたいと思った。


 だから夕食の席での美しいとはいえない食事の仕方も、特に気にはならなかった。それどころか、慣れないながらも少しでも丁寧にカトラリーを扱おうとする姿勢に好感が持てた。

 それを見てるうちに、もう少しだけ距離を縮めたくなって。評判のいい自分の顔を使って、口説くように語りかけてみた。


 僕を産んだのは、伯爵を誑かした女だ。その女に似たらしい僕の顔は、なぜか女受けが良い。シャルラもきっと気に入ると思った。

 でもシャルラは、僕の微笑みに照れはしても、微塵も心を動かさなくて。「兄さん」と微笑むだけだった。


(兄さん、か。そう呼ばれるのも悪くないが……)


 最初は嬉しかったはずなのに、残念に感じる気持ちはどこから来るのだろうか。妹との距離が、変わらなかった寂しさか。この顔に落ちなかった悔しさか。それとも……。


(なんであっても、僕が兄なのは変わらない。これから貴族として生きられるように、この子を助けてやらないと)


 それ以上考えてしまえば、後に引けなくなる気がして。食後のデザートとして出された果物の数々を、美味しそうに食べるシャルラを眺めながら、僕は静かに紅茶を飲み干した。

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