後日談6 客人との対話
マイがアメリアの後ろに控えたすぐ後、アメリアは用意されたティーカップに口を当て、そのままそっと紅茶を啜った。そして、その紅茶の味にアメリアは満足した様な表情を浮かべる。
「マイ、今日も美味しいわ。また腕を上げたわね」
「ありがとうございます」
そう言ってマイは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
だが、そんな二人とは対照的にダリスは困惑と驚きとその他、様々な感情入り混じった表情を浮かべていた。
「あ、あなたがこの村の村長、なのですか……?」
「ええ、そうよ。何か問題でも?」
アメリアが持っていたティーカップをテーブルの上に置きながらそう言う。そして、彼女は見る者全員を見惚れさせてしまいそうな優雅な微笑みを浮かべた。
「い、いえ、何も問題はありません……」
ダリスはそう言うが、その声は震えており、彼が抱いていた場違い感は更に強くなっていた。そう、今のダリスはアメリアのその凛とした姿に完全に臆しており、彼女が放っている上位者特有の雰囲気に完全に飲み込まれていた。
これはアメリアなりの交渉術の一つだ。こうして、自分の方が立場が上なのだという事を相手に分からせる事で、会話の主導権を握り、話を自分の有利な方へと持っていくのである。
実際、この村に来た時に彼が見せていたあの堂々とした姿は完全になりを潜めている。この場の主導権はアメリアが握っていると言っても過言ではないだろう。
そして、ダリスは気付かぬ内に枯れていた喉を少しでも潤す為に目の前に用意された紅茶を口に含んだ後、おもむろに口を開いた。
「そ、それにしても、こんな村にこの様な屋敷があるなど、耳にした事もありませんでした……」
「以前、この村に来た方々には口止めをお願いしていますからね。それに、この村にこの様な屋敷があると話したとしても誰も信じないでしょう?」
「ま、まさに仰る通りかと……」
そこで、彼は自分の同僚の事を思い出していた。この村に向かう様に命令された直後、それを知った同僚の内の数人が自分に同情の様な視線を向けていた事を思い出したのだ。あの時はその視線の意味は分からなかったが、今にして思えばあの時の同情の視線は、この事を意味していたのかもしれない。
また、彼は自身の主であるグリンバーグの事も思い出していた。自分達の主である彼もこの屋敷の事を知っていたのだろう。それを分かった上で自分をここに向かわせたのかもしれない。そんな考えすら彼の頭に浮かんでいた。
一方、アメリアはダリスの震える声色から彼の内心を悟ったのか、すぐさま本題の話を始める。
「さて、長い前置きは無しにしましょうか。今回、貴方がこの村に訪れた理由をお聞きしてもよろしいかしら?」
「は、はい。今日は私の主であるグリンバーグ子爵様からの書状をお持ちいたしました」
そして、ダリスは慌てた様子で横に置いてあった自分のカバンから貴族同士の手紙のやり取りで使用する様な格式の整った封筒を取り出すと、それをそのまま目の前の机に置く。
「こちらがその書状です」
ダリスはそう言いながらアメリアに封筒を差し出した。
(一つの小村の村長に送る物とは思えない程に格式が整った封筒、グリンバーグ様はやはり……)
そして、彼が机の上に置かれている封筒を見ながらそんな事を考えていると、アメリアはおもむろに差し出されたその封筒を手に取った。
「書状は確かに受け取りました。ここで、この書状を拝見しても構いませんか?」
「え、ええ……」
ダリスの返事を聞いたアメリアは視線を自身の後ろに控えていたマイに向ける。すると、その直後、マイは何処からかペーパーナイフを取り出し、アメリアにそっと差し出した。
そして、アメリアはマイからペーパーナイフを受け取り、そのまま封筒の封を開け、中の書状を取り出し、その内容を読み始める。
「…………」
だが、アメリアはその書状に記されていた内容を一読した直後、思わず眉間にほんの僅かばかり皺を寄せた。しかし、彼女の表情にそれ以上の変化は訪れない。これは、アメリアが受けてきた王妃教育の賜物だった。その教育があったからこそ、書状の内容を知った後も取り乱す事無く冷静でいる事が出来たのだ。
もし、他の者達がこの書状の内容を知れば、驚愕と焦燥から大きな驚きの声を出していたかもしれないだろう。
何故なら、その書状に記されていたのはこの村の今後に大きな影響を齎しかねない、ある命令だったからだ。
すると、アメリアはそっとその書状を膝の上に置くと、何かを考え込む様におもむろに目を閉じた。それから十数秒後、彼女はそっと目を開けると、静かに口を開いた。
「この書状の内容については分かりました。ですが、この件はこの村にとっても重要な問題です。そう簡単に是非を判断する事も出来ません。こちらとしても、この件に関しては一度検討したいと思っております。ですので、少々お時間を頂いても?」
「も、勿論です……」
「そうですか。ありがとうございます」
ダリスの当初の予定では立場の違いを見せつける事で村長に高圧的に接し、書状に記されている命令に無理矢理にでも従わせる予定だった。しかし、逆にアメリアに格の違いを見せつけられ、彼は当初の予定を完全に忘れてしまっていた。
「では、客間を用意させましょうか」
そして、アメリアは机の上に置かれている呼び鈴を鳴らす。すると、それから数分後、彼等がいる応接間に一人の侍女が現れた。
「お嬢様、お呼びでしょうか」
「この方を客間まで案内して差し上げて」
「かしこまりました。では、お客様、これよりご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
「は、はい……」
そして、ダリスは侍女に案内されるまま、この屋敷にある客間へと向かっていくのだった。
シルバーウィークである程度の書き溜めが出来たので、次も近い内に更新できると思います。




