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予兆

 

 半月ほどたって、また母様から手紙が届いた。


 数日のうちにはそちらに着く予定です。出かける予定があるから、馬車の切符を買っておきなさい。くれぐれも気を付けて

                              母


 出かけるって・・・え、つまり、わたしを連れて?

 いったいなんの用事だろう。もやのような不安が広がる。

 おまけに、馬車の切符は川を渡って街の中心部まで出なければ手に入らない。どうしてものときは行くこともあるけれど、前に行ったのはもうそこそこ前だ。大丈夫だろうか。

 まあ、不安なことはできるだけ早くすませておきたい。その日の午後、わたしはさっそく家を出た。


 街はもうすっかり春だ。でも昨日の雨のおかげで、風はどこかじっとりとしていた。

 広い川にかかった大きな橋まで来ると、人通りはぐっと増える。この橋の向こうが中心部だ。気を引き締めなければ。


橋を渡り終え、あちらへこちらへと人が行き交う大通りを歩く。途中、この前書店のおばさんが話していた大図書館の前も通った。


 一度行けたら、楽しいだろうな・・・でもやっぱり、それはきっと簡単じゃない。


 やがて、どっしりと巨大な石造りの建物の前にたどり着いた。

 建物の前は小奇麗な広場になっている。まるでなだらかな湖を思わせるせほどに広いはずだが、ここにもいくつもの人だかりがあふれ、さらに数え切れないほどの馬車がずらりと並んでいるため端は見えない。それらの馬車には、よく見ると一台一台「どこどこ行き」といった感じの札がついていた。

 この街にお客を送ってきた馬車はいったんこの広場に集まり、ここからまたそれぞれ次の場所へと人を運んでいくのだ。


建物の中は床がぴかぴかにみがかれ、つくりも高級な感じを受ける。

「お願いします」

 受付のおねえさんに金貨をいくらか渡すと、五枚連なった切符を二組、持ってきてくれた。この切符一枚で一人一度、馬車を使うことができる。

「ありがとうございました」

 入口に向かって歩きながら、わたしは手にした切符をじっと見た。

 母様は、これを使ってどこに行くつもりなんだろう。


 その後はまた人々のざわめく大通りをしばらく進んだけれど、やっぱり人混みのそばにはあまり長くはいないほうがいい。わたしは見えてきた角を曲がった。

 ああ、ここは商店街か。さっきより少し細い道の両脇に、さまざまな品物が並んだ市がたって、人々はそれを熱心にのぞきこんでいる。

 あ、少し先の道のわきに、木でできた長椅子がある。ちょうどいい、ちょっと一休みしていこう。


 長椅子に腰を下ろし、わたしは大きく息をついた。

 とりあえず、用事は終わり。全身の緊張が、ほっと解けていく気がした。


 さっきの大通りほどではないけれど、ここもそれなりにたくさんの人たちが行き交っていく。銀色の髪のおばあさん、どうやら仕事の休み時間らしい人、八百屋の野菜を熱心に見比べる女の人。手にした紙をのぞいているおじさんは、地図に描かれた場所を見つけだそうと躍起になっているようだ。

 ふと見ると、色とりどりの衣がならぶ店の前で、わたしと同じくらいの年の女の子たちが何人か集まり、笑い合いながら商品の衣を体にあてたりしていた。そしてその前を、小さな子の手を引いた女の人が、微笑んでその子となにか話しつつ歩いていく。


 ーーもし普通の人間に生まれたていたら、わたしもだれかと一緒に、この街を楽しいと思えたのかな。


 そういえばうんと小さいころは、わたしも母様と出かけたことがあるような気がする。あれはいったい、どれくらい前のことだっただろう。


 空を見ると、いつの間にかどんどろと雲行きがあやしくなってきていた。


おさいふ落っことしたおねえちゃん♪ どろぼーさんにあっても知らないよ♪


「え?」

 横を見ると、外套のフードをかぶった六つか七つくらいの女の子が、すぐそばに立ってこちらを見ている。

 女の子はくすくすっと笑うと、再び節をつけて歌うように言った。

「どろぼーさんにあっても知らないよ♪」

「え?あっ!」

 かばんに入れていたはずの金貨の袋が、いつの間にかわたしの足元に転がっている。長椅子に座るときに、転がり落ちてしまったに違いない。

「ご、ごめん!ありがとう」

 慌てて手をのばし、袋を拾い上げる。

「自分の足元って、本当に見えにくくなることがあるんだねえ」

 フードの下で無邪気に笑い、女の子が言った。くりくりっとした大きな目が、わたしを見ている。


 どことなく、村娘のような素朴なかんじのする子だった。体が小さく、着ている外套も古いうえにぶかぶかで、おそらくあまり豊かな家の子ではないのかもしれない。

 でも桜色のほおが白い肌に生き生きとして、丸い大きな紫の目の輝きはまるで子犬のようだ。フードの下から黒いつややかな髪をのぞかせ、無邪気な笑みを浮かべている。


「でも、ここそれなりに人多いから、こんなとこでどうどうと盗もうとする人はあまりいないかな。って、そんなふうに油断してると危ないんだよ!」

 自分で自分につっこみを入れ、女の子はきゃはははっと笑い声をあげた。

「おねえちゃん、どこから来たの?」

「橋のむこうの住宅街から」

「それじゃあ、このへんのこと詳しい?」

「え?」

 道でも聞きたいのだろうか。ということは・・・

「あなた、一人でこの街に来たの?」

「ううん、村の仲間の人と一緒だよ」

「それじゃあ、その人のほうが詳しいんじゃ・・・」

 すると、不意に女の子のまゆの端がくいっと下がった。

「はぐれちゃった。だからちょっと困ってたの」

「ええ?」

 それは、「ちょっと困ってた」では済まないのではないだろうか。

「こんなところを、小さい子が一人でうろついてると危ないよ?」

「分かってるよ。でも、一人で冒険ができるから、これはこれでスリルいっぱいで楽しいかも!?」

「・・・・」

 またきゃはははっと笑い声をたてる彼女を、わたしは呆れて見ることしかできない。のんきというか、なんというか・・・。

 まあとにかく、このまま放ってはおけないか・・・わたしは長椅子から立ち上がった。

「おいでよ。一緒にその人を探そう」

「いいの!?」

 くりくりっとした、子犬のような目が輝く。

「どんな人?もし迷ったらどこで待っていなさいとか、言われてない?」

「うーんとね、あっ!第三通りの入り口で待ち合わせって言ってた。でも、場所がどこか覚えてないから意味ないよねーー!きゃはははっ」

「・・・・」

 やっぱり、だいぶのんきなところがあるようだ。この子のご両親、大変かもなあ・・・と、一緒に歩きながらそんなことを思った。


 


 第三通りは、そこから少し離れたところにある細めの路地だ。

「どう?見つけられそう?」

人通りはまばらだから、さっきの商店街や大通りよりは探しやすいと思うけれど。

「うーん・・・」

 女の子が腕を組んだとき、わたしたちの後ろから声がかかった。

「ルリ。よかったわ、ちゃんとここまでたどり着けて」

 振り返ると、こちらに歩いて来るのは、わたしよりいくらか年上の若いおねえさん。

「シノラ!」

 嬉しそうな声をあげたかと思うと、女の子はもうその少女に飛びついていた。

(・・・よかった)

 とりあえず安心できた。ふうと、細い息がもれる。

「もう、ちょこまか動き回るから」

「だって、つまんなかったんだもん。大人しくついていくだけなんて」

「あなたが一緒に来たいって言ったのよ」

「そうでした」

 てへっと舌を出す、ルリと呼ばれた女の子。そんな彼女に抱きつかれたまま、少女はふっと微笑んだ。

「まあ、よかったわ。何事もなくて」


 幼い女の子が村娘風なら、こちらはどこか不思議なかんじのする少女だった。年は十六、七くらいに見える。淡いすみれ色の衣をまとい、肌の白さなめらかさは、積もったばかりでまだ踏み荒らされていない新雪のようだ。くっきりとした涼しげな目元と鼻筋の通った顔立ちの、上品な印象の美少女といったところだろうか。

 しかし何よりも目につくのは、頭の後ろで結ったその髪。

 見事なほどの、白銀の色。今は太陽がかげりがちなのに、それでも真珠のような輝きをまばゆいばかりに放っている。

 この少女のどこか不思議なかんじは、おそらくこの髪の色のためだろう。


「ところで、ルリ。ちゃんとお礼は言ったのかしら?」

「そうだった、ありがとうございました」

 ぴょこんと、女の子がわたしに向かって頭を下げる。

「私からもありがとうございます。私はシノラ、こちらはルリ。退屈だから一緒に用事について来たいと言うので、連れて来たのだけれど。お騒がせしてすみません」

「い、いえ、何事もなくて良かったです。えっと、わたしは、ユリンといいます」

そのとき、ゲラゲラという笑い声が後ろから飛んできた。

 見ると、声の主は派手なかっこうの男の子三人。


 体がこわばった。この子たちは、以前あの住宅街で、わたしが風に飛ばされた洗濯物を手を触れずに取り戻すところを見たことがある。


「おーい、そこの銀髪のねーちゃん。その娘とは、あまり関わらないほうがいいかもしれないぜ」

 シノラと名乗った少女の目が、すっと細くなった。

「・・・なぜ」

「なぜって、そりゃあ、そいつが怪しいヤツだからさ」

 まるで全身が石像になったようだった。脚が地面から生えたように動かず、ずかずかと近づいてくるリーダー格らしい少年を、ただ見ることしかできない。それなのに心臓だけは、ばくばくと胸から飛び出そうに暴れている。

 少年の口元がにやりとゆがみ、こぶしが振り上げられる。ひゅっと、胸が締め付けられるような感覚と同時に、まぶたが固く閉まった。


ばちーーーん!!!


「な!?」

 目を開くと、少年は石畳の上にしりもちをついている。

 え、でも、わたしの体、相変わらずぴくりとも動いてない・・・

 慌てて後ろを見ると、驚いたように両目を見開いている、ルリとシノラさんの二人がいた。

 

 ーーーしまった!!


「てめえ!やっぱり何モンだ!?」

 顔をゆがめて、少年が立ち上がる。

「指一本動かさずに人を突き飛ばせるやつが、人間の国にいるか?魔法使いの国でもねえところに!」

 わたしの体は、さっきよりも硬い石になってしまっていた。

 不意に、白い手がわたしの肩に置かれた。シノラさんの声が、耳元で囁く。

「向こうに細い路地があるわ、行きましょう」

 次の瞬間、ぐいと手がひかれる感覚。再び飛びかかろうとする少年の姿が一瞬見えたかと思うと、わたしは、ルリともにシノラさんに手を引かれ細く暗い路地を走っていた。

 体がこわばったようになったまま、半ば引きずられるみたいに。

 --こぶしを振り上げた少年の顔が、頭にこびりついて離れなかった。

 



「あなたは、魔法使いの国から来たの?」

 喫茶店の野外に並んだ席でうつむくわたしに、向かいに座ったシノラさんが声をかけた。

 穏やかな、いたわるような声。わたしは唇をかむ。

「・・・わからないんです。親戚に、魔法使いは一人もいないと聞いています。それなのに、いったいどうして、わたしだけこんな・・・・」

「おねえちゃん、普通じゃないの?あたしとおんなじだねえ」

 にっこり笑顔で言ったかと思うと、シノラさんの隣のルリが、いきなりかぶっていたフードを下ろした。


 驚いた。


 後ろで束ねた、つややかな黒髪。その間、頭の高いところから、小さな三角の角が二本、のぞいている。


「ルリ!」

 シノラさんがすばやくフードを元に戻す。

「この街の人たちはあなたを知らないんだから、気をつけなきゃね」

「ごめんなさーい。あっ!踊り子さんがいる!シノラ、近くで見てきてもいい?」

「はしゃぎすぎないようにね」

 他のお客と一緒に踊り子さんを囲むルリから目を離さないまま、シノラさんは言った。

「あなたは、風の使者って、知ってる?」

「たしか、あちこちを旅して暮らしてる、魔人というか、妖精というか・・・そういうかんじの種族の人たちですよね。普段の人の姿のほかに、それぞれもう一つ獣や妖精の姿を持っていて、ふたつの姿を自由に使い分けられるって・・・」

「あの子の親は、風の使者だったらしいの。あの子は人と風の使者の間の子。あの角はその名残ね」

「ええ?でも、風の使者の人たちは、自分たちの決まりごとを大事にして、人間とも魔法使いともあまり関わらないんじゃ・・・」

「そうらしいですね。あの子は仲間の人たちからあまりよく思われてなかったみたいだもの。・・・風の使者の人たちが近くを通りかかって少しして、あの子が私たちの村に迷いこんできてね、どうやら仲間とはぐれたらしいわ。それ以来、村の者たちで交代で面倒をみているけれど。たぶんわざとおいていかれたんだと思うって、あの子自分で言ってたわ」

「そうなんですか・・・」

きれいな衣装の踊り子さんに夢中になっている、幼い女の子の後ろ姿をじっと見る。


 ーーそういえば、わたしの魔力がはっきりし始めて、母様のわたしへの接しかたが変わったのも、あのくらいの年のころだった。


「ユリンさんでしたっけ?あの子のこと、自分に似てるって、思いますか?」

 シノラさんの青い瞳が、わたしを静かに見ている。空というよりは海のような、深い青だった。

「・・・どうでしょう。わたしは・・・あの子みたいに明るくないかも」

 むしろいつもおどおどして、頼りなく見えてるんだろうな・・・自分に自信がないって、きっと周りの人への印象は良くないだろう。

「ダメ人間かもしれませんね、わたし・・・」

 だからきっと、母様も・・・


 シノラさんはしばらくわたしをじっと見て、それからふっと穏やかに笑った。

「これだけたくさんの人がいれば、世のなかにはいろんな人がいる。それが当たり前でしょう。あなたのことをどう見るかも、きっと人それぞれ」

「そうかもしれませんけれど・・・」

「・・・あなたは、孤独だと感じますか?」

 どうかな・・・そうかもしれない。けれど、考えれば考えるほど、なんだかもやもやとよく分からなくなる。


「あなたが魔力を持った理由分からないけれど、あなた一人の力だけでも、周りの人の力だけでもどうにもならないと思いますよ。あなたに大切なことを学ばせてくれるような人に、出会えるといいね。そういう人たちは、きっとあなたから大切なことを学ぶこともある」


 そうかな・・・・


 考えるわたしを、シノラさんは穏やかな目で見ていた。

 

 

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