17:続・転生したら悪役令嬢だなんて(アルフィール視点)
記憶を取り戻したわたくしが最初にした事は、ジミ恋の攻略対象者たちを探す事だった。ヒロインのデフォルト名は完全ランダムで決まるし、本編前の暮らしはほとんど描写されてなかったために探しようがなかったから。
そうして動き出してみれば、第一王子のディライン殿下と側近候補の貴族子息三人は、すぐに見つける事が出来た。
この時点で、ジミ恋の世界に生まれ変わった事実を受け入れたけれど。わたくしと殿下の婚約は、すでに結ばれていた。
本編開始前に婚約解消してもらえるよう努力はしたけれど、ゲームの強制力が働いているなら実現は絶望的に思えた。そうなると生き残るためには、王子ルートをヒロインに選んでもらうしか方法がない。だからヒロインと早めに接触したいと思ったのだけれど……。
もう一人の攻略対象、ヒロインの義兄は全く分からなかった。
なにせ、わたくしが何周も繰り返し遊んだのはディー様ルートのみ。ノーマルエンドの義兄ルートなんて、何も分からずにプレイした最初の一回しかやってなかったから、記憶に残っていなかった。
側近候補の三人は、ディー様ルートにうまく入れずに数回やったから覚えていたのだけれどね。
義兄の名前も顔も何も思い出せなくて、ヒロインの父親も覚えていなくて。本当にディー様しか見てなかった前世の自分に驚きつつ、あの頃は途方に暮れた。
それでもわたくしは運命に抗いたくて。自分に出来る全てをやろうと、必死に動き続けてきた。ディー様との婚約が破棄された後の事も考えながら。
(本当に色々やったわね。異世界転生モノで鉄板ネタの、前世知識でチートもしたし)
ここは乙女ゲームの世界だからか、色んな部分で前世の地球と似ている。
暦に日曜日はなくて、一週間は六日、一ヶ月は五週間の三十日固定だけれど、一年は十二ヶ月だったり。ファンタジーな欧風建築の町並みなのに、上下水道完備で日本式のお風呂があって、魔石を使った冷蔵庫やコンロもあったり。文字は違うけれど、言葉は日本語だったり。
それなのに、食材は似た物がいくらでも存在するけれど、なぜか調理法や調味料は中世ヨーロッパな雰囲気で、調理器具も種類がなかった。
だからわたくしは、いわゆる料理チートをやってみたの。八年かけて、地球の調理器具と調味料を再現し、料理レシピを上流階級に広めた結果、公爵家は莫大な富を手にしたわ。
わたくしの婚約破棄が原因で公爵家の評判が悪くなったとしても、家族みんな遊んで暮らせるぐらいに。
「あともう少し、ね」
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
ふと呟くと、イールトが心配そうに見つめてきた。そういえば、こうしてイールトを手元に置けたのも、料理チートのおかげだったのよね。
日本食欲しさに大豆に似た食材を探していたら、イールトと出会って。その時にイールトのご家族を助けたのが縁で、彼はわたくしに仕えるようになったのだから。
「ねえ、イールト。シャルラさんは本当に転生者じゃないと思う?」
「彼女は違うと思いますよ。私はむしろ、お嬢様がなぜ彼女を転生者だと思うのか、不思議に思っています」
「だってあの子が働いていたパン屋は、バゲットサンドを売っていた店なのでしょう? サンドイッチは地球の料理なのよ。名前まで同じなのだから、そう思って当然ではなくて?」
「あれを考案したのは、パン屋の女将だそうですよ。商品名も、常連客を交えて案を出し合って決めたそうです。彼女が作ったわけではありませんから」
「あら、そうだったの」
イールトは本当に優秀な従者だわ。その上こうやって、真っ直ぐに意見してくれる。それがどれだけ貴重か、殿下の婚約者として王妃にもなれるようにと教育を受けてきたわたくしにはよく分かる。
「それよりお嬢様、本当によろしいんですか」
「殿下のことなら、気持ちは変わらないわ。わたくしは、万が一にも死にたくないの」
「それでも、お嬢様がヒロインと敵対しないなら、危険には繋がらないのでは? ゲームの通りに、必ずしもなるわけではないかと」
「いいえ。ミュランのノーマルエンドもハッキリ思い出したから、間違いないの。わたくしが何もしなくても、魔獣には襲われるはずなのよ」
ヒロインの義兄ミュランルートに限り、悪役令嬢アルフィールはヒロインを虐めない。ステータス値が低い状態の時のみミュランルートになるから、アルフィールはヒロインに親切心でルールやマナー、勉強を教える。……という設定の元、ミニゲームが発生するだけだった。
ミュランルートでのバッドエンドにも、アルフィールは関与する事はなく。中盤以降、一定のステータス値を越えられない状態だと、ヒロインは勝手に自滅する形で死亡エンドを迎えていた。授業中に魔法が暴走したり、町で会った暴漢を撃退出来なかったりしてね。
だからミュランルートでのアルフィールは、最終イベントには登場すらしない。それなのにアルフィールは死んでしまう。イベント後のセリフでさらりとしか触れられないけれど、魔獣に食い殺されるのは変わらないのよ。
「ヒロインと敵対しないミュランルートで、そうだったんだもの。ヒロインに何ら干渉しなくても、わたくしは死ぬはずなの。王子ルートに進んでもらうしか、生き残る道はないの」
「そうですか……」
わたくしの話を聞くと、イールトは苦しげに視線を落とした。
そこには心配というより、辛さが滲んでいるように見える。それはまるで、この計画を実行しなければならない事に、痛みを感じているかのよう。
イールトがわたくしに捧げた忠誠に、疑いはない。けれど……。
「まさかとは思うけれど、彼女に心を奪われたのかしら?」
「……たとえそうだとしても、私はお嬢様の従者です。お嬢様の命が、何よりも大切ですよ」
「そう。それなら良いわ」
たとえ何があっても、イールトはわたくしに嘘を言わない。ノーを言わなかった時点で、イールトの心がどこにあるのか分かってしまった。
それでも彼は、わたくしに恩を感じているから、辛い選択をしてくれるのよ。
(悪役の運命を変えたいと思っているのに。結局わたくしは、こういう卑怯な手を使ってばかりね)
わたくしがヒロインの母親を救った理由は、二つあるけれど。どちらも、ろくでもないものだった。
一つ目は、恩を売るため。ヒロインは善良な存在だから、恩人を見捨てる事はしないはずよね。だからわたくしは、ヒロインを確実に王子ルートに進ませるために、彼女の母親を救った。
思った通り、多少の抵抗はあったけれど、シャルラさんは引き受けてくれそうだからホッとしたわ。
そして二つ目は、わたくしが自己満足の罪滅ぼしをするため。
ディー様との結婚は、ヒロインにとって至上の幸福になると信じているけれど。ヒロインが他の攻略対象者に恋心を抱いた時には、それを諦めさせる事になるから。
ヒロインは回復魔法を使えるけれど、その力に目覚めるのは本編開始となる入学時の魔力測定の時。
自身が回復魔法を使えると知ったヒロインは、事故に巻き込まれて亡くなった母を救えたはずだと自分を責め、嘆き悲しむ。
それがディー様たち攻略対象者との出会いに繋がるわけだけれど……。ハッピーエンドを迎えても、母親を救えなかった傷はヒロインの心に残り続けるのよね。
わたくしが生き残るためとはいえ、彼女から愛する人を二人も奪うなんて、したくなかったから。結ばれる相手を選ばせてあげられないなら、せめて母親は救ってあげようと決めたのよ。
(母親を救って正解だったわね。やっぱりわたくしは、ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢なのだから)
今日会ったヒロインは、何度もイールトに視線を向けていた。そこに好意が宿っているのは、傍から見れば明白で。イールトだって、気付いているはず。
「イールト。全てが終わったら、あなたに良い縁談を探しましょうね」
「私のことはお気になさらずに。今はまず、お嬢様が無事に来年度を迎えることを目指しましょう」
「そうね。……ありがとう」
「いえ」
生き残るためには、何人もの幸せを踏みにじっていかなければならない。それでもわたくしは止まりたくないし、止まれない。
胸に走る小さな痛みを感じながら、わたくしは流れ行く車窓の景色を眺めた。