後日談8 アメリアへの依頼
普通に忙しくて全く執筆する時間が取れませんでした。申し訳ありませんでした。
それはアメリアがダリスと面会してから数時間後の事だ。
アメリアが暮らすあの村から遠く離れた、旧ユーティス侯爵領の領都であるユーティア。この街とその辺り一帯の代官であるグリンバーグ子爵はユーティアの領主館の廊下で、護衛の騎士を伴って執務室に向かいながら、部下からの報告を受けていた。
「偵察部隊からのご報告が上がっております。先日ご報告いたしました連合軍一万の越境を確認、進行速度から計算すると遅くとも五日以内にこの街まで到着するだろう、との事です」
「そうか……。防衛の準備はどうなっている」
「そちらも万事怠りなく進んでいるとの事です。連合軍の到着には全ての準備が整う予定になっているそうです」
「そうか、分かった。では、引き続き準備を進める様に」
「はっ」
そして、グリンバーグは報告に来た部下に指示を出した後、執務室に向かって歩みを進めていく。
それから数分後、彼は執務室の目の前に到着し、その扉に手を掛ける。その時、ふと自分がアメリアに出した使者の事を思い出した。
(ダリスが出発した日時から考えるとそろそろだが……)
そして、そんな事を考えながら、執務室の扉を開け放つ。すると、その次の瞬間だった。なんと、誰もいない筈の執務室の中にはドレス姿で優雅に座る一人の女性の姿があったのだ。
「……っ!!」
突然現れたその女性、アメリアの姿を目にしたグリンバーグは一瞬だけ大きく驚く。
「お久しぶりですね、グリンバーグ子爵」
「あ、貴女は……」
しかし、グリンバーグはその女性の容姿と声から彼女がアメリアだと分かると、すぐに安堵の表情を浮かべる。
「きっ、貴様っ、何者だ!!」
だが、アメリアの事を知らない護衛の騎士は、彼女の事を連合軍が放った暗殺者の類だと思い、腰の剣に手を掛け、そのまま抜き放とうとした。しかし、そんな護衛の動きを見たグリンバーグは慌ててその護衛の手を掴み、彼の動きを強く制止する。
「待て!! この方は私の客人だ。絶対に手を出すな!!」
「し、しかし!!」
「手を出すなと言っただろう!! 私の命令が聞こえなかったのか!!」
「はっ、はい、申し訳ありません!!」
「分かったのならば、すぐに下がれ。私はこの方と話がある」
「はっ!!」
そして、護衛の騎士は慌ててこの場から去っていった。その後、グリンバーグはアメリアと向かい合う様に座ると、そのまま口を開いた。
「貴女の事をお待ちしておりました。アメリア・ユーティス侯爵令嬢様」
「やはり、あの徴兵令はこういう事だったのですね」
そう、あの徴兵令の本当の目的はアメリアをこうしてここまで呼び出す事にあったのだ。
「まずは、あのような乱暴な方法を取った事を謝罪いたします」
グリンバーグはそう言いながらアメリアに対して真摯に頭を下げる。
「その謝罪は受け取りましょう。ですが、あのような事をした理由を聞かせていただいてもよろしいかしら?」
「そうですね。まずはそこから説明させていただきます」
そして、グリンバーグは説明を始めた。
まず、あの書状に記されていた連合軍の侵攻は事実なのだという。実際、近隣の街は連合軍の侵攻を受けた結果、既に陥落しており、彼が代官を務めているこのユーティアにはその近隣の街から流れてきた大量の難民が押し寄せてきているらしい。
そして、つい先日、その近隣の街より約一万の兵の出陣が確認された。その軍勢の目的はこの旧ユーティス侯爵領への侵攻であるという事も判明した。
しかし、その事実はグリンバーグを大きく困らせる事になってしまった。何故なら、今のユーティアには一万の兵を撃退出来る準備など全く出来ていなかったからだ。
そこで、グリンバーグはこの事態への打開策としてアメリアに助力を求める事を思い付いた。
本来なら、グリンバーグ自身がアメリアの元に直接出向き、助力を求めたかった。しかし、今は緊急を要する事態だ。部下達に指示を出さなければならない立場である彼がここを離れるわけにもいかない。
そこで、彼はアメリアに使者を派遣する事にしたのだという。しかし、運が悪い事にアメリアの事を知っている部下達は数少なく、その全員が優秀な者ばかりだった為、今のこの現状でここから離れてもらう訳にも行かなかった。
そこで、比較的手の空いていたあのダリスという男に使者の役目を与えたのだという。
しかし、部下達の手前、一つの村の村長を呼び出す為だけに使者を派遣する、と正直に言う訳にも行かない。そんな事をすれば、この緊急事態に一体何を考えているのだ、と部下からの不信感を買いかねないからだ。平時ならそれほど問題にはならないだろうが、結束が求められるこの現状においては致命的な傷になりかねないだろうと彼は考えた。
だからこそ、徴兵令という大義名分を作った上で自分からの使者を迅速にアメリアの元へと送り出すという迂遠な方法を取るしかなかったのだという。
「……そちら側の事情は分かりました。それで、貴方は私に何を望んでいるのですか?」
「貴女には連合軍との交渉をお願いしたいと思っております」
「交渉、ですか?」
「ええ、私は数ヶ月前までは一法衣貴族でしかありませんでしたから。近隣諸国への伝手など全くないのですよ」
「……ああ、そうでしたね」
元々、グリンバーグは自身の領地を持たない一法衣貴族でしかなかった。一応、王家の直轄領の管理をする部署に所属はしていたが、それでも吹けば飛んでしまう様な末端貴族だった。しかし、ユーティス侯爵家が取り潰しになり、侯爵領が王家直轄領となった時、何の偶然か、彼はこの地の一時的な代官として選ばれてしまったのだ。
取り潰された侯爵家の領地の一時的な管理といえば聞こえはいいが、冷静になればどう考えても貧乏クジでしかない。しかし、国からの命令である以上、従う他ない。
彼も『まぁ、一年もすれば領地の配分も決まり、無事にお役御免になるだろう』と思っていたのだが、その前にアメリアのあの復讐が始まり、エルクート王国が大混乱に陥ってしまった。
そうして、気が付けば彼はこの地の領主のような状態になってしまっていたのである。
因みにだが、彼はあの戴冠式に参列していなかったりする。慣れない代官業で疲労が溜まり、丁度あの時期に流行り病で倒れてしまっていたのだ。そのお陰であの惨劇から運良く逃れる事が出来たのである。
また、彼はユーティス侯爵家が冤罪で陥れられたと理解していた為、アメリアに対してそこまでの悪感情を抱いていなかった。
「どうでしょうか? 私からの依頼、引き受けてくださるでしょうか?」
腐敗した貴族であれば、連合軍が迫ってきていると知れば、民を見捨てて我先にと逃げ出していたかもしれない。
しかし、グリンバーグはエルクート王国の貴族としては珍しく、強い正義感を持つ真面な貴族であった。それ故にこの地で生きる者達を見捨てる事は彼の性格上、どうしてもできなかったのだ。だからこそ、彼はアメリアに一縷の望みを託していた。
自分よりも遥か高位、侯爵家の令嬢であり、王太子の元婚約者であったアメリアなら自分よりも近隣諸国への伝手を持っているのではないかと、そう考えていたのだ。
「……それ、は……」
アメリアもグリンバーグからのその依頼に思わず考え込んでしまう。
ここで断るのは簡単だ。しかし、幼い頃に暮らしていたこの街に対してはアメリアなりの愛着がある。それに、彼の言う周辺諸国への伝手は無い事もない。また、今の所、グリンバーグは悪政を敷いている様子も見受けられない。だったら、彼の頼み事を聞くという選択は一考の余地がある。
それに、もし彼等を見捨てて、この街が占領されてしまえば、アメリアの暮らすあの村にも多大な影響が出るかもしれない。
(それに……)
この連合軍の侵略は元を辿ればアメリアが行ったあの復讐が原因だ。恐らく、それだけが原因ではないだろう。しかし、それでもあの復讐が大きな原因の一つなのは間違いない。結局、自分の行いがこうして巡り巡って、この様な事態を招いている。
ならば、自分の行いに一つのケジメをつける意味でもここで彼等に協力するのも、十分にアリだろう。
「……分かりました。その依頼、引き受けましょう」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
グリンバーグはアメリアへの感謝の言葉を口にしながら、真剣に頭を下げた。
「緊急を要する事態なので、すぐに向こうと話を付けにいってきましょうか。では、これにて失礼しますね」
そして、アメリアはおもむろにソファーから立ち上がると、そのまま彼のいる執務室を後にするのだった。
次回更新は未定です。ですが、月末までには何とか投稿したいと思っていますので、もう少しだけお待ちください。
後、今回の話は、ほんの少しだけ無理があるかなー、とか自分でも思ったりもしたのですが、書き直す時間も無いので、どうか大目に見てください。




