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6 終わりの始まり 王宮の夜会

 それは、アメリアが古代魔法と邂逅したあの日から、十日近くが経過したある日の事。今宵、エルクート王国の王宮では夜会が開かれる事になっていた。

 だが、今日の主役である王太子ヴァイスは、控室で苛立ちを隠せない様子で爪を噛み続けている。その理由はただ一つ、ヴァイスの元婚約者であるアメリア、逃亡した彼女が一向に見つからないからだった。


「くそっ、まだ連絡は無いのか!?」

「も、申し訳ありません。ですが……」

「ですがもクソもあるか!! 何時になったらあの女、アメリアを俺の元に連れてくるのだ!!」


 側近のその言葉で彼の苛立ちは更に増す。ヴァイスは苛立ちと不安を紛らわせる為、側近に当たり散らしていた。

 少し前に、アメリアへの追手として放った部下達から「突如起きた地震で出来た穴にアメリアが落ちた為、捕獲できなくなった、もしかしたら死んでいるかもしれない」とそんな、彼にしてみればふざけるな、と言いたくなるような様な連絡があったからだ。

 連絡を受けたヴァイスは、死体も確認せずに諦めるとは何事か、生死を確認して死んでいるならせめて死体だけでも持ってこい、と強く命令した。しかしその後、部下達からの定時連絡は、ある時を境に一切なくなったのだ。


「ヴァイス様……」


 彼に寄りかかり、そう語りかけるのはヴァイスの最愛の人、アンナ・フローリア男爵令嬢だ。


「あ、ああ、アンナ。すまないな」

「いえ……」

「大丈夫だ。必ずあの女をアンナの前に連れて来る」


 ヴァイスの中では、アメリアはもはやアンナに捧げる供物の様な扱いになっていた。アメリアに謝罪させた後に、彼女を『魔女』として処刑する。そんなプランを頭の中で立てていた。

 しかし、自分の思い通りになっていないこの現状、それがヴァイスを苛立たせていた。そこには、自分がそう決めたのだからそうなるのが当たり前だという、甘やかされて育った者特有の傲慢ささえ見え隠れしていた。


「ヴァイス様、私は……」

「ああ、大丈夫だ。アンナの事は俺が守る」


 だがやはり、アメリアが今も生きているとなるとアンナは不安なのだろう。アンナの様子をそう解釈したヴァイスは、側近に対して再び当たり散らし始めた。


「くそっ、せめてアンナに謝罪させる。或いは死体を持ってくるまでは……」


 何時、ヴァイスの怒りが爆発するかもわからない。ヴァイスの怒りが爆発すれば今より更に酷くなるのは確実だ。彼のそんな様子に側近達は戦々恐々としていた。そんな時、控室の扉がノックされ、扉の向こう側から声が聞こえてきた。


「殿下、そろそろお時間です」

「あ、ああ、もうそんな時間か。アンナ、行こうか」

「はい、分かりました」


 一先ず、ヴァイスはアンナを伴って夜会の会場まで向かう。おかげで、その怒りの矛先が自分達に向かってこなくなった事に、側近たちは胸を撫で下ろすのだった。




 そして、夜会の会場まで到着した二人は、次々と押し寄せる貴族達への挨拶を済ませる。だが、二人が共にいられる時間は途中で終わってしまった。

 ヴァイスは何やら用があったようで、「アンナ、俺は少し用があるから」と言うと、アンナから離れて会場内の別の場所まで向かって行ったのだ。


 そして、ヴァイスがアンナの元を去った後、まるで見計らった様に彼女の元までやってきたのは、貴族らしい気品溢れる美しい顔立ちをした一人の令嬢とその取り巻き達だった。


「あら、そこにいるのは男爵家のアンナさんではありませんか」

「マーシア様……」


 アンナの元にやってきた令嬢、それはアメリアのいじめの証言をした令嬢の一人、マーシア・ファーンス公爵令嬢、そして彼女の取り巻き達だった。


「それにしても貴女、あの女をうまく排除して、その後釜に座ったようですわね」

「……何が言いたいのですか?」

「王太子の婚約者、それは言い換えれば未来の王妃の座ですわ。当然、王太子の婚約者という座を狙っている令嬢が多い事はご存知でしょう。そんな未来の王妃の座に、貴女の様な男爵家の令嬢が相応しいなどと思い上がってはいませんわよね?」

「……つまり、わたしはヴァイス様の婚約者に相応しくないと?」

「いえ、そんな事は一言も。ですが……」


 マーシアはそう言葉を濁して扇で口元を隠すが、要は言外に言っているのだ。

 公爵家の力があれば、男爵令嬢一人を排除する事など簡単だと。排除、つまりは暗殺や毒殺等だ。そうやって無残に死にたくなければ、今の内に婚約者の座を自分から降りるのが一番であると。そうでなければ、どうなっても知らないぞ、と。そう言っているのだ。

 だが、アンナも負けじと反論をしようとする。


「私、知っているんですよ。嫌がらせが本当は貴方の仕業だと」

「……へぇ、知っていたんですの? わたくしはうまく利用されたということですのね」

「それはお互い様なのでは?」


 そう、アンナは最初から全て知っていた。嫌がらせがアメリアの仕業ではない事を。それを知っていながらアンナはアメリアを婚約者の座から排除する為に、全ての罪をアメリアに被せたのだ。

 そして、それにうまく乗ったのがマーシアだ。彼女も元々アメリアの事が気に入らなかった。自分達より爵位の低い侯爵家の令嬢でありながら、王太子の婚約者の座に居座っており、しかも将来的には自分より身分が高くなるなど、マーシアにとっては到底我慢できなかった。

 しかし、下級貴族ならまだしも、相手は侯爵令嬢だ。そう簡単に排除できる相手ではない。だからこそ、アンナの計画に上手く乗り、気に入らないアメリアを王太子の婚約者から引きずり降ろしたのだ。


「兎に角、私はヴァイス様の婚約者の座から降りる気は一切ありませんから」

「……ちょっと、殿下からの寵愛があるからといって、調子に乗りすぎではありませんか? 貴方なんてすぐに殿下に飽きられて、捨てられるに決まっていますわよ」

「それはどうでしょうか」


 アンナはそう言い返すと不敵な笑みを浮かべ、その笑みは更にマーシアを苛立たせた。マーシアは苛立ちを抑える為に、扇をギシギシと音が出るぐらい強く握りしめる。

 そして、マーシアとアンナは互いに睨み合い、その視線で火花を散らすが、その途中で彼女達に介入したのは、用事を終えたヴァイスだった。


「マーシア嬢、久しぶりだな。会うのはあの夜会以来か?」

「ええ。殿下、お久しぶりですわね」


 マーシアはヴァイスに対して淑女の礼、カーテシーをする。


「ところでマーシア嬢、俺の愛しいアンナに何か用か?」

「い、いえ。特に用はありませんわ」


 マーシアは一度アンナの方を見て、チッ、と舌打ちをした後、肩をいからせて彼等の元から立ち去る。いくら公爵令嬢であっても、王族には安易に口出しは出来ないのだ。

マーシアが去った後、ヴァイスはアンナを気づかった。


「大丈夫だったか、アンナ」

「は、はい、大丈夫です」

「では、行こうか。準備は全て整えた、ここで俺達の婚約を発表するんだ」

「……はい!!」


 そして、ヴァイスはアンナの手を取り歩み出した。そして、二人は会場を見渡せる場所まで向かうと、会場全体の注目を集める様に手を叩いた。

 そして、会場内の視線は一気にヴァイスの元へと集中する。その様子に満足した彼は笑みを浮かべながら口を開いた。


「この場にいる皆の前で宣言しよう。俺、王太子ヴァイス・エルクートはアンナ・フローリア男爵令嬢を新たな婚約者とする!!」


 アンナを隣に引き寄せたヴァイスは会場全体に響き渡る様な大声で高らかにそう宣言する。そして次の瞬間、この会場全体から盛大な拍手が彼等に向けて送られていた。


 アンナは男爵令嬢だ。王太子の婚約者、そして王太子妃になるなど普通では考えられない。だが、ヴァイスはこの日の為にアンナと自分の婚約を認める様に国の貴族達に根回しをしていた。彼も(一応は)王族である。そういった根回しも慣れている。おかげでその貴族たちに多大な借りを作る事になったのだが、ヴァイスにしてみればアンナと婚約できるのなら安い物だと考えていた。

 一方、婚約を認めた貴族達は別の事を考えていた。二人はあくまで婚約だ、結婚ではない。侯爵家の令嬢であったアメリアならまだしも、男爵家の令嬢程度なら物理的でもそれ以外でも排除する方法はいくらでもある。そして排除した後、後釜に自分の娘を据えてもいい。

 婚約を認める程度で王太子に貸しを作れるものなら安い物だ。それに恋は一時の感情だ、男爵令嬢如きすぐに飽きて捨てるだろう、そういう風に考えていた。そんな思惑にすら気が付かない程、ヴァイスはアンナに盲目になりすぎていた。


 そして、盛大な拍手の中、自分達の婚約はこの会場にいる者達に認められ、祝福される、……筈だった。


 だが、それに異を唱えると言わんばかりに人混みの中から一人の令嬢が挙手をする。


「その婚約、少しお待ちください」


 その令嬢はまるで仮面舞踏会に付けていく様な仮面を被っており、喪服の様な黒いドレスを着ていた。そして、その令嬢の言葉で会場内は今迄の拍手が嘘の様に静まり返っている。だが、その言葉に一番困惑しているのは、先程高らかに婚約宣言をしていたヴァイスだった。

 彼は、根回しはしっかりとしていた筈だった。少なくともこの会場内では異論を唱える人間は現れない様にしていた筈だった。それにあんな令嬢、見覚えが無いし招待した覚えも彼には無かった。


「お前、何者だ……?」


 彼等の婚約発表を邪魔したその令嬢にヴァイスはそう問いかけるが、その令嬢はヴァイスの問いかけを無視し、ゆっくりとした足取りで彼の元へと向かっていく。


「お前は何者だと聞いているのだ!?」


 そもそも、ここは仮面舞踏会の会場ではないのだ。だというのに、この場に似つかわしくない派手な仮面を被っている。それが、明らかに異彩を放っていた。

 そして、仮面の令嬢はヴァイスの前まで到着すると口を開いた。


「婚約、ですか。そんなもの出来る筈がないでしょう?」

「何度も言わせるな!! お前は一体何者だと聞いて……、……いやっ、この声、お前はまさか……」


 その直後、その女は仮面の奥で口元を歪めると、その仮面を一気に取り外し、床へと放り投げた。そして、素顔が露わになった彼女は見る者全てを魅了するかのような魅力的な笑顔をヴァイスへと向ける。

 だが、その女の素顔を見たヴァイスは驚愕を隠すことが出来なかった。何故なら、その女は本来この場に居る筈のない人間だったからだ。


「殿下、お久しぶりですね。さぁ、ここから全てを始めましょう」

「お、お前、生きていたのか!? いや、一体どうやってここに来る事が出来た!? 答えろ、アメリア!!」


 ヴァイスとアンナの前に現れたのは、彼にしてみれば死んだはずの人間、自分の元婚約者であったアメリア・ユーティスその人であった。










 当時、世界最大の国であったエルクート王国が突如として滅亡した原因は今でも有名であり、数多の歴史書にもその出来事に関する記載が数多く残されている。歴史を少しでも勉強しているなら、『復讐の女神』アメリア・ユーティスの名を知らない者はいないだろう。

 だが、エルクート王国の滅亡、それが始まったのは一体どこなのか。そう聞かれれば、後の歴史学者達の多くがこう答えている。


 ――――エルクート王国第一王子ヴァイス・エルクート王太子とアンナ・フローリア男爵令嬢の婚約発表が宣言された夜会こそが全ての始まりである、と。

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キャプテン・アメリア・ユーティス
[一言] 「マーシアは一度アンナの方を見て、チッ、と舌打ちをした後、肩をいからせて彼等の元から立ち去る」 舌打ちしたら、周りにその音が聞こえるでしょう。しかも、そんな下品な行為を自然とできる所が、凄…
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