20 最後のゲーム
「あ、ああ……」
ゲームが始まって数時間、アメリアが設定した刻限の時が遂に訪れた。だが、ガストン達は正気を失い瞳からは光が消えていた。
そう、ガストン達は結局、霊魂から逃げきる事は出来なかったのだ。それどころか、開始早々に霊魂に触れてしまい、刻限まで霊魂の憎しみを浴び続ける事になってしまった。
そして、自分に怨嗟を向けながら死んでいった者達の追体験、憎しみという憎しみを煮詰めて純化したようなあの怨嗟、それらを一身に受け続けた彼等は呆然自失状態へと陥っていたのだ。
現実の時間で言えばたった数時間の体験だというのに、彼等の体感時間で言えばそれこそ人生数回分に匹敵する程に長い時間だっただろう。それ程までに、彼等が体験した怨嗟は強烈なものだった。
「おめでとうございます。刻限ですので、これにて今回のゲームは終了とします」
「やっと、終わったのか……?」
「ええ、無事耐えきったようですね。流石、というべきでしょうか。普通の人間なら発狂、或いは狂死していてもおかしくは無いのですが」
だが、アメリアの刻限を知らせる声を聞いたガストン達は少しずつではあるが正気を取り戻していく。
しかし、アメリアがこの程度で終わらせるわけがない。そう、これはまだ始まりでしかないのだ。アメリアは正気を取り戻していく彼等を横目に歪な笑みを浮かべるのだった。
ガストン達が正気を取り戻す為の時間を空けた後、アメリアは彼等に下す最後の罰の準備を始める事にした。
「さて、貴方達には今しがたあの霊魂達が抱く怨念の恐ろしさを味わってもらいました。ですが、本番はここからなのです」
「本番、だと……?」
「ええ、その為に必要な最後の演者を呼びましょう」
アメリアが指を鳴らすと、魔法陣が現れる。そこから姿を現したのは彼等の娘であるマーシア、エルザ、マーシャの三人だった。
「「「お父様!!」」」
彼女達は、自分の父親の姿を見かけるや否や彼等の元に慌てて駆け寄っていった。
「「「おお、無事だったのか!!」」」
父親達も自分達の元に駆け寄ってくる娘の姿を見ると各々が心配そうに声を掛けた。見たところ外傷の様なものは無い。彼女達はアメリアそこまで酷い扱いを受けていないのだと思った父親達は少し安堵した。娘達がアメリアに異常に脅えている点だけは気になったが、今はそんな事を気にしている余裕は無かった。
何故なら、全ての元凶たるアメリアは未だ目の前にいるのだから。
「これで全ての演者が揃いましたね」
だが、全ての元凶たる当のアメリアは彼ら六人の姿を一瞥すると、酷く歪んだ笑みを浮かべる。
彼女がただ再会をさせる為だけにこの様な事をするはずがない。間違いなく何かの思惑がある筈だ。アメリアの酷く歪んだ笑みを見た六人は直感的にそんな事を思ってしまった。
そして、その直後、それが正解だったのだと嫌でも理解させられる事になった。
「ふふふっ、さて、父娘六人が揃ったのでここからは最後のゲームを始めましょうか」
「最後の、ゲーム、だと……!?」
ゲームと聞いて明らかに全員が警戒の表情を表に出していた。
それは、先程予想した通り、アメリアがこれで終わらせるわけがないと思った事が正解だと嫌でも理解する事になったからだ。
「そう警戒しないでください。上手くいけば最大でも三人は無事に助かるのですから」
そして、アメリアは指をパチンッと鳴らす。すると、彼ら六人を覆う様に大きな結界が張られた。
「さて、ルール説明と行きましょうか。ルールは簡単です。私は今から十まで数えます。それまでに、その結界から脱出する事が出来れば、その人は無事に生き延びることが出来ます。私もその人には危害を一切加えないと約束しましょう。
そして、その結界から脱出する為の条件はただ一つ。父と娘の意思の統一だけなのです」
「意思の統一……?」
「ええ、その結界は脱出する側と犠牲になる側の意思が統一されて初めて脱出することが出来るのです。脱出する側をA、犠牲になる側をBとしましょう。
Aが脱出する為には、AはBを犠牲にして脱出する、BはAの為に自分が犠牲となる、双方がそう強く思う事が必要なのです。そうする事で初めてAはその結界から脱出することが出来る様になります。逆に、その意思の統一が出来なければその結界からは絶対に脱出できない様になっているのです。
また、AとBは父と娘の関係でなければなりません。それ以外では成立しない様になっています。
後、当たり前の話ですがAが出るとBは絶対に脱出が出来なくなるので注意してくださいね」
要は、このゲームは自分を犠牲にして肉親を助ける事が出来るかというゲームなのだ。しかも、今回もアメリアは罰ゲームを用意している。
「そして、十を数え終えたと同時にその結界に仕掛けられた転移魔術が発動する様になっています。その間に脱出しないと強制的にとある場所に転移させられる事になります。それが今回の罰ゲームですね。転移先はこの場所になっています」
アメリアはそう言った後、幻覚の魔術を応用する事で転移先の光景を彼等に見せつけた。
「なっ、なんだあの池は!?」
「ひっ!! きっ、気持ち悪い!!」
アメリアに見せられた転移先の光景、そこはまるで血の池地獄と表現してもいい程に真っ赤に染まった液体で溢れかえる池の様な場所だったのだ。彼等はその池を見た瞬間、それに対して本能的な恐怖を抱いた。
特にガストン達三人は池を見た瞬間から体の震えが止まらなくなっていた。
「ふふふっ、あの池は貴方達に恨みを抱いている霊魂の溜まり場です。……そうですね、煉獄池とでもしておきましょうか。あの池には特殊な仕掛けがしてあって一度落ちれば最後、死んだ後に魂となってもあの池に捕えられ続ける事になっています。霊魂達の持つ怨念は先程味わったと思います。つまりは、もしあの池に一度落ちればあの霊魂が持つ憎しみを永遠に味わっていただく事になるのです」
犠牲になる側は死後も永遠にあの池に囚われ続ける事になる。相手を助けたい場合、それを受け入れて犠牲となる事を選択しなければならないのだ。
「勿論、誰も脱出できなかった場合、全員にあの池に行ってもらいますよ。さて、誰が肉親を犠牲にして脱出できるか、私は楽しみに待ちましょう。さぁ、始めますよ」
そして、アメリアはカウントを始めた。
――――いーち
「「「ひっ、お父様、お願い助けて!!」」」
カウントが開始されると同時に三人の令嬢達は自分達の父親に助けを懇願する。それは言い換えれば父親に対して自分の為に犠牲になってほしいと言っているのと同義だった。
――――にー
「む、無理だ……」
「いやだっ」
「あんなものを死後も永遠になどっ……」
だが、あの霊魂達が持つ怨念の恐ろしさを先程、思う存分味わったガストン達は娘たちの犠牲になる事などできなかった。あんな怨念を抱く霊魂が渦巻く場所に死後、魂となっても永遠に閉じ込められるなど、溺愛している娘の為であっても到底耐えられないのだ。
――――さーん
「お父様、お願いよ!! もうあんな罰ゲームは嫌なの!!」
しかし、マーシア達も必死に助けを懇願し続けている。マーシア達はアメリアの罰ゲームがどれ程恐ろしいかを身を持って何度も体験している。あんなものはもう二度と体験したくなかったのだ。
――――よーん
「無理だ……、いくらおまえの頼みでもそれは無理なのだ!!」
娘の必死の懇願にも、父親達は心を動かす事は無かった。あの怨念を永遠に受け続けるなど、どうしても耐えられなかったのだ。
――――ごー
「どうして!? いつもならわたくしのお願いなら聞いてくれるのにどうして!?」
マーシア達は親に溺愛されて育てられてきた。どんな我が儘も父親である彼等が叶えてきたのだろう。だが、今回だけはその我儘を彼等が聞き入れることは無い。
それどころか、カウントが進むにつ、ガストン達は娘の懇願に苛立ちを隠せなくなっていた。
――――ろーく
「くそっ、何のためにお前を養っていたのだと思っている!! こんな時ぐらい私達の役に立て!!」
父親達は娘の願いを聞き入れるどころか、自分が助かる為に娘に犠牲を強要していた。
――――なーな
「そんな言い方は酷すぎますわ!!」
「お前達貴族令嬢は家の道具だ、それぐらいは知っているだろう!! 今迄どれだけお前に金を掛けたと思っているのだ!! 今こそ私の役に立つ時だ!!」
「なっ!?」
彼等は各々が醜い言い争いを続けるばかりで、意思の統一どころではない。この状態ではとてもではないが誰も結界から脱出する事は不可能だろう。
――――はーち
「もう時間がありませんが、誰が脱出するか決めた方がよろしいのでは?」
アメリアの言葉で、やっと自分達がどれ程の瀬戸際にいるか気が付いたのだろう。今更意思を統一しようとしても圧倒的に時間が足りなさすぎる。
「アメリア、いいえアメリア様、お願い!! お父様はどうなってもいいからわたくしだけでも助けてくださいませ!! もう罰ゲームは嫌なの!!」
「なっ!? 何を言っているのだ!!」
挙句の果てに、娘たちは自分の父親がどうなってもいいから自分達だけでも助けてほしいと言い出していた。
――――きゅう
「いやっ、お願い、ここから出して、ここから出してよ!!!!」
「頼む、あんなものを永遠に味わい続けるなど無理だ!! ここから出してくれ!!!!」
最終的には六人揃って結界を叩き始め、助けてくれと懇願する始末だった。
――――じゅう
「やめろおおおおおおおおおおお、やめてくれええええええええええええ!!!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
十のカウントをアメリアが告げた直後、彼等の叫び声と共に仕掛けられていた転移魔術が発動し、彼等の姿はこの場から消え去った。
彼等は間違いなく煉獄池に落ちた。死後も永遠にあの池に永遠に閉じ込められる事になるだろう。
「あはははははは!! では皆様、永遠に、永遠にさようなら」
それを見たアメリアは満足げだが、どこか悲しい色がほんの少しだけ籠められた表情を浮かべる。そして、彼等がいた場所に背を向けると、二度と振り向く事なくこの場から立ち去るのだった。
はい、これにて一組目が完全に終了です。今章が皆様に満足していただけると、それだけで作者冥利に尽きます。ここまで続けて来れたのは、ブックマークや評価を入れていただけている皆様のおかげです。本当にありがとうございます!!
今後の予定ですが、今章はエピローグを一話だけやって終了の予定です。また、作者の別作品でもやっていた通り、今作でもエピローグ終了後に今章の所感を活動報告に上げる予定なので、そちらの方も是非ご覧ください。




