始まり-1
三日たって、母様は帰ってきた。
わたしが台所で夕餉の用意をしている間、母様はわたしの古くなった衣を縫い直してくれている。
今は、話しかけないほうが安全かな・・・母様はなにかやってるときに邪魔されるのが、魔法と同じくらい好きじゃないものね。
鍋の中のスープをおたまですくいあげ、味見してみる。
うん、大丈夫。これなら母様も納得してくれるだろう。
「・・・うでを上げたようね」
机に運ばれてきた料理を見て、母様が無表情のまま、静かな声で言った。
「うん」
えっと、たしか、飲み物用のカップは・・・
食器棚をあさくって、重なった小皿の山に、盛大に手を当ててしまった。
(ああっ)
とっさに落ちていく皿を魔法ですくい上げ、両手におさめた。
後ろで、母様が顔をしかめる気配がする。
「ユリン・・・」
「分かってる・・・どうしてものときだけだよ」
ふうと、ため息の音。
「そう。まあいいわ、飲み物をいれたら、早く座りなさい」
それからしばらくは、カチャカチャとお皿とさじがぶつかり合う音だけが部屋に響いた。
ああ、こうして実際に母様と向き合うと、やっぱり緊張してきた・・・なんかうなじがじくじくする・・・
「ところで、出かける用事のことだけれど」
「あ・・・はい」
顔を上げると、長いまっすぐな黒髪をきちんと整えた母様は、すでにさじを置いてわたしを見ている。
「この家は、二年間の契約で借りたことは話したでしょう」
「たしか、次の人が入る予定があるんだっけ。ひとまずはわたしをここに住まわせて、二年の間に、人の少ない、できるだけ静かでいい所を改めて探すって・・・」
「ちょうどいい所を見つけたから、そこに住む家を探しに行こうと思うわ。あなたの事情を考えるとーーなるべく早いほうがいい」
わたしの事情。胸に細い針が刺さる。
でもたしかに、三日前もあんなことがあったばかりだ。
「どこ?ちょうどいい所って」
「私の故郷の村。昔の友達が、手を貸してくれることになったから」
「いい所かな」
「私はそう思ってる。あの村のこと、私は好きよ・・・でも結局、あなたがどう感じるかしだいでしょう」
ずず・・・と母様はお茶をすする。
黙っているわたしに、まゆひとつ動かさずに言った。
「どこにいても、あなたの力は場合によっては危険なものにもなるってことは、忘れないようにしなさい」
うなずくしかなかった。
「家の中のものは、ひとまずはそのままでもいいわ。一年後に契約が切れるまでは、私が休みのときに使うから。必要なものだけまとめること」
それだけ言うと、母様はさっさと針仕事に戻ってしまう。
そこからは、お互いになにも話しかけない時間が続いた。
窓に歩み寄って空を見上げると、またたく星々の中にこうこうと浮かぶ月。
同じ空と月の下に、わたしがこれから暮らしていく村がある。
母様のふるさとか・・・いったい、どんな人たちがいるどんなところだろう・・・