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98:決着を付けました

 私やアルフィール様、ジェイド様を抱えて走る三人は、魔法を使っているのか走る速度が驚くほど速い。流れてくるように見える木々の間を器用に避けて走るなんて、よほど鍛えていないと無理だろう。少なくとも私には真似出来ない。

 だから私は、大人しくイールトさんにしがみついたままだった。ラステロくんが戦っているのか、大きな炸裂音やドラゴンの咆哮が響き、地面が波打つように揺れる。それでもイールトさんたちは全く速度を落とす事なく、鬱蒼とした森を奥へ奥へと駆け抜けていった。


 程なくして視界が一気に開けると、イールトさんたちは立ち止まった。前方には火柱がいくつも上がり、熱風が吹き抜けていく。

 薙ぎ倒された森の木々が燃える中、いつの間にか立ち塞がる巨体は三つになっていた。新たに増えていたのは、頭が九つもある多頭竜(ヒュドラ)だ。

 アースドラゴンとフレイムドラゴン、そしてヒュドラを一気に相手取りながら、どうにかして潜り抜けようとするラステロくんの姿がそこにあった。


「ラステロがああしてるってことは、あいつはあの奥か。ディライン、どうする?」

「不用意に近付くのは危険だ。我々まで巻き込まれる。ドラゴンの気を逸らせられればいいのだが」

「殿下、どこに召喚陣があるかも分かりません。血を使うのはまだ早いかと」


 抱えてきた私たちを地面に下ろし、ゼリウス様と殿下、ジェイド様が意見を交わす。

 実は殿下は、事前にご自身の血を抜き取って討伐訓練に持ってきている。どうしてそんな事をしたのかと思ってたけれど、こういう時に使うためだったのかもしれない。召喚に必要なぐらいだもの、殿下の血にドラゴンは反応するだろうしね。

 けれど殿下がそれを口にする前にジェイド様が止めて。殿下は苦々しげに眉根を寄せた。


「分かっている。そこまでするつもりはな……っ!」


 不意に地面が揺れて空気が一気に重くなる。イールトさんに支えてもらいながら息苦しさを感じて顔を上げれば、ドラゴンの影がさらに増えている。

 呪竜(カースドラゴン)だろう禍々しい黒い靄を纏ったドラゴンが、大きく口を開けていた。


「シャルラ嬢、ホーリーシールドを!」

「はい!」


 殿下の声に、私は慌ててシールドを展開する。それと同時にカースドラゴンがブレスを吐き、辺りがどす黒い瘴気に包まれる。そのせいで、ラステロくんの姿は見えなくなってしまった。


「おい、ジェイド! これでもまだ出し惜しみするっていうのか⁉︎」

「だがここで使えば殿下が」

「私なら構わない。濃い瘴気に晒されれば、ラスも無事では済まないだろう。今は助けるのが先だ」


 殿下の力強い言葉に、ジェイド様は苦しげに口を噤む。アルフィール様が不安げに殿下を見上げた。


「ディー様」

「大丈夫だ。君もラスも、誰一人失うつもりはない。もちろん私自身もな」


 殿下は微笑みを浮かべて、胸元から小瓶を取り出した。保存魔法のかけられた瓶の中で、殿下の赤い血が揺れている。殿下はそれを手に、私が張ったシールドの外側へ出ようとしたのだけれど。


「殿下、お待ちを!」

「イールト?」


 何かに気付いた様子でイールトさんが唐突に声を上げ、殿下が立ち止まる。するとシールドの外側でビュウと強い風が巻き上がり、辺りを覆う黒い靄が一気に押し返されていった。


「これは……!」

「団長たちです」

「親父⁉︎」


 イールトさんの指し示す方に目を向ければ、ゼリウス様のお父様である騎士団長様がヒュドラの首の一つを斬り飛ばしていて。ラステロくんのお父様である魔導士団長様が風魔法で瘴気ごとカースドラゴンを封じ込めているのが見えた。


「父上!」

「ラステロ! お前は先に行け!」

「はい!」


 魔導士団長様の言葉を受けて、ラステロくんがドラゴンたちの間を縫うようにして駆けて行く。それを追おうとするアースドラゴンとフレイムドラゴンの鼻先を、騎士団長様が巨大な剣で一閃した。


「ゼリウス! お前もさっさと行ってこい!」

「殿下、このようなことになり申し訳ありません! 魔獣の群れはメギスロイスの私兵が抑えています。ここは我々が! どうか息子たちをお願いします!」


 どうやらアルフィール様のお父様である公爵様も、私兵を引き連れて魔の森に来てくれたみたいだ。魔獣は公爵様たちに任せ、本営から直接ここまで駆け付けたらしい騎士団と魔導士団の方々が、私たちの後方から現れてお二人に加勢して行く。

 その援護を受けながら、騎士団長様は怒りに燃えた目で執拗に追いかけてくるヒュドラを躱して。魔導士団長様はカースドラゴンを押し込めつつ叫んでいた。

 きっと魔導士団長様は、ラステロくんの伝書魔法でご長男がドラゴン召喚に関わっている事を知ったのだろう。


 ラステロくんのお兄様がどんな人なのかは分からないけれど、魔導士団長様はご長男を信じて庇ってたみたいだし、今だって殿下に「息子たち」の事を頼んでる。魔導士団長様はラステロくんだけじゃなく、ラステロくんのお兄様の事も大事に育ててきたのだと感じられた。


(それなのにどうして、ラステロくんのお兄様は……)


 ラステロくんもお兄様が好きだと話していたし、たくさん家族の愛情を受けていたはずなのに、こんな事を引き起こそうとするなんて。何がどう拗れてしまったのかと胸が痛む。

 たぶん殿下たちも同じように心苦しく思ってるんだろうけど、今は感傷に浸ってる余裕なんてなかった。


「分かった。ここは任せたぞ!」


 殿下は頷き、再びアルフィールを抱き上げて走り出す。ゼリウス様もジェイド様を担ぎ上げ、私もまたイールトさんに横抱きにされたから慌ててしがみ付いた。


「シャルちゃん、魔力回復薬(マジックポーション)は飲める? 念のためいつでも浄化出来るように準備しておいて」

「はい」


 先ほどカースドラゴンが吐き出した瘴気の影響か、辺りを覆う倒れた木々は腐りかけていて。イールトさんは風魔法を使い、それらを乗り越えながら囁いた。


 ダークエンパイアドラゴンなんて現れない方がいいに決まってるけれど、結局はこうしてジミ恋通りに魔獣たちは揃って出て来ている。このまま何事もなく終わるなんて考えられないから、覚悟を決めておいた方がいいだろう。

 イールトさんに抱えられたまま、私は鞄からポーションの小瓶を取り出して一気に飲み干す。浄化魔法の練習はして来たけれど、ドラゴンに対してやるのは初めてだ。緊張を感じていると、アルフィール様が声を上げた。


「ディー様、あそこにラステロが!」


 朽ち果てた森の向こう、剥き出しになった丘の上にラステロくんの姿があって。きっとラステロくんのお兄様だろう、何かの呪文を唱えている魔導士団のローブを着た男の人の元へ駆け寄ろうとしていた。


 ドラゴンの召喚には王家の血が必要だから、ラステロくんのお兄様は殿下やラステロくんを狙ったわけだけど。それは叶わなかったから、自分の血を使ったみたいだ。

 すでに四体も召喚しているからかラステロくんのお兄様のローブは血塗れになっていて、その手には短剣が握られている。


 これ以上の召喚を止めようとラステロくんは必死に手を伸ばすけれど、ラステロくんのお兄様はニヤリと笑みを浮かべて手にした短剣を自身の胸に向けて振りかぶった。


「これで終わりだ、ラステロ! 貴様も国も、全て滅びてしまえ!」

「兄上!」


 ラステロくんが叫ぶのと同時にその姿が掻き消えて。閃光と共に魔法陣が浮かび上がり、空を覆っていた分厚い雲が真っ黒に変わる。

 雷鳴が轟き、大きな角を持つ巨大な黒竜が雷光に照らされたのだけれど。その足元にはなぜか血を流しているラステロくんと、呆然としたラステロくんのお兄様が見えた。


「ラステロくん!」


 どうしてラステロくんが怪我をしてるのかなんて分からない。けれどとにかく、ラステロくんを治療しなきゃいけないのは間違いない。

 私はミサンガを頼りに回復魔法を放ち、ラステロくんの傷を癒す。現れた黒竜――ダークエンパイアドラゴンは、ラステロくんのお兄様ごとラステロくんまで喰らおうと口を開いたけれど。間一髪の所で、ラステロくんがお兄様を担ぎ上げ大きく跳躍した。


「ゼリウス、僕を捨ててこのまま突っ込め!」

「おうよ!」

「フィー、援護を!」


 ジェイド様が土魔法で組み上げた足場を蹴って、ゼリウス様はダークエンパイアドラゴンの懐へ飛び込んでいく。途中で投げ捨てられ落下するジェイド様をラステロくんが回収するのと同時に、ゼリウス様は炎の剣でドラゴンの巨体に斬りかかった。

 そこへ殿下の指示を受けたアルフィール様が、氷魔法を連続で叩き込んでいく。ダークエンパイアドラゴンは咆哮を上げて大きく翼を広げたけれど、殿下はそのまま矢継ぎ早に指示を出した。


「シャルラ、浄化魔法を! 私の血を媒介に使え! イールト!」

「はっ!」


 殿下はアルフィール様を片腕に抱えたまま呪文を呟き、血の入った小瓶をダークエンパイアドラゴンに投げつける。イールトさんが放った風魔法で小瓶が割れ、そのまま中身がダークエンパイアドラゴンに降り注いだ。

 王家直系の血を浴びて、今まさに飛び立とうとしていたダークエンパイアドラゴンの動きが止まる。


 どうして血が媒介になるのか分からないけど、何か意味があるんだろう。私はとにかく振り撒かれた殿下の血を起点に、無我夢中で浄化魔法を放った。


(お願い、正気に戻って! 誰も死なせたくないの!)


 私の祈りに呼応するように、殿下の血が七色に光り輝く。上空を覆う黒雲が吹き飛ばされて、太陽の光が降り注いだ。


「グガァァァアア!」


 清らかな光に包まれて、ダークエンパイアドラゴンは苦悶の叫びを上げる。けれどそれはあっという間に消え去って。次の瞬間には黒竜の姿は消え去り、目の前には眩いほどに真っ白なドラゴンが残っていた。


「出来た……」

「うん、成功だ。お疲れ様、シャルちゃん」


 身体中から一気に魔力が引き出されて崩れ落ちそうになった私を、イールトさんがしっかりと抱きしめて支えてくれた。どうにか上手く行った事に安堵すると同時に、私は意識を手放した。

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