後日談9 連合軍の内情
アメリアがグリンバーグからの依頼を引き受けてから更に数時間後、彼女は連合軍の中核を担っているリンド王国の王城にある国王の執務室にて一人の男と面会していた。
その男の名はアンドルフ・リンド、このリンド王国の国王だ。リンド王国は連合軍の中核を担っている。此度の交渉においてこれ以上ない相手だろう。
「久しぶりだな、アメリア・ユーティス嬢」
「ええ、お久しぶりですね。アンドルフ・リンド国王陛下」
「それで、アメリア嬢は何用でここまで参られたのかな?」
「今日、貴方に会いに来た目的はただ一つ、連合軍の旧ユーティス侯爵領への侵攻についてです」
「……やはり、その件であったか」
アメリアの言葉を耳にした瞬間、アンドルフは思わず一瞬だけ苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。その表情を目にしたアメリアは何かを察する。
「……なにか、面倒な事になっているようですね」
「ああ、その通りだ。だが、今回の件を話す為には連合軍の内情を説明しなければならない。なので、まずはそこから説明するとしよう」
そして、アンドルフは話し始める。彼曰く、現在旧ユーティス侯爵領に攻め込もうとしている軍勢を構成しているのはガリア王国という王国の軍なのだという。
「ガリア王国、ですか……」
アメリアもその名前に聞き覚えがあった。ガリア王国は抱える国軍が周辺諸国に比べると特に強靭な事で知られていた筈だ。しかし、それ相応に独自色が強く、外交の場であってもかなり高圧的な態度で接してくる事でも有名であった筈である。
アメリアが抱く印象としては、総じて面倒な国家、というものだった。
「だが、ガリア王国は少々厄介なものでな……」
なんでも、ガリア王国は招いてもいないのに、勝手に連合軍に加わってきたらしい。ガリア王国もエルクート王国と国境が接している為、恐らく彼等はエルクート王国の国土の一部を削り取りたかったのだろう、とアンドルフは推測していた。
アンドルフ個人としてはガリア王国の連合軍への参加は面倒な事になる予感しかしなかった為、彼等追い返したかったのだが、周辺諸国の手前、むやみに追い返す事も出来なかった。その為、彼等はガリアを連合軍に加えるしかなかったとの事だ。
そして、更に厄介な事にガリア王国は自分達の連合軍内での発言力の向上の為にエルクート王国の領土を自分達だけで勝手に制圧し始めたらしい。勝手な行動とはいえ、成果が上がっている為、彼等の功績は無視できず、その結果として連合軍内でのガリア王国の発言力は向上しているとの事だ。そして、それに気を良くした彼等はその勢いのまま周囲の領地を制圧しているのだという。
今回、ガリア王国の軍勢が旧ユーティス侯爵領を攻め込もうとしているのも、発言力の更なる向上を狙っての事であるようだ。
アンドルフはガリア王国軍の旧ユーティス侯爵領への侵攻を知った時、思わず頭を抱えてしまった。彼としてもアメリアと敵対するのは望んでいないからだ。
しかし、連合軍の中核を担うリンド王国の国王であるアンドルフであってもガリア王国の行動を止めるのは難しかった。発言力が向上している今の彼等の行動を止める為には、それこそ連合軍から強制追放をするぐらいしか方法が無いからだ。
だが、そんな強権を振るえば、今度は連合軍全体に大きな不和を招きかねない。エルクート王国の王都に攻め込もうと準備をしているこの重要な時期にそんな事は出来ない。
だからこそ、アンドルフ達も彼等の行動を見逃す他なかったのだという。
「……そちら側の事情は分かりました。つまり、貴方達では彼等を止める事が出来ないのですね?」
「ああ、その通りだ」
「そう、ですか……」
このままでは、連合軍の撤退という彼女が依頼された目的に達する事が出来そうにない。アメリアも最初からこの交渉が上手くいくとは考えていなかった。しかし、ここまで連合軍の内情が面倒な事になっているとは彼女も想像していなかった。これでは、グリンバーグからの依頼を果たすのは難しいだろう。だが、そんな時、アンドルフは一つの案を提示してきた。
「しかし、だ。もしガリア王国の軍勢が敗走したとしても、他の諸外国が連中に対して支援や増援を派遣することは無い、という事だけは約束できるだろう」
「……それは、一体どういう事でしょうか?」
「我々連合軍も一枚岩ではないという事だ。連中の一連の行動を忌々しく思っている者達も多くいるのだよ」
ガリア王国はなんと占領した地で無辜の民達から強引な略奪を行っているのだという。その略奪行為が、ユーティアに難民が流れてきている原因だったりするのだが、彼等が行っている強引な略奪行為は連合軍そのものの評判を貶めかねない行為だ。
略奪行為はガリア王国が勝手に行っており、連合軍の総意ではないのだが、そこで暮らす民達はそんな事を知る筈も無い。今の彼等が連合軍の一員である事は事実なのだ。彼等の行動は連合軍の評判に直結しているのである。
だからこそか、彼等の行動が連合軍の評判を貶めている事に対して苦々しく思っている者が数多くいるとの事だ。
また、連合軍内にはガリア王国の発言力の向上を疎ましく思う者、純粋な正義感から彼等の横暴に対して怒りを露わにする者達も多数いるらしい。
だからこそ、アンドルフはガリア王国軍がもし敗走した場合、今後彼等に対して一切の支援を行わない様に連合軍内に根回しをしておく事ぐらいならば出来るであろう、との事だった。
「ならば、現在侵攻してきているガリア王国の軍勢はわたし達が煮るなり焼くなり好きにしていいと?」
「ああ、その通りだ」
そして、アンドルフは更に付け加える。もし、ガリア王国の軍勢が敗走する事になれば、連合軍での発言力は間違いなく低下する事になる。それを上手く利用する事で、ガリア王国の発言力を封じ込める。そして、今後は旧ユーティス侯爵領に手を出さない様に連合軍内で周知させるとの事だ。
「これが我々にできる最大限の事だ。流石にこれ以上の事は出来ないだろう」
アンドルフはアメリアに対して小さくない借りがある。だからこそ、交渉という面倒事を避け、最初から最大級の譲歩をしたのである。
「そうですか、ありがとうございます。それで十分です」
アメリアのその言葉は本心から出た言葉だった。敗走後の更なる増援による再侵攻、それがアメリアの最大の懸念事項であった。しかし、再侵攻が無いと分かれば、打てる手は十分にある。
「では、急で申し訳ありませんがこれにて失礼いたします。この話を伝えに行かなければならない相手もいますので」
アメリアは一度頭を下げると、そう言いながらおもむろに立ち上がる。その後、彼女は指を鳴らして転移を使い、この場から去っていくのだった。
そして、アメリアが去った後の事。アンドルフは自身の執務室で口から笑みをこぼしていた。
「くくっ、渡りに船、という言葉はまさにこのような事を意味しているのだろうな」
そう、アンドルフ自身もガリア王国の暴走に手を焼いていたのだ。しかし、連合軍の内情を考えれば、彼等に手を出すのも難しかった。だからこそ、アメリアがこの話を持って来た時、その幸運に感謝していた。そういった事情があったからこそ、彼は部外者である筈のアメリアに連合軍の内情を漏らしたのである。
「しかし、これで連中の敗走は確定的になったか」
それは、アメリアがガリア王国の軍勢を壊滅させるであろうと確信している言葉だった。
エルクート王国を滅亡の危機に陥れたのはアメリアだ。今のアメリアがどれ程の力を持っているのかはアンドルフにも分からないが、アメリアと敵対するのなら、間違いなくガリア王国軍は壊滅する事になるだろう、と彼は確信していた。
「ならば、今の内に連中が制圧した地の分配の調整案を決めておくとしよう」
そして、アンドルフは戦後に行われるであろうエルクート王国の領土の分配の調整案を考え始めるのであった。
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