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こわい夢を見ました。

まわれ観覧車

 

 つまんない町。


 ーーーー


 いい加減データの保存はデジタルに移行すべきですって、こちとらまともにオーブンもつかえないっての。

 目盛りがついてるだけでもうだめなんだよね。あれって不親切だと思わない? 漫画に出てくる悪の組織がつかってるコンピュータみたい。

 それに火で調理したほうがおいしいもん。ガスって最高。


 爆笑! 今ママにきいたらうちのオーブンはガス式だって! わたしってなんてまぬけなんだろう


 ーーーー


 もうそろそろ夏休みだし、どっか行こうって話。またその話ね。こんなつまらない田舎町にでかける場所がある? 移動遊園地は来るらしいけれど、子どもじゃあるまいし。

 近所の喫茶店は年中休業してるし(ママの説だと、わたしが見てない時に開いてるんだって)、プールは遠いし(うちにあるプールは絶対いや!!!!!)、去年の事件のせいでベーカリーは閉じちゃったしね。

 可哀相な女弁護士さん。憧れてたのにな。郡一の弁護士とまで言われたのに、あんなことになるなんて、人生って解らない。わたしも男には気を付けよう(って言ったらあの憎たらしいG・Oのやつは、あんたが心配する必要ある? って言うのよ絶対)。


 とにかく折り返し電話しなきゃ。M・Fがやりたいのは、結局ちょっと遠出して、カッコイイ男の子見付けようよってこと(だと思う)。ひとりでできないからわたしを誘ってるのよね。て、いうか、女の子との遠出ならパパも許してくれるかもって魂胆?

 わあ、魂胆だって。つづり、間違ってないよね? わたしが死んでからこれを誰かに読まれたら、魂胆も書けないばかな女だって笑われるのかも。ああ、心配しすぎてるかな。わたしが死ぬまで日記帳を後生大事にとっておくとは限らないし、誰も興味ないだろうしね。


 ーーーー


 お向かいの奥さんが車にはねられた。見ちゃった。人間てあんなに飛ぶんだ。

 救急車は出払ってるらしくてママが車に乗せてお医者さまのところへ連れて行った。旦那さんも吐いてたし、大丈夫かしら?


 ーーーー


 G・Oのやつ! ほんとにいやな子、どうしてあんなこと言えるんだろう?

 可哀想なM・Fは泣いちゃった。最低!


 でもわたしも最低よね。助けてあげられなかった。


 例の(我が町シルバーバレー唯一の!)高層ビルにまたお店がはいったんだけど、G・Oのパパのお店なの。M・Fはそこで水着を買った。どういう水着でサイズは幾らか、つつぬけだった訳。

 あのビルにかかわりがあるってだけで増長してる。ほんとに気分が悪い。


 ーーーー


 去年の事件の時って、あんなにひとが居たのにね。日記を読み返したら鮮明に思い出した。わたしも(全然関係ないのに)記者に取り囲まれたりして。高校はひとつしかないから、必然的に女弁護士さんの後輩だものね。わたしたち。


 ーーーー


 Jから電話がない。メッセージへの返信もなし。無視されてる。

 最悪。大文字の最悪だわ。


 ーーーー


 お向かいのウェルソンさんがいらしてて、わたしのつくったレモネードがおいしいって誉めてくれた。あの日以来奥さんは左足がまともに動かないんですって。車ってなにを見て走ってるのかしら。

 ママは同情して、お買いものとか不便があったらなんでも言ってくださいねって。夏休みはWさん達のおつかいに明け暮れそう。ふられちゃったみたいだし、それもいいか。


 ーーーー


 最悪どころかだった。彼女をきどってるだって。付き合ってたんじゃなったの? デートもしたし、好きだって何回もメッセージを送って来たくせに。

 あいつはきかれてるのに気付いてなかったみたい。二度と顔も見たくない。無視してやろう。わたしが無視されてるんだっけ? ハ、ハ、ハ。


 ーーーー


 もう少しで退院らしいけれど、今までのお仕事はまだできないんですって。旦那さんが働いてるから、お金は心配いらない。けど、雇い主に申し訳ない……って。

 それで、わたしがスカウトされた。ママなら色々資格を持ってるんだけど、かなり長時間拘束されるらしいの。業務内容は、10歳の女の子に宿題をさせたり、おやつを食べさせたり、要するにシッター。ただ、その辺のお店で売ってるようなものは食べさせちゃいけないんだって。アレルギーがあるらしい(この点かなり心配! もし事故が起こったら責任取れないもん)。

 夏休みの間だけで、毎日朝の9時から夕方の5時まで。それ以外の時間は、専属の看護師を雇ってるらしい。勉強を教えること、用意された食材で指示通りにご飯をつくること、は面倒だけど、時給はなんと16ドル! 高すぎない? 一日で100ドル以上稼げるんだもん。凄くわがままで手のかかる子なのかしら。


 ーーーー


 なんのことはなかった。あの高層ビルに住んでる一家なの。

 下のほうの階は、いろんなお店がはいってるんだけど(三店舗増えてたわ!)、上のほうはひとが住んでるのよね。超・超・超・お金持ちばっかり! 噂だと、所得が多くないと入居できないんだって。

 こんなド田舎に、どうして? と思うけど、アウトドアには最適な環境だし(町の中心からでも車を飛ばせばすぐに荒野がひろがってるもんね! 反対側には山や森もあるし)、セカンドハウスっていうのかな? 要するに別荘としてつかってるひとがほとんど。コテージを買っちゃうと、管理が面倒だし、セキュリティの問題もあるからね。

 とりあえず、シッターをするかどうかは別として、一回お邪魔してみたいので、面接はうけるわ。


 ーーーー


 もう最っ高! 信じられない。

 旦那さんはハンサムで(若くはないけど)、奥さんはわたしと同じくらいに見えた。それで、娘。わたしがお世話をすることになる、マーガレット。すっごく可愛いの! まるでお人形さん。こういう妹だったら喧嘩にならないのになあって思っちゃった(ごめんねR)。

 マーガレットは大人しくて、はにかみ屋さんだった。わがままな子じゃないし、わたしが話しかけるとはずかしそうにお母さんの後ろに隠れてたわ。

 挨拶と、wさんがわたしの紹介をして(品行方正で、成績優秀なお嬢さん。お母さまは看護師の資格を持っていらっしゃる……だったかな。照れちゃうね。ママのことはわたしには関係ないんだけど、アレルギーへの対応方法はきちんときいてきたから、役立てる筈)、ふかふかのソファに座って軽くお話をした。

 拘束時間が長いことについて不満はないか、とか(「ある訳ないです」)。

 食べものを持ち込んだり勝手なものを娘に食べさせられたら困る、とか(「万全とは言えませんが、少なくとも指示されたもの以外を与えはしません」)。

 あと、入っちゃいけない部屋があったり(当り前よ! あんな所に住めるんだから、機密情報も腐るほどあるんだわ)、奥さんが調子いい時はお料理をしないでほしいとか、細かい注意事項があった。でも、感じのいい家族だし、なによりマーガレットが凄く可愛くって、わたしはすっかりやる気。で、時給18ドルで雇ってもらえることになった(成績表を持っていったの。こんなに優秀なひとなら時給をあげようって!)


 そうだ、朗報。アレルギーのことはやっぱり心配だったんだけど、奥さんが体が弱い上に妊娠しているらしくて、看護師さんは昼間も居るの。大体、夜の為に仮眠をとってるらしいけれど。その看護師さんは、なにかあったら対処してくれるから、もし事故があったとしてもあわてないでいいよって。


 ーーーー


 いい気分だわ。シッターをやらなきゃいけないから、折角だけど別の子を誘って、って言った時のあいつの顔! 写真を撮っておくんだった。最高に笑えた。

 Mとはアドレスを交換したから、いつから来るの? ってメッセージがはいってたわ。最後には×が沢山。可愛い子! つづり間違いは後でちゃんと教えてあげよう。


 ーーーー


 M・Fは立ち直ったみたい。痩せるコツってある? って。よく寝ることと運動、あとお肉! って返してから、あの子がなんかのお肉にアレルギーがあるって思い出した。わたしってばか。

 電話で謝っといたから大丈夫かな。アレルギーは豚と鶏にだって。羊肉は痩せるよって教えてあげた。

 一日くらい休みをもらって、一緒に海水浴行こうかな。わたしも新しい水着買おう。


 ーーーー


 まず、リビング。ひろーい。応接セットがあって、マーガレットのための机とデスクトップ。キッチンはカウンタの向こうで、広い。高級なお酒や聴いたこともない調味料でぎっしりの棚に、新鮮な食材の詰まった冷蔵庫。お金持ちよね。やっぱり。

 奥の廊下には寝室が幾つか。そっちと別の廊下に出ると、お手洗い、お風呂場につながってる。面接のときにざっとまわったけど、今日からは寝室のある廊下にははいっちゃだめ。奥さんが安静にして寝ている時があるからですって。

 最初、ちょっと不気味な感じのひとだなって思ったけど、全然だった。話したらいいひと。はにかみ屋さんみたいで、目は合わなかったけど。

 案内を終えたミズ・Kは、鍵をくれて、寝室へひっこんだ。マーガレットと取り残されたわたしは、早速メッセージのつづり間違いを指摘して、正しいつづりを教えてあげた。Mは素直で、ひねたところがない。可愛いわ。


 ひとつだけ気になったのは、電話が置いてないところ。あと、ケータイは置いてくるようにって指示もあったの。デスクトップもネットにつながっていないし。マーガレットのメッセージは、誰かが別の場所から送ったものみたいね。旦那さまかしら?

 やっぱりお家に大切な書類を置いていたりするのかなあ? 変なところに触らないようにしなきゃ。


 ーーーー


 お散歩から帰って来た時、G・Oとエントランスですれ違った。取り巻きを引き連れて、やな感じ。

 わたしを見てにやにやしてたけど、Mの手をひいたわたしが居住者用リフトに乗ったら目を丸くしてた。訳が解んないって顔。あれって鍵がないと使えないの。いい気味。あの子はパパのお店に行ってるだけで、わたしはあのビルで働いてる。わたしのほうが凄いでしょ?

 ああ、誰にきいてるのかな。もう寝るわ、おやすみ誰かさん。


 ーーーー


 夢みたい。マーガレットの服を買いに、マーガレット、奥さま、ミズ・Kとおでかけ。そうしたら、わたしの分まで買ってもらっちゃった! この一家では普通のことなんだって。ミズ・Kも買ってもらってたわ。

 使用人を大切にするってのが家訓なんだって。確かにこんなに優しい雇い主になら、絶対悪く思われたくない。一生懸命働くわ。


 値札を見て叫びそうだった。200ドルもするワンピースなんて着たことないわ!


 ーーーー


 だからスプリンクラーってものが設置されてるのよって括った。マーガレットは女の子だけど、機械とかそういうゴチャゴチャしたものが好きみたいで、スプリンクラーの仕組みをくわしくききたがったわ。天井を指差して、うちにもあるねってはしゃいでた。


 マーガレット用の食べものは、オーガニックばっかり。お菓子は何種類かあるけれど、なるたけ手作りを食べさせてって。Mがどうしても食べたがった時にだけ、袋詰めのお菓子を与えていいの。

 でも、彼女は大人しくて素直。わたしの焼いたパンケーキはおいしいって。小麦粉をつかえないから、とうもろこし粉と米粉に、ライスミルクでつくるんだけどね。

 マーガレットは空想のお友達の話をするのが好きみたい。ダリアっていって、彼女の双子の姉妹。見た目はそっくりで、夜になるとお喋りをする。

 イマジナリーフレンドってやつ。わたしも、小さい頃は恐竜を連れて歩いてたわ。マーガレット程リアリティのある想像じゃないけど。彼女、文章を書くべきだと思う。ほんとのことみたいにリアルなの。


 ーーーー


 マーガレットは今日もDのことをお喋り。奥さんがめずらしく起きてきて、お昼をつくったんだけど、マーガレットはしきりとDのことを訴えてた。ダリアにも新しい服を買って、とか、もっと沢山食べさせてあげないと死んじゃう、とか。凄く想像力豊かな子でしょ?

 奥さんは困った顔で、パパに相談してみるって。マーガレットは、もしかしたら、もう一着ワンピースが欲しいだけなのかもしれない。


 ーーーー


 ねえ、高校三年の夏休みに、わたしシッターやってるのよ?

 終わってる


 ーーーー


 ミズ・Kに叱られた。わたしが教えたことが不適切だったんだって。どこが不適切なんだろう?


 そう、多分、宗教的なことね。お喋りしていて、世界各地の宗教のことを少しだけ話したの。それが駄目だったみたい。多分だけれど、あの一家は熱心なクリスチャンなんだと思う。ミズ・Kは、首に十字架をぶら下げてるし。


 ーーーー


 地雷さえ踏まなければとてもいい職場だわ。ミズ・Kの機嫌も持ちなおしてた。あのひとは、奥さんの専属看護師というより、執事って感じね。

 それにしてもマーガレットは物覚えがいい。わたしが知らないことでもどんどん質問してくるの。ケータイがないと不便だわ。それは明日ねって逃げて、夜のうちに調べをつけないといけないの


 ーーーー


 マーガレットは、学校に通っていない。通信制の学校に登録して、そこの宿題を黙々とこなしてる。あと、旦那さまから出される問題集も。お金持ちだし、いい教育をうけさせて、将来は事業を継がせるつもりなのじゃないかしら。


 マーガレットが不安そう。

 誰かが死んだ日が近いんだって。彼女がまだよちよち歩きだった頃に、家族が事故で亡くなっているみたい。


 ーーーー


 わたしのレモネードは相当おいしいみたいね! 奥さまに誉めてもらった。

 そこで、話の流れでマーガレットが不安がってることを伝えた。ご家族の命日が近いんでしょう? って。

 奥さまは泣きそうになって、実は……って、マーガレットのお兄さんが亡くなってることを教えてくれた。マーガレットみたいにアレルギーが酷くて、発作が起こって、どうしようもなかったんですって。

 だから、マーガレットは安全なお家にいる。学校はどこにアレルギーの原因があるか解らないものね。そういう事情だったの。


 ーーーー


 マーガレットは少しだけ元気を取り戻した。泊まっていってくれない? って可愛らしく頼まれたけれどだめよ。誤解を防ぐために、旦那さまが居る夜間は帰らなきゃなの。資産家にスキャンダルなんて、このせまい街がまた記者であふれることになっちゃう。

 そんなことを説明した。マーガレットに、誤解って? ってきかれたら厄介だったけど、彼女は納得して頷いてくれた。

 でも、旦那さまは夜も出かけていることが多いみたい。Dを連れて行ってるんだって。

 夜、こわいことがあったら、来てくれる? ともきかれたわ。呼んでくれたら来るけれど、電話がないからどうしようもないわねって、ふがいない答え。


 ーーーー


 お散歩のとき、マーガレットが観覧車を指差して、パパとダリアはあれに乗ってるって。

 移動遊園地のね。行きたいのかなあ。

 今日のマーガレットの話は要領を得なかった。あちらもわたしが理解していないのを解ったみたいで、哀しそうだった。

 確か、移動遊園地があるのって、公園の跡地よね。ビルからさほど離れていないし、マーガレットを連れて遊びに行けないか、きいてみようかな。


 ーーーー


 わたしって性格悪いのかな?

 Jへのあてつけもある気がする。この仕事をしてるのって。M・Fは、それくらいしても当然だってかばってくれたたけど。


 電話のことでママに叱られた。長すぎるって。Rだって同じくらいつかってるわよ。むしゃくしゃする。


 ーーーー


 人混みは危険だし、屋台で売ってるものを欲しがったらまずいって。奥さまが目を吊り上げて反対。

 でも、旦那さまは、一度くらい連れて行ってやろう、と言っていた。ミズ・Kは終始無言。

 マーガレットはあまり喜ばなかった。行きたいわけじゃなかったの? それとも、行けると解ったら不安になってきたのかしら。そういうことってない? 楽しいことでも、不安な時


 ーーーー


 Jだった! 最悪って思う? 全然。

 だって、わたし、いかにも上流階級って感じの家族と一緒だし、ご褒美のワンピースも着てたもの。ついでに今までの給料で、奥さまおすすめの靴も買ってたし。今朝届いたの! タイミング最高。

 お化粧はママに手伝ってもらって、自分で云うのもなんだけどかなり可愛くなってたと思う。Jは、隣のクラスのアマンダ・グレイを連れてた。(G・Oの取り巻きのひとりよ!)

 JもA・Gも、まぬけ面さらしてたわ。いい気味。わたしはマーガレットと観覧車に乗った。ビルを指差して、あれがお家よって言ったら、知ってるって。どのくらい上がったら見えて、そこから何分で見えなくなるか、何分で一周するか、知ってるんだって。ダリアにきいたって言ってたけれど、そんな訳ないし、ビルの窓から時間をはかってたのかしら?


 ーーーー


 ダリアは元気がない、ダリアは泣いてる、ダリアは怯えてる。

 マーガレットは今日一日中その話。宿題はまったく進まなかったし、あの子ご飯も残した。

 アレルギー発作の危険があるのは解るけれど、お散歩以外は外に出られないって、精神的によくないわよね。ミズ・Kに相談しても、ご両親のご意向がありますし、って言われちゃうし。旦那さまと奥さまは、亡くなった息子さんのことを考えると、マーガレットを外に出したくないだろうなあ。

 カウンセリングはどうだろう。小児心理学の先生、ママの勤めてた病院に居たわよね?


 ーーーー


 イマジナリーフレンド自体は悪いことではないんですって。でも、それが怯えているとか、泣いてるっていうのは、つまり当人がそういう状態……ってことみたい。

 電話を切ってから、Wさんのところへ行った。奥さんは(知らなかったけど)シッター歴が長いんですって。こういう場合の対処法を知ってるかも、って思ったんだけど、そうでもなかった。雇われてる以上は勝手な行動は慎むようにって、釘を刺されちゃったわ。


 ーーーー


 やっぱりおかしい。

 奥の部屋にはいってみようか?


 ーーーー


 マーガレットの話には信憑性がある。ありすぎると思うの。

 子どもの空想にしては、しっかりしてる。観覧車の時間のこともそう。


 それだけじゃないのよね。

 マーガレットの精神が不安定なんじゃないかって、P先生のことをすすめたら、奥さまに怒鳴りつけられたの。余計なことはしないでって。でも、げんにMは様子が変なのよ? 一度調べるくらいは、普通の親ならするでしょう。


 ーーーー


 いよいよおかしいわ。マーガレットが奥の部屋にパンケーキを持っていった。それも、沢山焼いてって言われてわたしが焼いた10枚全部。

 で、十分くらいで戻ってきたの。パンケーキはなくなってたわ。

 マーガレットはお昼をきちんと食べてるし、あの量はとてもじゃないけれど食べられない。でも奥さまとミズ・Kはお出掛け中。じゃあ、捨てた? そんなことをする子じゃないわ。もし捨てたんなら、相当参ってるってことよ。


 ーーーー


 プレゼント作戦ってところ?

 でも、綺麗だからもらっちゃった。サンゴのイヤリング。銀の台座に真っ赤なサンゴがはまってて、揺れるの。

 マーガレットは大丈夫なのかなあ? あともうそろそろでダリアは死んじゃうんだって今日言ってた。


 ーーーー


 マーガレットはわたしに失望したみたい。わたしも手は尽くしたのよ。

 わたしのほうが参っちゃう。まだ夏休みは終わらないけれど、辞めちゃおうか。遊園地も、予定を切り上げて、来週には移動していっちゃうんだって。あーあ、世のなかやっぱり全部いいことってないのね。

 我が親愛なるマリア・フリージア・ズーカーマンは、3kg落とせたって大喜びで電話をかけてきたわ。水着もいい感じだって。今度泳ぎに行こうよって言っておいた。ああ、憂鬱だわ。なんて言って辞めよう


 ーーーー


 明日、ダリアは死ぬ。

 マーガレットの奇妙な予言。


 スプリンクラーのことをきかれたわ。日記を読み返したら、わたし、一度説明してたわね。どれくらいの火で作動するのかとか、そういうことをきかれた。


 ーーーー


 ああ。ねえ。もう。わたしは生きてる。よかった。


 順を追って書かなくちゃ。この日記は死ぬまで捨てない。絶対。


 朝いつもみたいにあのビルへ行った。ジョージア・オブライアンとまた会ったわ。あの子は髪の先までやなやつなんだって誤解してた。その時も皮肉を言われたけれど、後で助けてくれたの。ごめんって謝らなきゃ。

 前後しちゃったわ。とにかくG・Oはわたしになにかいやなことを言って(彼女の名誉のために詳しくは書かないわ)、わたしはリフトへ飛び乗った。いとまごいをするつもりでね。少なくとも、夜旦那さまが戻ってくるまで居させてもらって、そこで話をしようと思ってた。

 その後は普通だったわ。マーガレットはいつも以上にいい子だった。計画を実行するためにでしょうね。


 夕方になって、旦那さまはなかなか戻らず、わたしは踏ん切りがつかないでいて、結局帰ったの。でも、8時くらいかな。TV番組を見てたら虚しくなってきちゃって、パーキン先生に電話したの。先生はまだ病院に居て、わたしが以前話したマーガレットのことを覚えていたわ。先生も心配してた。それで、つい言ったの。今から一緒に行ってもらえませんかって。


 パーキン先生はすぐに車をまわしてくれた。ママは何事なの? って感じだったけど、マーガレットが心配なんだって話をしたら外出を許してくれた。

 パーキン先生はすぐに来て、わたしは先生の車に乗ったわ。移動遊園地が最後の日で、渋滞にはまったけれど、なんとかなった。

 ビルにはいったら、ジョージアがまた居たの。お店の手伝いをしてるみたいだった。意外と真面目なのよ。成績も悪くないし。

 わたしがパーキン先生を連れてたから、ジョージアはくってかかってきたわ。シッターが雇い主の留守中に、よからぬことにベッドをつかうって、ない話じゃないでしょ? それを疑われたの。パーキン先生は若いからね。相手にしているひまはないから急いでリフトに乗ったんだけど、ジョージアまでついてきたわ。

 マーガレットって女の子がおかしいんだって話をわたしがして、パーキン先生は虐待の疑いもあるって説明してくれた。ジョージアは疑ってたけど、虐待かもしれないんなら親が攻撃してくるかもしれないし、格闘技やってるから加勢してあげるよって。その時は迷惑だと思ったの。穏便に済ませたかったから。でも、今になってみると、本当にありがたい。


 鍵は持ってるから大丈夫だって思ったの。でもそんなことなかった。リフトの扉が開いた瞬間、火災報知器がもの凄い音をたててて、わたし達はあわてたわ。煙は一家の部屋から出てた。

 鍵ははまったし、まわせたの。でもドアノブが熱くてつかめたものじゃなかった。ジョージアは思い切りがよくて、まごつくわたしたちを尻目に靴をぬいで、それを被せてドアノブをひねったわ。ジョージアが居なかったらマーガレットは焼け死んでた。

 パーキン先生が、消火器を見付けて、それを持って出入り口辺りを消火したわ。でも焼け石に水。無駄だった。火の勢いは増すばかり。スプリンクラーは動かなかったの。あとできいたけれど、夫婦のどちらかが電源を切ってたんですって。管理会社も黙認してたみたいだから、相当な騒ぎになるでしょう。


 手が震えてる。


 今書いておかないと忘れちゃう。それにこれは記録をとっておくべきことだと思うの。二度とあんなことが起こらないように。


 ジョージアが廊下中を走りまわって、よそのお宅にも行って、あるだけの消火器をかき集めてくれたわ。わたしは焦ってた。マーガレットが死ぬかもしれないのよ? ううん、死んでるかもしれないって思った。わたしが原因かもって。スプリンクラーの話をしたから。

 書いたかな? 廊下に、お花が飾ってあるの。本物が。わたし、花びんのなかにハンカチをつっこんで、水で濡らして、それで口を押さえて部屋へ入っていったわ。パーキン先生がなにか言ってたけど覚えてない。

 もの凄い火だった。熱いってことしか考えられないくらい。わたしは体を低くして、リビングへ走りこんだわ。そこにはミズ・コストローマが倒れてた。息はあるみたいだったから、テーブルの上にあったペットボトルの水を頭にかけて、意識を取り戻させた。濡らしたハンカチで口許を覆って、外まで這いずっていきなさいって。

 返事はなかったと思うわ。覚えてないの。ソファのかげに奥さまが倒れてた。そっちにも水をかけて、ミズ・コストローマに任せたわ。マーガレットが大切だもの! 当然でしょ?

 寝室へつながる廊下へ入ると、急に温度が下がったわ。それでも熱かったけど、リビングよりずっとまし。だから彼女はそっちに逃げたのじゃないかしら? 火元はリビングだって話だから。

 マーガレットは、火はないけれど煙だらけの部屋にうずくまってた。わたしは夢中で彼女の手をとって、逃げるのよって言った(と思う。よく覚えてない)。

 ダリアを助けて! 彼女を助けて! ってマーガレットは咳込みながら必死で訴えたわ。とにかく外に出さなきゃいけないと思って、マーガレットの口をハンカチで押さえて抱えて行った。あんな力出たことないわ。

 リビングは少しだけ火がおさまってた。ジョージアが店舗フロアに残ってたひと達を呼んできて、各階から持ち寄った消火器が大活躍したって訳。ほんとに彼女は命の恩人。

 弱くなった火の脇をすり抜けて外の廊下へ出ると、パーキン先生にマーガレットを任せたわ。先生はてばやく診察して、煙を吸い込んだみたいだけれどそう酷い症状はないって。凄くほっとして、途端に体中痛くなった。色んな所に火傷ができてたの。痕になるかもって。人の命には代えられないわ。

 奥さまは気を失ってて、救急車はもう呼んだって。ミズ・コストローマは茫然。マーガレットは、誰かが持ってきた水で顔を洗われて、震える声で叫んだ。ダリアを助けてあげて! って。まだ誰か取り残されてるのかって緊張が走ったけれど、パーキン先生が諭すみたいに言ったわ。ダリアは君と一緒に居るんじゃないのかな? って。

 なんて言ったかな。わたしその後、また無茶をしたから、あやふやなの。

 ダリアはパパと居る、だったかしら。それでわたしピンと来たの。ダリアは本当に居るんだって。実在するんだって。

 あとは、色んなことがバーッと頭のなかを駈け廻って、すべてがあるところへはまったの。そうしたら走り出してたわ。わたしってなんてばかなんだろう。

 パーキン先生が追ってきた。P先生は、結構スポーツマンみたいね。階段で下まで降りる間に、すっごく解りにくい説明をしたわ。半分パニックだったの。息はあがるし、火傷も痛いし。

 パーキン先生は車に乗せてくれて、わたし達は移動遊園地へ向かった。

 観覧車はまわってたわ。なにごともないみたいに。観覧車があんなに不気味に見えたことはないわ! あんなもの二度とのらない。

 入場料なんて払ってるひまはないから無視して、警備員に追いかけられながら観覧車へ走った。パーキン先生が眼鏡を落としてたのを覚えてる。どうでもいいことを覚えてるものよね。

 観覧車には、何人か並んでたわ。そのなかに居たの。旦那さまとマーガレットが。

 ううん。ダリアね。そっくりすぎて解らなかった。眼鏡を拾って追ってきたパーキン先生が、あっ、て叫んだくらいそっくり。わたしも叫びそうだった。

 マーガレットに似てるの。似てるけれど、あきらかにマーガレットより痩せてた。腕なんて折れそうで。


 旦那さま

 これはもうやめよう。ブルーベル・コート、彼はダリアを抱えて観覧車に乗ろうとした。わたしが追ってきた理由が解ったんでしょう。わたしは狂人みたいに叫んで、お客さんたちをなぎ倒してあいつにぶつかったわ。

 か弱い女でも、全力を出せばなんとかなるのよ。コートは倒れて、ダリアが宙を舞って、パーキン先生が彼女をキャッチした。わたしは泣き喚きながらあの異常者をひっかいて、殴って、鼻を折ってやった。それくらいのことをされてもしょうがないのじゃないかしら。わたしも計画に加担させられてたのよ。ちいさな女の子を殺す計画。


 よく解らないの。その後、誰かが通報して、わたし達はまとめて警察のお世話になったわ。コートが冷静だったら、わたしとパーキン先生だけが捕まってたでしょうね。でも、あいつは計画を邪魔されて、パニックになってたわ。今夜中に娘を観覧車にのせなきゃならないんだって。そうしなきゃ、大変なことになる? とかなんとか。

 警察署で、ママの少し上くらいの歳に見える女性警官に事情聴取された。優しくて丁寧だったわ。田舎の優しいおばちゃんって感じ。わたしは泣き喚いてた。正直解りにくい説明だったと思う。また会えるなら謝らなきゃ。

 しばらくして、ママとパーキン先生が来た。パーキン先生が全部説明してくれたの。わたしはママにしがみついて泣いたわ。その後、パーキン先生の車でうちへ帰った。帰ってすぐ、ママはココアをいれてくれて、わたしもパーキン先生も二杯飲んだ。

 それから、パーキン先生がダリアとマーガレットを診察して、警察と色々話して、大変だったってきいた。


 パーキン先生の話してくれたこと。

 ダリアはあの部屋の寝室に閉じ込められてた。夜以外ね。夜は観覧車に乗りに行く。それは決定事項。夜、あの父親と観覧車に乗るのは。

 マーガレットは、ダリアとの接触は制限されてた。観覧車から帰ってくる深夜に機会はあるけれど、ミズ・コストローマが見張ってるからたまにしか喋れない。マーガレットは寝たふりをして待ってても、喋ると引き離される。

 母親は、病弱で療養してるのでも、妊娠中で安静にしてるのでもなく、ダリアを見張るために奥の部屋から出てこなかったみたい。それはパーキン先生の推測。でもダリアは、ママとずっと一緒に居たって言ってる。

 一家の目的は? ってきいてみた。パーキン先生は頭を振って、父親は悪魔崇拝者だって。悪魔崇拝? いつの時代の話よって思っちゃったけど、居るらしい。

 それで、なんの話をしたっけ。

 そうね。移動遊園地。あれに合わせて国中を引っ越してたんだって。マーガレットの証言。おそろしいわ。そこまでさせるなにかがあったってことだもの。

 火事はやっぱりマーガレットが起こしたものみたい。ダリアが、死ぬかもしれないってずっと怯えてて、なんとかしたかったの。それに、以前お兄さんが死んだのも、別の場所での移動遊園地の最終日だった。


 もう寝なさいって。わたし、子どもみたいにママにキスをねだった。ローズは優しくて、わたしが起きておいてあげるよって。だから心配しないでって。子どもが心配しないの。


 ーーーー


 解ったこと。P先生と、刑事さんが教えてくれたこと。


 悪魔崇拝というより、なにかもっと原始的な信仰? というか、呪術みたい。よく解らないんだけど。

 観覧車に毎晩子どもを乗せることが、お祈りみたいなものだったのかしら。ダリアが痩せてて、食事が少なかった(三日に一回だったんですって。酷すぎる)のは、そういう子じゃないといけないから。

 反対に、マーガレットがああまで過保護に大切にされてたのも、なにか呪術的な意味があるそう。両親とも要領を得ないことしか言わないから、解らないみたい。

 ミズ・コストローマと、ルシア・ウェルソンは、代々あの一族につかえてたみたいね。ずっと子どもが殺されるのを手伝ってた。それはなにかの儀式で、それをやらないと死ぬと思ってたらしい。

 でもそんなことないわ。マーガレットもダリアも生きてるし、その両親も、ミズ・KもL・Wもぴんぴんしてる。あれだけの火事だったのに、おなかの子どももなんともなかったのよ。

 誰が始めたか解らないばかみたいなしきたりをずっとまもってたの。やらないと自分が死ぬと思って。


 マーガレットはわたしに会いたがってるって。ダリアは塞ぎ込んでて、なんにも喋らないそう。


 ーーーー


 ずっと考えてたの。わたしは来年の今頃には大学の寮だし、部屋は空くわ。

 Rも、同年代の同居人を嫌がらなかった。ママは、任せなさいって。

 だから、あの子達は退院したら、うちに来る。P先生も、週に一度は見に来てくれるって。安心ね。と言っても、まだまだ退院は出来そうにないらしいんだけど(それは凄く心配)。


 事件からもう一週間も経つのね。悪党どもはまだぴんぴんしてるわ。フクシア・コートのおなかの子も、元気に大きくなってるそうよ。今頃彼らはなにを考えてるのかしら? 自分たちが信じてやってきたことが全部無駄だったって知って、どんな気持ちだろう。


 つまんない町でいいわ。10歳の女の子が殺されそうになるなんてまっぴらごめん。マーガレットとダリアをしあわせにしてあげなくちゃね。


 パーキン先生が、腕のいい医者を知ってるから、火傷のことを相談しに隣の群まで行こうって。

 それから、楽しく映画を見たり、買いものもしようって。顔の火傷だから気を遣ってくれてるみたい。先生は悪くないのにね。

 パーキン先生のおごりだって。甘えちゃおっか。それくらいいいよね。デートってことですかってきいたら先生真っ赤になってた。それでいいならですって。

 そうね。指輪でも買ってもらっちゃおうか? 安くても、彼に買ってもらったら特別だもん。

 なんてね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 日記の形式で綴られる「わたし」の日常と一つの家庭を巡る事件のあらましに想像が掻き立てられる面白い作品でした。 舞台がアメリカなのが「わたし」の言動のニュアンスであったり、人間関係のエピソー…
[良い点] 日記形式で想像するのが楽しかったです。 終盤まで家族のやばさになかなか気づけませんでした。お金持ちでいっしょにいるのが自慢みたいな感じでしたし。最後まで読むと序盤から不気味に思えてきます。…
[一言] 隕石阻止企画から参りました、アカシック・テンプレートです! 本作は序盤の辺りから、「この物語は、どこに向かっているんだろう……?」と疑問に思いつつも、区切りごとに実は別の人物が交互に書いて…
感想一覧
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