チュニカのスラム街
「はいはい、12億1千14歳!凄えな。」
「凄えから金払えよ。」
いきなりヒロ達の会話に割り込んできた声は、16、7の大人の格好をした男達だった。3人程でガラが悪く、先頭の一人はかなり背が高く体格が良い。男達を見て小さな子供達が皆奥に引っ込んだ。
「なんだ君達は?」
「なんだじゃねえ!お前誰の許しを得てここに住もうってんだ?」
「彼はそんなんじゃ…。」
「そうじゃねーんだトニー。こいつがここに居てお前と話してる時点で…。」
「ぷ!」
「ぷ?」
男は話を遮られ不愉快そうな表情でヒロを見る、少年トニーはヤバいと言う表情をする。
「プハハハハハ…!」
「何だこいつ!? 」
「何がおかしい!」
しかしヒロは笑いを止めない。腹を抱えて涙まで出して笑っている。
「ねえ、今の聞いた?“そうじゃねーんだトニー。”だって…。ウハ!ザコいセリフ!」
「何!? 」
「いや君言ってて恥ずかしくない?“そうじゃねーんだトニー。”」
(ヤベえ。カールを怒らせた!)
(こいつ殺されるぞ…!)
そうヒロにいわれた男の顔が、怒りと羞恥で赤くなっている。いきなりヒロに殴り掛かって来た。そのパンチをヒロは笑いながら左手で受ける。ビクともしない。
「っあ〜!しかも逆ギレして殴り掛かって来た!ブハハハハ…ザっコぉ。」
「このクソガキ!…この!このこの!」
他の者達が呆気に取られて見守る中、男はヒロにパンチを蹴りを、時に捉まえようとするが、全て受けられるか払われてしまう。トニーは少し離れたところでビックリして見てる。
「はぁはぁ…何見てんだお前達!そいつを捕まえろ!」
「「わ、分かりました!」」
何となく無理だろうなと思いながら二人の男達が寄って行くと、案外素直にヒロは捕まり、両腕を脇から抱えられる。そこに茹でダコみたいに真っ赤になったカールが殴り掛かるが…。
「この!? おい!しっかり捕まえてろ!」
「はい!動くな、このガキ!」
「そっち、ちゃんと持ってろ!」
(いやこのガキ変な動き…。)
(力…カールより強くね?)
やはり当たらない。カールが息を切らせてパンチやキックを繰り出すがダメだ。ついにカールは諦めて座り込み、不気味に感じた男達はヒロから離れた。
「はぁはぁ…何だ…はぁ。お前は?」
「え?“ザコを眺めし者”、かな。」
「ぐっ…!」
荒い息を付きながら、カールはようやくコイツがヤバい奴かも知れないと気付いた。マントから覗く黒い軽鎧は高級そう…冒険者かも知れない。
「それで金を払えって?」
「間違えた、お前は関係無い。金を払うのはそこの親無し達だ。」
「そ、そうだ。おま、アンタは関係無え。」
「行っていいからよ。」
「ふ〜ん。僕も親が居ないんだけど、なんで?」
(((ヤバい!)))
ヒロの笑顔が少し強張った。カールは起き上がって逃げようとするが、スッと回り込んだヒロがそれをさせない。仕方無くカールは口を開いた。
「こ、この辺りに住む者は、クーンツさんに管理料を払わなきゃならない。」
「そうだ、クーンツさんが仕切っているから、この辺の奴らは安心して暮らせる。」
「へえ〜。それ高いの?」
「一カ月たった銀貨10枚だ!こんだけガキが居て…それだけなんて安い。」
ヒロがトニーの方を見るとトニーは頷いた。
(みかじめ料ってやつね。)
「安いんだ。じゃあカールさん払っといてよ。」
「ば、バカ言ってんじゃねえ。何で俺が。」
「そうだ!俺達だって自分の払いでいっぱいなんだよ。」
どうやら銀貨10枚は安くないらしい。ヒロはちょっと考えてから口を開いた。
「じゃあクーンツさんに払って貰おう。」
「「「「!? 」」」」
そこに居た全員がビクッとして青ざめた。余程クーンツというのが恐ろしいのだろう。小さな子供達だけが、よく解らないと言う顔をしている。
「ヒロ。お前余計な事すんなよ。」
「トニーのいう通りだ!お前腕っぷし有りそうだし、仕事紹介してやるから。」
「き、今日は引き上げるから。」
「トニー!解ってるな?」
トニーが頷くとカール達は引き上げて行った。ちょっと気が抜けたトニーに、奥から出て来た小さな子供達が寄ってくる。するとトニーはハッとしたようだ。
「ヒロ、中へ入れよ。お前危ない奴だけど気持ちは嬉しかった。汚いとこだけどな。」
「ヒロお兄ちゃん〜。」
トニーに招かれマーヤに呼ばれ、ヒロはバラックに入って行った。
-----------
「その辺にしておけ。」
「はい。…分かったなお前ら?止めて下さったクーンツさんに感謝するんだ。」
「「「ありがとうございますクーンツさん!」」」
暗い部屋の中、顔を腫れ上がらせ石床に転がってるのはカール達3人だった。トニー達から金を集められなかった為、ヤキを入れられたのだ。
腕自慢が殴りボスがそれを止め、殴られた者が止めたボスに感謝する。間接的には殴る命令をボスが出しているのにだ。鞭と飴の役割を別けている為、ボスを有難いと思ってしまう。…暴力組織に有りがちな刷り込み教育だ。
「それでそのヒロとかいう少年は、お前達3人がかりでも全く相手にならなかったんだな?」
「はい。悔しいですが遊ばれていました。」
クーンツが腕自慢のミノロフを見ると、頷き返す。カール達が嘘をついていないか確認したのだ。荷運び等にも使っているが、カール達は力も有り決して弱くない。
「私が行ってシメてきますか?」
「いや待て。」
2mは有る筋骨逞しいミノロフが行けば問題は解決するだろう、がクーンツはカール達の話から別の事を考えていた。親無しで冒険者かも知れないとの話。鼻っ柱も強そうで、手懐ければ若手を纏める良い駒になりそうだ。
「カール。そのヒロとかいう少年は、ワシに払わせると言ったんだな?」
「は、はい。ふざけたガキです。」
「クックック…。良いだろう、今月分だけワシが払ってやろうじゃないか。」
驚いた顔で見るカール達にクーンツは続ける。
「そのヒロとか言うのに伝えるんだカール。クーンツが元気の良さを気に入って、今月だけプレゼントするとな。」
「え?でも…。」
「但し今月だけだ。来月の支払いを拒否した場合は、ここに連れて来い。解ったな?」
クーンツが銀貨を放ってやると、カール達は土下座してそれを掻き集め部屋から出ていった。話通りなら来月は拒否するだろう。どう言う手で引き込むか?クーンツは機嫌の良い顔で考え始めた。
-----------
「へ~。中は綺麗にしてるじゃん。」
「まぁな。外でちゃんとした格好していると拐われたりするから、外出の時はワザとボロを着せてるんだ。」
「街なのに治安悪いんだな。」
バラックの中は6畳二間程の広さだ。入って直ぐの土間は小さなテーブルとイス幾つかが置かれていて、そこでヒロは少し傷んだ普通の服に着替えたマーヤが出してくれたお茶を飲んだ。何の葉っぱだか変な味だが、微笑んでありがたく頂く。
「ありがとうマーヤちゃん。」
「どいたしまちて!」
「全部で8人。俺とベスがチビ達の面倒を見ている。どいつも親が居ない。」
「そうか。それは立派だな。」
今はマーヤは他の子達と遊んでいる。奥はカーテンで幾つかに仕切られ、一ヶ所だけ閉まっており、そこから少女のものらしい咳が聴こえた。
「あれは?」
「あぁ、ベスだ。ちょっと体調を崩していてな。それで今月は稼ぎが足りなかったんだ。」
「体調って…病気かい?」
「ベスは風邪だと言うんだが、中々良くならない。医者に見せたいが金も無い。それで寝かせてる。」
少し医療の心得があるからと、マーヤに声を掛けて貰い、ヒロはベスの様子を診せて貰った。11、2の痩せた少女がすえた臭いをさせ、ベッドも無い床にボロを重ねて寝ていた。
「ゴホッ…すみません。汗臭くて恥ずかしい。ゴホ。せっかく、カッコイイ男の子が来たって言うのに。」
「あぁ寝てて、ベスちゃん。」
(不衛生な環境。肺炎らしいが、その前に栄養状態が悪過ぎるな。他の子達も痩せ過ぎだ。)
「どうだヒロ。」
心配そうな顔でトニーが声を掛けて来る。ベスに笑顔で手を振ると、トニーを促しヒロは元のテーブルに戻った。
「色々有るけど、栄養不足が一番問題だな。牛乳や肉が必要と思う。もし買えないなら、街の外で狩りとかは出来ないのかな。」
「行きたいが、その間チビ達の面倒を見る奴がいない。それに狩はやった事が無いんだ。」
「OK解った。お前も子供達も、ちゃんと食べないとダメだ。僕が何か採って来よう。」
トニーが何か言いかけようとするが、ヒロは立ち上がってサッと出て行ってしまった。ローブのフードも被った後ろ姿は、その辺の少年にしか見えない。足早に去って行くヒロ。
(ヒロは強そうだけど、狩なんてそんな簡単じゃないぞ。何日くらいで戻るとか言えよ …一人で出来るもんなのか?)