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99:願いが叶うなんて(イールト視点)

 魔力を使い果たして気を失ったシャルちゃんを、俺はしっかりと抱きしめる。つい先ほどまで真っ暗だった森に明るい陽光が降り注ぐ中、俺たちのすぐそばには殿下とアルフィールお嬢様がいらっしゃる。

 怪我一つ負っていないお二人の姿に、ずっと願っていた奇跡がついに起きたのだと実感する。殿下に抱きしめられ安堵の涙を流すお嬢様はとても幸せそうだ。


 まだ他のドラゴンや魔獣がどうなったか分からないのだから本当の意味で終わりとはいえないが。こうしてドラゴンの王が現れたんだ。これ以上、事態は悪化しようがないだろう。


(終わったんだ、これで)


 俺とお嬢様、公爵閣下だけでは、この結果は得られなかった。腕の中にいるシャルちゃんへ感謝の気持ちと愛おしさが込み上げてくる。


 最初はお嬢様のためにヒロインを探していたが、今はこうして出会えた事が奇跡に思える。

 本当にドラゴンが現れるのかも分からない中で、シャルちゃんはお嬢様を救えるだけの力を得ようと努力し続けてくれた。だがそれはヒロインだからじゃない。シャルちゃんが、シャルちゃんだったからだ。


(シャルちゃん、ありがとう)


 感慨深く思いながら上を仰ぎ見れば、神々しいほどに眩い白銀のドラゴンがいて。その美しい翠緑の瞳は、じっと俺たちを見つめていた。


「真白きドラゴンよ。あなたはドラゴンの王、エンパイアドラゴンで間違いないか」

『いかにも。古の術で瘴気に浸され我も終わりかと思ったが、そなたらのおかげで助かった。礼を言うぞ、我が盟友の血を引く者よ』


 お嬢様の腰を抱いたまま問いかけた殿下に、エンパイアドラゴンは感謝を示すように深く頭を垂れる。殿下はホッとした様子で微笑んだ。


「やはりそうだったか。伝承に残るあなたとこうして言葉を交わせるとは」

『我もまたこの国を訪れることになるとは思わなかった。しかし珍しい。王子の血を使ったというのに、我を救った巫女は(つがい)ではないのか』

「ああ。私の唯一はこちらの女性、フィーだ」

『そのようだな』


 頭に直接響くように聞こえる威厳あふれるドラゴンの声に、自然と背筋が伸びる。

 そういえば殿下は血を媒介にするようシャルちゃんに命じていたが、あれには何の意味があったんだ?

 俺が疑問に思っていると、エンパイアドラゴンは興味深げに目を細めた。


『巫女の番は何も知らずに力を貸したのか。今代の王子にもカリスマがあるようだ』


 まるで心を読まれたような言葉に気を引き締める。これは下手な事は考えられないな……。

 するとエンパイアドラゴンは、懐かしそうに殿下の顔を見つめた。


『そなたの祖先、我が盟友ラスキュリオも多くを魅了する男だった。ラスキュリオの血は特殊でな。魔物にとって極上の美味となるため、幼い頃から命の危機に瀕していた。故に我は彼奴とその血を継ぐ者を守るため、血の盟約を結んだのだよ。それがあったからこそ、王子の血を通じて聖なる巫女の声が届いたのだ。王子と巫女、二人が揃わなければ、穢れは払えても正気を取り戻せなかっただろう』


 シャルちゃんの浄化魔法は、体内の瘴気を消し去る魔法だ。心にまで作用はしないから、それを殿下の血が補ったという事らしい。

 恐らくこれは王家の秘密のはずだ。殿下の表情を窺えば、苦笑して頷きを返された。口外しないように気をつけなければ。


『巫女の力は想いの力だ。人の想いは愛情が最も強いと思ったが、このような形で作用するとはな。人とは本当に面白い生き物よ』


 殿下とお嬢様、そして俺とシャルちゃんを交互に見て、エンパイアドラゴンは愉快げに話した。

 殿下の血を媒介にしつつも、そこにシャルちゃんの恋心があったからエンパイアドラゴンの心を救えたという事だろうか。そう思うと、照れ臭いものがあるな……。


 俺が何とも言えない想いを抱えていると、エンパイアドラゴンは荒れ果てた森の向こうを見やった。


『我の仲間も迷惑をかけたな。彼奴らはすぐに帰すが、詫びとして魔獣共も消してやろう』

「それは有難いが、森には兵もいる。彼らには」

『もちろん危害は加えぬ。まあ耳を塞いで見ておれ』


 殿下が挟んだ声に頷き、エンパイアドラゴンは上空に向けて大きく口を開く。直後に咆哮が響き渡り、恐らく魔獣を狙って落としたのだろう。遥か彼方に雷光が走るのが見えた。


『さて、これでいいな。後は、我に仇なした者をどうするかだが』


 エンパイアドラゴンが冷たい目を向けた先には、少し離れた場所に佇むラステロ様たちがいた。何かを話すラステロ様とジェイド様の間にラステロ様の兄君が座り込んでおり、その身をゼリウス様がロープで縛り上げている。

 殿下はその視線を断ち切るようにエンパイアドラゴンの前に立ち、真っ直ぐに見上げた。


「エンパイアドラゴンよ。あなたの怒りはもっともだが、あの者の処罰は我々に任せてもらえないか。人の理で正しく裁きたい」

『手心は加えないと言うのか』

「ああ。必要なら誓いを立てる」

『そこまで言うなら構わん。そなたに任せよう』

「感謝する」


 鷹揚に頷いたエンパイアドラゴンに殿下が立礼したため、お嬢様と俺も合わせて頭を垂れる。

 そんな俺たちの周りに、キラキラと白銀の光が舞い降りた。


『では、我は行く。最後に餞別をやろう。互いに唯一と定めた者と幸せな未来を歩めよ』

「ありがとう。あなたもどうぞお元気で」


 殿下と言葉を交わし、エンパイアドラゴンは巨大な翼を広げて飛び去って行く。餞別とは恐らく先ほどの光で、ドラゴンの加護なのだろう。それがどのような効果なのかは分からないが、俺たちの手の甲には不思議な紋様が薄らと浮かんでいた。


(後でラステロ様たちに調べられそうだな)


 餞別をもらったのは俺たち四人だけだ。殿下やお嬢様を調べるわけにはいかないだろうから、必然的に調査対象は俺とシャルちゃんになるだろう。

 これから先の未来に、お嬢様と俺も加われるのかと思うと胸が熱くなる。元々、殿下とお嬢様の婚約が解消されたら、俺はお嬢様に付いて王都を離れるつもりでいたのだから。


「イールト、シャルラさんは大丈夫なの?」

「はい。魔力切れのようですので」

「そう。シャルラさんのおかげなのに、エンパイアドラゴンと対話は出来なかったわね」


 エンパイアドラゴンの姿が見えなくなると、お嬢様は心配そうに振り向いた。残念そうに話したお嬢様に、殿下が微笑みを浮かべた。


「シャルラ嬢も加護をもらったんだ。またそのうち会う機会もあるさ」

「加護……そうですわね」

「目覚めたらシャルラ嬢にも礼を言わねばならないが。とりあえずラスの様子を見よう。元気そうには見えるが、血を流していたからな」


 殿下はお嬢様の手を引いて、ラステロ様たちの元へ歩き出す。俺も眠るシャルちゃんを抱き上げ後に続いた。

 ゼリウス様やジェイド様と共にいるラステロ様は元気そうだ。一方、エンパイアドラゴンを召喚する際、ラステロ様に庇われたのだろうラステロ様の兄君は、未だ呆然としたままだった。


「ラス、怪我はどうなった?」

「シャルラちゃんのおかげで全部治ってるよ。ボクだけじゃなく兄上の傷もね」


 殿下の問いかけに、ラステロ様は安心したように言葉を返す。するとラステロ様の兄君が、困惑した瞳をラステロ様に向けた。


「なぜ……なぜお前は」

「そんなの決まってるよ。ボクは兄上のことが好きだから助けた。それじゃダメかな?」


 珍しく真面目なラステロ様の声音に、ラステロ様の兄君は息を呑んだ。ラステロ様は両手両足を縛られた兄君の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。


「兄上がボクを嫌いなのは知ってるけど、ボクは兄上がどうしても好きなんだ。ボクも嫌いにならなきゃいけないのかなって思った時もあったけど、好きって気持ちは持ってていいって教えてもらったから。ボクはこれからも、嫌いじゃなくて好きを大事にするつもりだよ」

「お前……本気で言ってるのか? 私が何をしたのか、分かってるだろう?」

「うん、分かってるよ。兄上は殿下を傷付けようとしたんだ。ボクが助けたって、きっと兄上は処刑される。それでもボクは兄上を見殺しにしたくなかった。ただそれだけだよ」


 ラステロ様の言うように、恐らくラステロ様の兄君は死を賜る事になるだろう。もちろん全ての経緯を聞き出した後になるだろうが。

 淡々としたラステロ様の言葉に何の嘘もない事を、ラステロ様の兄君も感じられたのだろう。ラステロ様を睨みつけ、煽るように嘲笑を上げた。


「ずいぶん殊勝なことを言うじゃないか! そうまで私を思うなら、なぜお前はさっさと死ななかった! お前さえいなければ、私は全てを失わずに済んだというのに!」


 口汚く罵る兄君を、ラステロ様は反論もせずにただ静かに見つめている。するとお嬢様が一歩踏み出した。


「いい加減になさい」

「アルフィール……?」


 ラステロ様の兄君を俺はよく知らない。俺がお嬢様の従者になった時、すでにお嬢様は殿下の婚約者だったからだ。

 だがお嬢様には色々と思う所があったのだろう。ラステロ様の兄君を射抜くように睨みつけ、啖呵を切った。


「あなたって昔からそうね。最初から何も失ってなんかいないのに、なぜ分からないの!」

「お前に何が分かる! お前だって私を捨てたくせに!」

「捨てていないわ! そもそもあなたとわたくしは婚約者候補だっただけで、それ以上の関係は何もないもの。でもあなただって知ってるでしょう? わたくしが元々、ディー様との婚約解消を望んでいたことは!」


 気迫溢れるお嬢様の言葉に、ラステロ様の兄君は歯噛みした。お嬢様は怒りを落ち着けるように息を吐き、憂いを込めた眼差しで話を続けた。


「ディー様の好意を跳ね除けてきたのだもの。わたくしもあなたと同じよ。向けられる優しさを信じられず、一人で足掻こうとしていたわ。でもそれでは何も変わらなかったの」

「優しさなどどこにある。私にはそんなもの」

「おじさまは、あなたを信じてたわよ」

「……父上が?」

「カースドラゴンを抑えて下さったの。おじさまは『息子たちを頼む』とディー様に仰ってたわ」

「そんな……」

「嘘だと思うなら、自分でお聞きなさい。そしてあなたが自分の手で何を壊してきたのかを思い知るといいわ」


 お嬢様はキッパリと言い切ると、森の向こうへ目を向けた。そこには、こちらへ駆けてくる団長方の姿があった。

 ラステロ様たちの父君である魔導士団長は、二人の息子の名を呼びながら駆け込んできて。そのまま抱きしめられたラステロ様の兄君は、ようやく親の愛情に気付いたのだろう。後悔に満ちた慟哭を魔の森に響かせる。


 シャルちゃんが守ったのは、どうやらお嬢様の命だけではなかったらしい。シャルちゃんがいなければラステロ様の兄君は死んでいただろうし、魔導士団長がこの場にいる事もなかっただろう。

 数々の奇跡を起こしたシャルちゃんを労りたくて、俺はシャルちゃんの額にそっと口付けた。

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