ヒロ子供達の為に奔走する
「えぇベスが!? そりゃマーヤちゃんの水汲みぐらいじゃ足りないわよね。」
ヒロは再び冒険者組合のエルポーリンを訪ねた。冒険に詳しい彼女なら、近くで猪とかが居る場所を知っているに違いないと思ったからだ。それを訪ねると理由を聞かれ、ヒロは簡単に事情を説明した。
「トニー達頑張ってるわよね〜。私も何とかしたくて、マーヤちゃん一人なら面倒みるって言ったんだけど。マーヤちゃん皆んなと一緒がいいって。」
それでエルポーリンは自分のお金で、まだ小さなマーヤに仕事をあげていたそうだ。どおりでマーヤが自分で水桶を運びたがったわけだ。ヒロが運んだら、報酬はヒロのものと考えたのだろう。
「そんなわけで近場は…これとこれ。本当は冒険者じゃないと依頼は受けれないんだけど。」
悪戯っぽく笑うと、エルポーリンは猪と鹿の出没場所の記された討伐依頼書をくれた。街にくっ付いた農場の作物を荒らす、害獣を退治してくれとの内容で肉は好きにして良し。討伐証拠は鹿ならば角、猪ならば牙となっていた。
「見習い冒険者証ってのが有るから、私の推薦でそれ出しとくわ。ヒロさん…歳は?」
「12億1千14歳です。」
一瞬マジマジとヒロを見たエルポーリンは、ニッコリ笑った。
「フフフ。お姉さん好きよ、そう言うの…じゃあはいこれ。(ボショ…15歳以上の成人じゃないと不味いんで、15にしといたから。)」
「ありがとうございます。」
礼を言って見習い証を受け取ると、入り口近くの無料周辺地図を一枚貰い、ヒロは冒険者ギルドを出る。もう夕方になっていた。ベスの事も有るし色々準備しなければならない。
(やはりエルポーリンさんに相談して良かった。出現情報もだが、害獣討伐で現地通貨が手に入るのがありがたい。)
街を出ると人気が無いのを見計らって詠唱を始める。
『…ヘルメスよ危急の時来たれり!古えの約定に基づき…。』
ヒロの周囲に静かな風が集まり、やがてそれらは一瞬僅かに輝くと身体を覆う。そして風と一体となったヒロは、目的地に向かって疾走した。
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夜。
トニーがチビ達を寝かし付けていると、用心深く閉められたバラックの裏手ドアを叩く者がいた。ビクッとした子供達がトニーに抱き付いて怯える。
「誰だ!」
「僕だよトニー。ヒロだ。」
「ヒロお兄ちゃん?」
「その声はマーヤちゃんか。」
緊張を解いたトニーが裏手ドアのカンヌキを外し外を覗くと、大きな鍋を持ったヒロが立っていた。良い匂いがする。
「もう遅いけど。皆で食べないか?」
「うわぁ!いい匂い~!」
驚くトニーだが勿論大歓迎だ。ランプに火を灯す。ベスも起こし全員集まって、自分達の食器にスープを取り分けて貪り食った。肉も野菜もゴロゴロ入っている。
「お肉はまだまだ、明日も明後日の分もあるから、良く噛んで食べるんだ。いいね?」
「「「は~い!」」」
「美味しい~!ゴホ!…体が暖かくなって。」
「美味ぇ!チクショウ美味ぇ!」
大喜びで食べる小さな子供達とベス、泣きながら食べるトニー。ヒロは子供達のお代わりをしてあげると、ベスの寝床をゴソゴソやっている。
「ヒロさん何やってるの?」
「ん?病気が治るおまじないだよ。」
「汗臭うでしょ?恥ずかしいのに…。」
「まぁまぁ…。」
全員の寝床をゴソゴソ弄っていたヒロは、食べながら眠りかかった子供達を寝床に移した。その様子が余りにも優しげで、他のチビ達もヒロに寝かせて貰いたがる。
「うわ、何か寝やすい!ベッド?これベッド?」
「そうそう。順番だよ!次は…。」
チビ達全員を寝床に運ぶ。木箱の様な物で底上げしただけのベッドに、子供達はまた大喜びしてる。
「ヒロありがとう。こんな美味い飯を食ったのは生まれて初めてだ。」
「ヒロさん、ありがとうございます…ゴホ!」
「そうか。それは良かった。」
ベスをテーブルに残し、ヒロはトニーを裏手に連れ出した。トニーは持ち前の警戒心を出すが、満腹でやや迫力が無い。
「なんだよヒロ。」
「トニー、僕を信用してベスちゃんを一晩だけ預けてくれないか?」
「なんだと!? ベスをどうする気だ!」
「どうって…治すんだけど。」
「……はぁ!? 」
暗くて分かり辛いが、ヒロは困った顔をしているようだ。
「何だトニー!ま、まさか僕がベスちゃんに…エ、エッチな事するとか疑ってるのか?」
「え?あ、いや…。」
「見損なうなよトニー。確かにベスちゃんは可愛いけどさ。そう言うのを守るのが男だろ?」
「………。」
あたふたしてるヒロ。でも最後の言葉がトニーには気持ち良く響いた。それは数年前亡くなったトニーの父と同じセリフだったからだ。
「朝には返すよ。魔法使っても良いんだけど、チビ達が大騒ぎするだろうしさ。」
「魔法!? ヒロは魔法使えるのか?」
「使えるよ。戦闘以外は余り得意じゃ無いけどね。」
(なるほど。戦えて魔法が使えるなんて“栄光の騎士”みたいじゃないか。クーンツさんを怖がらないわけだ。)
「…解った。ベスを頼む。」
「魔法で眠らせるから、騒がないよう頼むな。」
二人でバラックに戻ると、ヒロは恥ずかしがるベスをお姫様抱っこする。
「もう~ゴホ!大丈夫なのに。」
「ふふふベスちゃん。良くお聴き?…『父母の目とロベルトの楽音……安けき眠りトロイメライ。』
ヒロが耳元で歌うに詠唱を続けると、ベスはうとうとした後スゥっと眠った。
(眠った!本当に魔法だ。)
「ふふふ。眠るとまだまだ子供って感じだな。じゃあ行くよ。」
ベスを見る優しいヒロの目にトニーは最後の猜疑心が消えた。トニーの父は病気で亡くなったのだ。ベスが良くなるなら何でもするつもりはあった。裏の扉を開け見守っていると、ベスを抱いたヒロは低木の間を草原に向かって20m程進み、待機させていた地上活動船に入る。
(消えた!? 魔法……朝を待とう。)
ドアにカンヌキを掛け自分の寝床に行くと、木箱の様な物で30cm程底上げされている。安ワインのケースだ。トニーは寝ないつもりだが、試しに横になってみると快適に感じた。
(たったこれだけの事で!そうか、床の熱さ寒さが伝わらないんだ。それにしてもどこからケースを?これも魔法か?…いや、気持ち良い…。)
更に言えば、少し床から寝床を上げるだけでホコリを吸わずに済み、ダニや不快な虫をかなり避けられる。土足の環境でそれは特に有効だったし寝汗の抜けも良い。若い…幼いトニーは久々の満腹も有り、眠りに落ちた。
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(ヤベ…眠っちまった!ん…誰だこいつ?)
朝、何か綺麗で良い匂いのするシャツを着た少年が、トニーの横で眠っていた。目を閉じた黒髪の顔はまだ幼さが残っている。寝台脇には元々有った木箱が寄せられ、上に黒い軽鎧がポコポコ置かれていた。
(ヒロ…か。じゃあベスは?)
そうっと寝床を抜け出して見に行くと、見違える程血色の良くなったベスが、ズゴーっと鼾をかいて自分の寝床で眠っていた。垢じみていたのが綺麗になっており、髪もツヤッツヤだ。
(治ってる!ハハハ嘘みたいだ!良かった!それにしても、チビ達も静かだな…。)
子供達を見に行くと、皆ガーガー眠ってた。トニーはお腹を出してる子に上掛けを掛け直す。いつもなら起き出している時間だが、たくさん食べたおかげだろう。
物音に気付いてそちらを見ると、寝ぼけ顔のヒロが鎧を身に付けながら立っていた。口にチャックの仕草をして裏手を示す。トニーは頷いてヒロと一緒に裏手に出て行った。
「ベスの事ありがとうな。」
「ふわぁ~…。んでトニー、これが今日の肉と野菜ね。塩は有る?」
「今どっから出した?」
「時空庫…魔法だよ。」
トニーは目を丸くするが、まぁそう言うもんなんだろうと頷いた。
「水はどうしてるの?」
「そこのカメに汲み置きしている。」
ヒロは蓋を外して大きなカメを覗き込む。余り衛生的じゃないが虫とかは湧いてないようだ。カメの横には素焼のカマドが有ってそこで煮炊きしていると言う。周囲には沢山ゴミが棄てられていて、隣家はそこそこ離れていた。
「肉を焼いて良い匂いさせると、目立っちゃうね。」
「…そうだな。そう思う。」
「昨日僕がやったみたいに、当分はスープにしておく方がいいかも。」
裏手には低木の辺りまでボロっちい柵が有り、空いてる場所にはちょっとした野菜が植えられていた。見渡すと、隣家もその向こうもそんな感じだ。ヒロとトニーは協力して、周囲から見えない軒下に、肉に塩を塗りたくって吊るす。
「トニー、ここが気に入った。しばらく置いてくれないか?」
「お前なら大歓迎だけど、揉め事は避けてくれ。チビ達が狙われると厄介だ。」
「あぁ。揉め事なんて起こさないよ。」
(ははは。子供を盾に取るような汚物は、折を見て消毒してやる。)
「ヒロ悪そうな顔してるぞ。言ったからな。」
そうしているとベスが出て来て、食事の支度を始めた。ヒロとトニーも手伝う。
「昨日のスープのお陰かな。朝起きたらスッカリ治ってたの。」
「それは良かった。」
「ヒロさん、ありがとうね!」
チビ達も起きて来たので食事になった。また肉タップリのスープで皆は大喜びだ。トニーがヒロが加わる事を話し、全員大歓迎となる。
「やったぁ!ヒロお兄ちゃんだ!」
「よろしくですヨ!」
「いいかお前ら。食事の事は外で話しちゃいけないぞ!」
「そうよ。悪い人が肉を盗みに来るから。」
「「「は~い!」」」