後日談10 防衛戦
アンドルフとの会談から数日後、アメリアはユーティアの街の城壁の上でガリア王国が動く時を待っていた。
目の前に広がる平原には既にガリア王国軍が展開している。宣戦布告も既に終わっているらしく、いつ戦いが始まってもおかしくない状態だ。
また、新しく入った情報では後詰めとして更に約五千の兵が合流しているとの事だ。当初の情報の一万という数と合計すればその数は一万五千、今のこの街の防衛戦力ではどう足掻いても防ぎ切る事が出来ない数である。
実際、城壁の上で待機している兵士たちは平原に展開しているガリア王国軍の圧倒的な数に足が震えている。だが、自分達が暮らすこの街を守る為に彼等は敵に立ち向かい、死する覚悟だけは出来ていた。
その一方で当のアメリアは敵軍の圧倒的な数を目にしても臆した様子は一切見られない。
しかし、平然としているアメリアとは違い、この場の指揮官として彼女の傍に居るグリンバーグは辺りにいる兵士達と同じ様に足が震えていた。
「アメリア様、本当に大丈夫なのですか……?」
そう言う彼の声は足と同じ様に震えている。彼が望んでいたのは連合軍の完全な撤退だ。しかし、アメリアが持って来た交渉の結果はグリンバーグの望んでいたものでは無かった。そもそもの話、再侵攻が無いのだとしても、この最初の侵攻を防がなければならないのだ。しかし、今のこの街の戦力では目の前にいるガリア王国軍の軍勢ですら撃退出来ないだろう。
「ええ、大丈夫です」
だが、アメリアは交渉の結果を伝えた後、落胆を隠せなかったグリンバーグに対して全て自分に任せてもらえればいいと言い切った。
今のアメリアの力を以ってすれば、目の前にいるガリア王国の軍勢を殲滅する事も不可能では無いからだ。
しかし、安易に力を振って目の前の軍勢を葬れば、ガリア王国も属する連合軍からはそれ相応の報復を受ける危険があった。
その咎をアメリア一人だけが負うのであれば、彼女は受け入れたかもしれない。しかし、今回の事の規模を考えれば、自分だけでは無く村の皆に迷惑が掛かる可能性がある。最悪、連合軍からの報復を受け、村に連合軍の軍勢が乗り込んでくる可能性すらあった。そうなれば、今のアメリアであっても村を無傷で守り切れるという保証は一切ない。
だからこそ、アメリアは再侵攻や報復の懸念が無い事に安堵していたのである。
「安心して、全てを私に任せてください」
「……はい、分かりました」
そう返事をするグリンバーグの声に覇気が全く宿っていない。それでも、今の彼に頼れるのはアメリアしかいない。グリンバーグはアメリアを信じる他なかった。
すると、その時だった。
――――ドン、ドン、ドン、ドン!!!!
そんな激しい音が辺り一帯に響き渡る。そして、その直後、平原に展開していたガリア王国の軍勢が動き始めた。
来た。遂にガリア王国軍の攻撃が始まったのだ。
「……っ」
ガリア王国の軍勢が動き出したのを見たグリンバーグは悲壮な覚悟を固める。そして、それは城壁の上にいる兵士達も同様だ。すると、アメリアは平然とした様子で一歩だけ前に歩み出た。
「貴方達に恨みはありません。ですが、私は私が守りたいと思ったものを守る為、貴方達を殲滅いたします」
アメリアはそう高らかに宣言すると、そのまま手を天へと掲げる。
「雷よ、降り注ぎなさい」
すると、その次の瞬間だった。辺りが突然曇ったかと思うと、天から数多の雷が敵軍目掛けて連続で降り注ぎ始めたのだ。その雷は敵軍の兵士に次々と命中していく。
「あっ、がああああああああああっっっ!!!!」
雷に命中した兵士たちはそんな断末魔の声を上げながら次々と絶命する。味方が上げたその叫び声を聞いたガリア王国軍の軍勢の足が一瞬だけ止まった。
すると、その様子を見たアメリアは右手を横に振い、次なる魔術を行使する。
「大地よ、敵を飲み込みなさい」
その直後、彼等がいる平原が突如として揺れ始めた。そして、その十数秒後、地面にひび割れた様な亀裂が走る。その亀裂は時間と共に次第に大きく広がっていき、そこから一分後にはガリア王国の軍勢を飲み込むかのように、一つの巨大な裂け目が出来上がった。彼等はその裂け目に飲み込まれ、底まで落ちていく。
「嵐よ」
そして、アメリアが再度右手を横に振るうと、今度は巨大な嵐が巻き起こった。その嵐はガリア王国軍の軍勢を飲み込むかのように荒れ狂い、嵐に巻き込まれた彼等は次々と天へと投げ出されていく。
「うわあああぁぁぁぁぁ!!!」
「あああああああああああ!!!!」
ガリア王国軍の兵士たちのそんな恐怖の声の数々が平原に響き渡る。アメリアが起こした天変地異にガリア王国の軍勢は大きな混乱を見せていた。
「に、逃げろおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
誰かがそう叫ぶと、戦場から逃げ出す者が多数現れ始めた。ガリア王国の軍勢の統制力は完全に失われていた。
「勝手な行動をするな!! 命令に従え!!」
指揮官と思わしき者がそう叫び、混乱する軍勢を必死に立て直そうとするが、その直後には天から降り注いだ雷に打たれて絶命する。
無論、それはアメリアの狙い通りの事だ。彼女は指揮官を優先して倒す事で、早期の戦いの決着を狙っていた。
指揮官が絶命した事で軍勢の混乱は更に大きくなり、大半の者達は戦場から逃げ出していく。そして、運悪く逃げ遅れた者達はアメリアの起こす天変地異に飲み込まれ命を落としていった。
「あ、ああ……。一体、何がどうなっているのだ……」
そう言葉を漏らしたのは後方にて後詰めとして待機していた為に運良く天変地異に巻き込まれていなかった将軍の一人だ。彼は目の前で繰り広げられるその光景を呆然と見つめる事しか出来なかった。
彼等はつい先程まで勝利を確信していた。戦力差で言えば圧倒的な数の差があったからだ。しかし、その状況はたった数分で一気に逆転してしまっていた。彼等がどれだけ強靭な軍勢であったとしても、天変地異に勝る筈も無い。
そして、ガリア王国の軍勢は碌に抵抗する事も出来ないまま、アメリアが起こす天変地異の数々に次々と飲み込まれ、葬り去られていくのだった。




