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幼馴染、泣きじゃくる

  ★


 かつて――これほど涙を流したことがあるだろうか。


「えっく……えっく……」


 アリサ・ユーファスは泣いていた。机に突っ伏し、感情のままにむせび泣く。


 止まらない。

 いくら涙を流しても、この空虚な悲しみが癒えることはない。


「…………えっく」


 アリサは自分自身を、精神的に強い人間だと思っていた。

 小さなことでクヨクヨ悩んでいる人が理解できなかったし、恋愛くらいで動揺している男女もよくわからなかった。


 ――そんなことで悩んでなんとする。恋愛より虫取りのほうがよほど有意義じゃないか――


 本気でそう思っていた。

 レシュアに別れを告げられるまでは。


「うぅ……」


 自分でもよくわからない。


 胸に燃えさかる、この想いはなんなのだろう。

 どうして、彼にまた会いたいと思ってしまうのだろう。

 いままで散々遊んだのに。これ以上会ったって、なにか得られるわけでもないのに。


「わかんない。わかんないよ……」


 そのときだった。


「こらアリサ! ご飯の時間だってのにいつまでも――」


 そう言いながら扉を開けてきたのは、リア――先輩冒険者にして、アリサの姉にあたる人物だ。


 リアは大きく目を見開くと、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「どうしたのアリサ! あなたが泣くなんて珍し……」


 そこまで言いかけたところで、姉はすべてを悟ったのだろう。妙にしゅんとした顔つきで呟く。


「そっか……初恋だったもんね……」


「お、お姉ちゃん……」


「大丈夫よアリサ。私が話を聞いてあげる。存分に発散しなさいな」


「う、うああああああああっ!」


 感情の糸が切れた。

 アリサは姉の胸で思いっきり泣いた。





「……ふう」


 いったいどれほど泣いただろう。

 アリサの心は完全に落ち着いた。


 知らなかった。人の温もりが、こんなにも美しいとは。


「あはは……。ごめんねお姉ちゃん……迷惑かけちゃって」


 頬を掻きながら言うアリサ。

 その背中を、リアはぽんぽん叩く。


「いまさらなに言ってんのよ。そんなこと気にする子じゃなかったでしょ」

 そして優しげな笑みを浮かべながら続けた。

「でも……そっか。恋は人を成長させる。きっと、あんたは良い恋をしてるのよ」


「こ、恋……」


 その言葉に、アリサは改めて顔が赤くなってしまう。

 この私が、誰かを好きになるなんて。いままでは他人の色恋沙汰をニヤニヤ笑いながら見ている立場だったのに。


「う、ううううー……」


 そうしてため息をつくアリサに、リアは

「あはは、なんてウブな反応♡」

 と笑ってくる。


「馬鹿にしてるでしょ……お姉ちゃん」


「あらあら。そんなことないわよ♪」


「本当でしょうね……」


 思いっきり姉を睨みつけるアリサだった。


  ★


「…………」


 誰もいない夜道を、僕は静かに進んでいた。


 いや。

 正確には、人気ひとけのない夜道だ。


 ここ近辺には、人にあらず者――魔族が多く潜んでいる。なにが目的かはわかりかねるが、この場所を拠点としているのだろう。


 ――これなら問題ない。


 僕の案内役・・・は、きちんと命令をまっとうしてくれたようだ。


「……な、なあ。もういいだろ?」

 僕に剣の切っ先を向けられた影が、びくびくしながら問いかけてくる。

「お、俺はちゃんと案内した。命令通りに動いた。だから助け――」


「ご苦労だったね。……じゃ、もう用済みだ」


「え……。くはっ……!」


 僕は容赦なく影を切り刻むと、剣を腰の鞘に収める。

 ここまで冷酷になれるのは、僕が狂っているからか、もしくは魔の血が流れているからか……


 まあ、どっちでもいい。

 僕はもう捨てたんだ。人間であることを。


「…………」


 さっと木陰に隠れ、拠点の外観を見渡す。


 割と大きな館だ。全体を紫色のオーラがまとっており、建物自体がなんだか揺らいでいるように見える。一言で表すなら、幻想的、とでも言うべきか。


 あの内部に、きっと魔王直属の幹部がいる。


 そいつなら現在の・・・魔王城の居場所を知っているはずだ。僕がいたころの住所には、もう魔王城はなくなっている。


「さて……行くか」


 僕は気を引き締め、ひとり、拠点へと向かうのだった。



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