暴力を振るわれ続けた僕は、別れを告げる決心をする。
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「ていやぁぁぁぁぁあっ!」
「いたっ!」
背中に大きな衝撃を感じ、僕は思わず悲鳴をあげる。
あまりに無遠慮な跳び蹴り。
こんなことをする奴はひとりしか思い当たらない。
「アリサ……また君は……」
「先手必勝ォ!」
僕の発言をものともせず、アリサ・ユーファスは拳を突き出してくる。僕はそれを難なく避けるが、なにしろ彼女は遠慮がない。次々放たれる拳に、さすがに嫌気が差してきた。
と。
「うおりゃああああああ!」
どこから出してきたのか、アリサは木の棒を力いっぱい振り回してきた。仰天した僕は、さすがに受け止めることもできず、もろに直撃してしまう。
「っつ……!」
痛みが走り、僕は顔をしかめる。
しょせんは人間の小娘の攻撃。
さしたる脅威ではないが、痛いものは痛い。
「へっへーん! 私の勝ち!」
謎のVサインをするアリサ。
――これが18歳のすることかよ。
「まったくレシュアは弱いわねぇ。これで何百回負けてるの?」
「……どんな結末だろうと自分の勝ちにするもんな、おまえは」
「うるさいっ!」
「いてっ!」
「そういうわけで♪ 今度はレシュアが鬼ね!」
太陽さながらの笑みを浮かべながら、猛烈なダッシュで去っていくアリサ。
後には僕――レシュア・グルホートだけが残った。
「いや……いったいなんの遊びだよ……」
もちろん彼女を追いかけることはせず、僕はひとり、ため息をつくのだった。
★
アリサとは幼なじみだった。
同じ《学び屋》に通ってて、席が隣になったのが仲良くなったきっかけで。
孤独を好む僕に対して、彼女の性格は正反対。
誰とでもすぐに打ち解ける彼女は、僕に対しても急速に距離を詰めてきた。
「ねえねえ、聞いて! 今日は近所のガキ大将を潰してきたよ!」
「今日はクマを追い返してきたよ!」
という、とうてい女の子とは思えない会話で。そんな馬鹿馬鹿しい話を、僕は適当に聞き流していた。
まったくもってくだらない。
そしてだからこそ、長く僕とやっていけているのかもしれなかった。
――血塗られた力を受け継ぎし者……魔王の息子たる僕なんかと。
そう。
僕は人間じゃない。
人の姿に化け、魔族の世界から逃げてきた忌むべき存在。
むろん彼女は知っている。というか無理やり問いつめてきた。
それでも……アリサは気にしないと言う。
「レシュアが何者だろうと関係ない!」
だそうだ。
そして魔王の息子に動じることもなく、毎日のように暴力を振るってくる。
……まったくたいした女である。
アリサには感謝している。彼女がいるからこそ、僕は人間社会でもそれなりにうまくやってきている。
まあ、最近はやたら暴力が増えてきたから、その好意も冷めつつあるけどね。彼女の友人いわく《好意の裏返し》とかなんとか言ってるが、そんなもの僕にはよくわからない。
「……そろそろ、かな」
ひとり、僕はそう呟くのだった。
★
アルトレア森林。
職場から自宅までを繋ぐ、比較的安全な森だ。子どもの頃なら回り道を推奨されるが、つい先日、僕もアリサも晴れて冒険者になることができた。
まだ最低のEランクだが、このへんの魔物はどうってことない。僕の場合はまあ、《本気》を出せば昔からどうってことなかったけど。
「どーしてー!」
前を走るアリサが、頬を膨らましながら叫ぶ。
「レシュアが鬼って言ったじゃん! なんで追いかけてきてくれないの!」
「……そんな意味不明な遊びに参加したつもりはない」
「あー! また馬鹿にしたわね!」
「心配するな。いつも馬鹿にしてるから」
「ってい!」
今度は木剣を突き刺してくる。
僕はそれを軽々避けた。
……本当に昔から変わらないな、こいつは。
見た目だけで言えばかなり女性っぽいし、健康的に育ちすぎたせいか、かなり男性の欲を駆り立てる外見をしている。出ているところは出ているしな。
……けど、このぶっ飛んだ性格がすべてを台無しにしている。
「レシュアの馬鹿っ! あたしがいないとなにもできないくせにっ!」
そう言いながらなおも突き技を放ってくるアリサ。
「……ふ。なにもできない、か」
それは事実だった。
僕は生きる意味を持たない。
魔王の息子として生まれ、死にたくとも死ねない運命を背負っている。だから学び屋を卒業したとき、職業を問われ、答えに窮してしまった。
冒険者になったのも、アリサに無理やり誘われたため。それ以上の動機はない。
ちなみに周囲には僕たちをカップルと見なす者もいるが、実際のところそんな関係ではない。
ただ、幼なじみだから。
ただ、他の人より親しみやすいだけだから。
それだけだ。
いつも一緒にいるが、恋人なんて滅相もない。僕には彼女に恋心なんてないし、アリサなんて恋のこの字も知らなそうじゃないか。いつも虫を捕まえては喜んでいるし。
しかしながら、彼女の友達はそれを否定する。レシュアくんはなにも気づいてないだけ……だそうだが、そんなもんは嘘に決まっている。
夕暮れ。
木漏れ日が僕たちをオレンジ色に染め上げる。
遠くで鳥が鳴いている。
――不穏な気配を察したのはそのときだった。
「……やっぱり来たか」
僕の発した声に、尾行者はびくっと立ち止まる。
「ほほう。我々の元を離れたとはいえ、さすがは魔王様のご子息。気づかれましたか」
「ああ……気づいてるさ」
僕はかっと目を見開き、前方に容赦なく剣を突き刺す。
「後ろの気配はダミー。こっちが本物だってこともね」
「かはっ……!」
瞬間、突如として《影》が僕の目前に現れた。そいつは僕の剣に突き刺され、無惨にジタバタ動いている。
「……目障りだな。とっとと死ね」
僕は剣を振り払い、影を振り落とす。それだけで奴は地面に激突し、帰らぬ者となった。
「おやおや。完全に気配を消しているつもりでしたが……気づかれていましたか」
「…………」
怪しげな声とともに現れるは、百体もの影。
魔王の手の者――魔族だ。
その戦闘力、知略は、普通の魔物とは一線を画する。
影たちは僕とアリサの間に立ちふさがっていた。
「ふんふんふーん♪」
だからアリサは魔族の姿に気づいていない。呑気に歩き続けるのみだ。
僕はアリサに聞き取れぬよう、なるだけ小さな声で言った。
「……なんの用だ。僕を連れ戻しにきたか」
「さよう。邪魔者は排除せよとの命も賜っている」
「そうか」
とうとう気づかれたか。
「……僕を捕らえてなんとする」
「さあ。そこまでは私どもも把握しておりません」
「なるほどな。なにも知らない下っ端か」
なら生かしておく価値はない。
僕はもう一方の剣を背中から抜き取ると、影たちを睨みつけた。
「なら目障りだな。とっとと死ね」
虚の型――絶牙。
瞬間。
あれほど夥しかった影どもは、一瞬にして絶命していった。僕の繰り出す神速の剣技が、瞬く間に影を葬っていったからだ。
「ヌ、ヌオオオッ……!」
そして最後の影を斬ったとき、奴は苦しそうながらも笑っていた。
「す……素晴らしい。これが魔王様のお力……。きっといつか、仲間たちが取り込んでくれると信じているぞ……!」
「…………」
仲間。
やはりそうか。
ここ数日に感じていた邪悪な気配。それはやはり魔族の仕業だったようだ。
魔族。
奴らは強い。
人間界ではベテランとされているAランク冒険者でさえ、ひとりでは苦戦してしまうほど。
……このまま僕が人間界で過ごしてしまえば、周囲の人を巻き込みかねない。
「レシュアー? どうしたのー?」
振り返ったアリサが、いまさら声を投げかけてきた。
――そろそろ、か……
その夕日に照らされた純朴な笑顔を見て、僕はまた決意を新たにするのだった。




