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一歩目


「起っきろーー!」


 どんがらがっしゃんがっしゃんがっしゃーーん!


「わああっ?」

 間抜けな声が出てしまった。

 寝ているときにいきなりすぐそばでとんでもない音がしたら、だれだってそんな声を出すしかないでしょう。

 

 目を開けると、どアップになった真ん丸紫の瞳。


「ルリ・・・びっくりしたなあ、もう・・・」

「ごっめーん!きゃはははっ」

「やれやれ・・・」

 身を起こして、わたしはまた度肝を抜かれるはめになった。

「な、なにこれ!」

 なんか、寝台の足元に半分に割られた木切れがいくつもいくつも散らばっている。ってこれ、かまどのそばに積んであった薪?


 ・・・どうやらさっきの音は、ルリがゆかに積み上げた薪の山を一気に倒したせいだったらしいと分かった。


「ルリ・・・これでわたしを起こそうとしたの?」

「うん」

「どうするの、これ・・・片付け直すの、楽じゃないよ・・・」

「あ、そうか・・・」

 小さな角つきの頭が、しゅん、と垂れてしまった。

「ごめんなさい・・・」

「・・・」

 まあ、悪気があったわけじゃないだろうし。

「今、何時?」

「五時半だよ。まだ外は真っ暗!」

「まだ早いじゃない」

「だって、前の仲間の人たちと一緒にいたころは、毎日このくらいに起きて出発だったし。目が覚めちゃうんだよ。これが体内時計ってやつかな?」

「そうか、風の使者の人たちは、あちらこちらを旅して暮らしてるんだものね」


 ともあれ、ここまで盛大に起こされてはもう二度寝するのはきまりが悪い。わたしは寝台からゆかに降りた。

「さて、ルリ。薪を台所に下ろすの、手伝ってもらっていいかな」

「うん。あ、そうだ!薪を一本ずつ階段の手すりに滑らせたら、楽に一階まで下ろせるんじゃない?きゃはははっ」

 ・・・なりゆきで一緒にこの家を使うことになったけれど、この子の面倒みるの、やっぱり大変かもなあ・・・


 

 図書館の二階に設けられた住まいは、それなりに広かった。シノラさんも、すべての部屋を使っていたわけではなかったらしい。手つかずの部屋を二つ選び、わたしたちは自分の部屋として使うことにした。わたしの部屋の向かいがルリの部屋だ。

 シノラさんは自分の持ち物をすべて隅の一部屋に片付けていってくれていた。おかげでわたしたちはこの住まいをかなり自由に使うことができる。物置と化しているに違いないこの部屋と、寝泊まりに使っていたらしいもう一部屋だけは、きっちりと鍵がかかっていた。鍵も持っていったみたいだから、たぶんあまり見られたくないんだろう。この二部屋はそのままにしておこう。

 台所などの水回りは一階の図書館の裏に造られているけれど、それ以外の生活は上の階で事足りる。今のところ特に問題はなさそうだ。


 この日は太陽がだいぶ高くなったころになって、サトさんが訪ねてきた。

「ユリンちゃん、今日は一緒に村長さんのところにご挨拶に行きましょうか。お世話になります、は言っておいたほうがいいと思うわ」

「はい」

 まずは早く、新しい生活に慣れたい。村長さんへの挨拶はその一歩目といったところだろうか。


 

 こうしてその日の午後、わたしはサトさんに連れられて、(どうしてもついてきたいと聞かなかったルリも一緒に)村長さん宅に向かうことになった。

「村長さんは、私の父の弟なのよ。ユリンちゃんと同じ年くらいのお孫さんがいらっしゃるから、仲良くなれるといいのだけれど」

「そうなんですか」

「ええーっ、どうかなあ。あの子、新入りに対して厳しいところがあるからなあ」

 ルリがおどけた様子で言った。

「何しろおじいさんが村長さんで、お父さんが村一番の土地の持ち主だからねえ。敵に回すと厄介だよお。まあ、悪い子じゃないんだけど」

「そういうことはあまり口に出すものじゃありません」

 サトさんが軽くルリをにらむ。

 そうこうしているうちに、わたしたちは村長さんの家の前についていた。


 なるほど。この村はほとんどが農地で占められているけれど、この家の裏手にある畑は他のところよりもだいぶ広い。


「村長さんの娘のだんなさん、さっき話した子のお父さんだけど、その人の農地はもっとすごいよ。この村一番のお金持ちかもね」

 ルリがそう言ったとき、どこからか話し声が聞こえてきた。

「もう疲れたよ、なんでこんなことしなきゃいけないんだろ」

「あら、この程度でなに言ってるのよ。もうすぐ目の前じゃない」


 見ると、こちらに歩いてくるのは、小柄で華奢な男の子と、かごを手にした、とりどりに染めた衣を着た女の子。女の子の方が男の子よりいくらか年上で、わたしと同じくらいに見える。


「レーラちゃん、こんにちは」

 サトさんが女の子に声をかける。

「あら、こんにちは。サトさんに、ルリちゃんと、それから・・・」

 そこまで言って、不意に女の子が眉根を寄せた。

「その子、だれ?」

「新しくこの村の仲間になった子よ。よくしてあげてくれるかしら」

「ふーん」

 金髪を頭の横で結い上げた女の子は、少しつりぎみの目で、じろじろと品定めするようにわたしを見てくる。


「あなた、お名前は?」

「ユリンといいます・・・よろしくお願いします」

「そう、ユリン・・・こけだらけの森に生える、あの細っこーい、小さな花のことね。わたし、あの花好きよ。大人しくて、かわいらしくて」


 にんまりと、女の子の口元に笑みが浮かぶ。わたしはなんと反応していいか分からなくて、「はあ・・・」と間抜けな返事を返してしまった。


「わたしはレーラ。ある国の古い言葉で、『太陽』って意味なんですって。お花に光を当てて、大きく育てる太陽」

 言いながら、女の子は傍らの男の子の背中をたたいた。

「そしてこっちは、弟のロクト。ところであなた、おじい様の家に何をしにいらっしゃったのかしら?」

「村長さまにご挨拶をしようと思って」

「そう。わたしは、お父様のお使いで、おじい様にお届け物をしに来たのよ。うち、農地がとーっても広いでしょ。とれる作物もうちだけじゃ食べきらないから、もう大変」

「はあ・・・」

「それなのにお父様ったら、まだ土地を広げるつもりみたい。いいわね、普通の家の子は。あなたのご両親は、どんな方たちなのかしら?」

「姉さん、そういう言い方、やめたほうがいいかもよ・・・」

 男の子がおずおずと言ったとき、背後から低い声が飛んできた。


「そうだぞ、レーラ。礼儀はきちんとわきまえなさい」

 家の中から、おじいさんが一人出てきた。といっても、いかにもお年寄り、といった感じはあまりなく、銀色の髪も髭もきちっと整えて、威厳のある老紳士といった雰囲気だ。


「あら、おじい様。ごきげんよう。お父様からお届け物を預かってきました」

「そうか、中に入って待っていなさい」

 二人が家の中に入っていくと、レーラさんのおじいさん・・・つまり村長さんは、わたしたちのほうに向き直った。


「おじさん、新しくこの村に入る子を紹介しに来ました」とサトさん。

「ああ、話は聞いているな。名はたしか・・・」

「ユリンです・・・これから、お世話になります」

「そうか。年はいくつかな」

「十二歳です」

「そうか、レーラと同い年か。あれは、なんというか・・・初対面の者と接するのが苦手なところがあってな、許してやってくれ。仲良くしてやってもらえるとありがたい」

「あ、はい」

(あの様子じゃあ、少し時間がかかりそうですけれど・・・)

 心の中でそう言いながら、愛想笑いがもれてしまった。



 

「ねー、レーラちゃんは新入りに対して厳しいって言ったでしょ」

 帰り道、図書館の建つ丘へと歩きながらルリが言った。

「それが過ぎれば、悪い子じゃないんだけどねえ。口下手ってやつなのかなあ」

「ルリ。悪口だと思われても仕方ないわよ。口に気をつけなきゃいけないのは、あなたも一緒でしょ」

 困ったようなサトさんの注意も、ルリは「はーい」と受け流している。


「それに比べれば、シノラちゃんは、誰にでも優しかったなあ。あたしも、この村に来て最初のころは・・・この角のこととか、いろいろ言われるんじゃないかって、怖かったけど。シノラおねえちゃんとは真っ先に楽しく話せたし」

「シノラさんは、どういうわけであの図書館の管理を引き受けていたんですか?」

 わたしは隣を歩くサトさんに尋ねてみた。

「ああ、シノラちゃんね。あの子は、あの子は・・・なんというか、少し不思議なところのある子でしたよ」


 え?


「不思議?どういう風にですか?」

「何年か前に、ふらりとこの村に現れてね。どこからどうして来たのか、あまり話したくないみたいだったし・・・とにかくちょうどその頃は、あの図書館ができることになって、誰に管理をお願いするか話し合ってたときだったから。村においてもらうかわりになにかお手伝いできないでしょうかって、あの子が言って、それでシノラちゃんに頼むことになったのよ」

「・・・そうなんですか」

 

 わたしは、シノラさんと初めて会ったときのことを思い出していた。


 迷子の女の子を送っていった先で、迎えに現れた少女。その髪の見事な白銀と穏やかな雰囲気を見て、どこか不思議なかんじのする子だと、わたしはそう思ったのだった。


「まあとにかく、これでおじさんへの挨拶は済んだわね。困ったことがあったら、どんどん言って。できるだけ力にならせてもらいたいと思ってるわ・・・大変かもしれないけれど、この村の人たちはみんないい人たちなのよ。それじゃあ、またね」

 そう言って、サトさんは帰っていった。



「・・・シノラさんは、どうしてわたしにあの家を任せようと思ったのかな。わたしは・・・子供だし、頼りないし・・・」

 二人で歩きながら、わたしはふと口に出して呟いていた。

 隣で、ルリがうーんと腕を組む。


「シノラおねえちゃん、ユリンおねえちゃんのこと気にしてたみたいだったしなあ・・・」

「え?気にしてた?わたしを?」

「初めて会ったとき、ユリンおねえちゃん、不良みたいなのに絡まれそうになったでしょ。『怪しいやつ』って言われて。あの後夕方にあたしがあの図書館に行ってみたら、シノラちゃん、なんか一人でぶつぶつ呟いててさ」

「なんて?」

「『怪しいやつ?あの子が?怪しいやつですって?』って。あたしがどうしたのって聞いたら、なんかびっくりしたみたいになってたね。で、『昼間会った子のことが気になるだけだよ』って」

「へえ・・・」


 わたしは白い雲のただよう空を見上げた。



 ーーシノラさんは、今、この空の下のどこで、何をしているのだろうか。

  

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