12:ゲームの話をされました
「ここは、わたくしが前世でやっていた乙女ゲームの世界なの。そしてあなたは、そのゲームのヒロインなのよ」
ヒロイン? オトメゲーム?
アルフィール様は真剣にお話されたけれど、さっぱり意味がわからない。
でも、ひとつだけ分かった事がある。この話を黙ってるようにと言ったアルフィール様のお父様もイールトさんも、間違ってないって事だ。
(……大丈夫なのかな。こんな意味の分からない事を突然言い出す人が、未来の王妃様だなんて)
不安な気持ちのままイールトさんに目を向ければ、イールトさんは私の内心を見透かしたように苦笑いを浮かべていた。
「ねえ、シャルラさん。あなたのお母様は、イールトに助けられたわよね?」
未来の王妃様を変人扱いするなんて、失礼な事を考えてたのが顔に出てたかな⁉︎
突然アルフィール様に意味ありげに言われて、鼓動が跳ねた。
「は、はい。そうです!」
「あれはね、偶然じゃないの」
「……え?」
ぽかんとした私に、アルフィール様は、くすりと笑った。
「わたくし、知ってたのよ。あの場所で事故が起きて、ヒロインの母親が巻き込まれるって。だからイールトを行かせたの」
「馬車の事故を知ってたんですか……?」
イールトさんは確か、人探しのために下町に来ていたはずだ。もしそうなら、イールトさんが探してたのは……。
「イールトがいなければ、あなたのお母様はあの事故で亡くなってたわ。わたくしはその未来を変えるために動いたの」
「イールトさん……本当なんですか?」
アルフィール様の言うように、イールトさんが助けてくれなければ、母さんは死んでただろう。イールトさんが無傷だったのだって、奇跡みたいなものなんだから。
それでも、そう簡単に信じるなんて出来なくて。呆然として問いかけた私に、イールトさんは苦しそうに頷いた。
「お嬢様の仰る通りです。私は、暴走馬車の事故に遭う女性を救うために、下町に出ていました」
イールトさんが嘘を吐くとは思えない。どんなに信じられないような話でも、私はもう疑う気にはなれなかった。
イールトさんは本当に母さんを探してて、身体を張って助けてくれたんだ。アルフィール様の言う「ヒロイン」の母親を死なせないために。
でも、それなら……。
「どうしてですか? イールトさんはお店に何回も買い物に来ていました。あんな事故が起きるって……母さんが巻き込まれるって、もっと早くに教えてくれれば、事前に防ぐことだって出来たはずです。そうすればイールトさんだって、あんな危ないことをしないで済んだのに」
母さんを救ってくれて助かったけれど、一歩間違えればイールトさんが死んでいたかもしれない。倒れて動かないイールトさんの姿が脳裏を過って、目頭が熱くなる。
思わず責めるように言ってしまった私に、イールトさんは何も言わず、困ったように眉を下げるだけだった。
「ごめんなさいね。わたくし、そこまでハッキリとは覚えていなかったの。あなたがヒロインだとは、わたくしもイールトも、事故が起きるまで分からなかったのよ」
「母さんが事故に遭ったから、娘の私がヒロインだって分かったってことですか?」
「そうよ」
無言のイールトさんを庇うように、アルフィール様は話し出した。
「わたくし、前世では東京で会社員……お勤めをしていたのだけれど。かなり忙しい職場でね。恋なんてしてる暇もなくて、唯一の安らぎが乙女ゲームだったの」
アルフィール様の言う「乙女ゲーム」というものは、架空の恋物語の主人公になったつもりで遊ぶ、女性向けの娯楽なんだそうだ。
乙女ゲームの主人公となる女の子を、ヒロインと呼ぶそうで。アルフィール様はそのヒロインになりきって、攻略対象と呼ばれる相手役の男の子との恋を疑似体験して遊んでいたらしい。
「それって、おままごとみたいな感じですか?」
「少し違うわね。おままごとは、その場の即興で物語を作るでしょう? でも乙女ゲームには、決まったストーリーがあるの。それに沿って楽しむから、舞台で演技する方に近いと思うわ」
そんな乙女ゲームには色んな種類があるけれど、どれもに共通するお約束があるのだと、アルフィール様は話した。
一つの物語に対して攻略対象は一人ではなく複数人いて、攻略対象毎に専用の台本が存在していること。
どの攻略対象者を選ぶかでストーリーは分岐していくけれど、どれを選んでもヒロインのライバルとなる悪役令嬢と呼ばれる存在が現れて、二人の恋を邪魔してくるそうだ。
目当ての攻略対象とハッピーエンドを迎えるためには、悪役令嬢の妨害を乗り越えなければならない。それが恋のスパイスとなってストーリーを盛り上げるらしい。
物語の終盤になると、悪役令嬢には婚約破棄や没落、追放や幽閉など悲惨な末路が待っているそうだ。「ざまぁ」と呼ばれるどんでん返しの展開は、乙女ゲームの醍醐味の一つらしい。
そんな乙女ゲームのひとつが、私たちの住むこの国にそっくりだったそうで。アルフィール様は何かを思い出すように、遠く窓の外を見つめた。
「わたくし、七歳の時にディライン殿下と婚約したのだけれど。その顔合わせの時に、前世の記憶を思い出したの。それでこの世界がジミ恋……乙女ゲームの『JIMI恋☆シンデレラ』の世界だって気付いたのよ」