スペース・ディテクティブ・レイズバン
「す、凄い!あの魔族達をこうもアッサリと。」
「あの魔導師の火球を剣で?信じられません!」
暫く立ち尽くしていた男は、ウーズが戻って来ないと見るや、光の剣をどこやらにしまう。目の部分の明かりも消え、立ち昇る陽炎の中をニトーシェ達の方に歩み寄って来た。ニトーシェは剣を収め兜を脱いで跪き、パティーナもそれに倣う。
「ご助成感謝する。私はチュニカ王国栄光の騎士ニトーシェ。こっちは魔道士のパティーナです。」
『頭を上げて下さい。それよりお怪我は?』
力強い手がニトーシェの手を取って優しく引き起こす。あの魔族達を歯牙にもかけず救ってくれた、蒼く輝く鎧の男。ニトーシェは顔が赤らむのを感じた。
「私達は大丈夫です。」
『ご無事で何よりです。こんな美しい女性に火球を撃つなど言語道断!私は…。』
(いや待て。ここで素直に名乗るのはスペース・サイオニクス・ディメンショナル・ヒーローとしては失格だな。)
『通りすがりのスペース・サイオニクス・ディメンショナル・ヒーローです。』
「はぁ…。」
「く、空間精神的次元的英雄…様ですか?」
パティーナのリピートが妙なズレ方をしている。
(くっ…言語が違うせいか、カッコいいヒーローネームが伝わり切らないとは…。)
『スペース・ディテクティブとご記憶下さい。』
「空間探知屋様…。」
(宇宙や探偵と言った概念が無いのか?)
諦めたのか男はそれ以上語らず、まだ息の有る騎士達を介抱し、亡くなった者を一処に集める。魔人であるガッシュとボウ爺の遺体もそこに集めた。そうしながら女性達と会話する。
『なるほど。この次元は私が元いたところと大差無い世界の様ですね。』
「そうなんですか?次元?」
『えぇ。さっき魔族と戦ってみて解りました。魔法が未発達な世界のようです。』
ニトーシェ達は驚愕した。あの魔族の魔法が未発達?じゃあ発達した魔法とは、どの様なものなのだろう。その辺を聞こうと身を乗り出したところ、怪我人を見ていた空間探知屋が立ち上がった。
『いけない。このままではせっかく生き残った人達まで。…仕方ない、船を呼ぶか。』
「船!? 」
「こんな川も無いところに船ですか?」
男は立ち上がるといつの間に取り出したのか、左手に分厚い本を持ち、そのページを捲っていた。
「見た事も無い革。それに凄い魔力を感じます!その魔導書はいったい…。」
『ほう、この本の重要性を見抜くとは。…貴女は優れた魔術士の資質をお持ちだ。多くは言えませんが、この革は既に絶滅した古代の神獣の物です。…とあったあった、ここだ!』
「失われた神獣の革?」
驚くパティーナとニトーシェに少し離れているよういう。男は兜の耳に手を当て、2人が産まれて初めて聞く言語で何かの詠唱を始めた。
『マザシップ、マザシップ!こちらスペース・ディテクティブ・レイズバン!コード、ローマ・アルファ・ズール・エコー・ヴィクター・アルファ・ノベンバー。認識番号…。』
『『ピピッ!コチラ マザシップ。コード ニンシキ。オカエリナサイ レイズバン!』』
男の詠唱が終わると、非人間的な女声が呼び掛けて来た。ところどころニトーシェ達には解らない言語で会話しているようだ。
(これは精霊!? レイズバン…レイズバンって言ってたわ!)
『良かった。高度3万6千km、衛星軌道上に待機してくれていたようです。地上活動用の船を要請しました。…来た!』
男の目の前に、男の鎧と似たような外面を持つ角丸な家の様な物が現れた。男の指先から、昼でも見える明るい光が壁面に走ると、そこが丸みを帯びた縦長の四角に輝く。扉のようだ。
扉はこちら側に倒れタラップとなった。中から宙に浮かんだ担架の様な物が出て来る。
『さ、手伝って下さい。皆を運び込みましょう。』
圧倒的な光景と男の勢いに押され、ニトーシェとパティーナは男を手伝って怪我人を運び込んだ。男は遺体…魔族のも運び込んでいる。
「ふわ~~!」
「何これ~~?」
奨められたソファに座ると、目の前の簡素なテーブルからストローの刺さったジュースが出て来た。窓が一切ない部屋は薄明るく、そこかしこの壁の隙間から柔らかな光が漏れている。
『もう怪我人は大丈夫です。死んだ方には間に合ったので蘇生処置を施しておきました。』
「「そ、蘇生ぃいい!? 」」
続けて男が何かの装置に触れると、空中に非常に緻密な地図が浮かび上がった。
『そのジュースをどうぞ。多少の怪我など治るはずです。それで…今私達がいる所がここ。皆さんをどこにお運びすれば宜しいですか?』
「その、この地図はちょっと広過ぎるようです。多分この辺くらいのもう少し詳細な…え?」
ニトーシェが指し示した範囲の地図が拡大された。
「そう、ここ。この辺に…えぇ!? 」
地図は更に拡大され、ニトーシェの屋敷の屋根まで解る。これ地図…なのか?
『この屋敷ですか。…と、ほう庭が広いですね。どの辺が、この船を目立たず泊められそうでしょうか?』
「この屋敷裏の林の影ですね。ってええ?この地図木の1本1本まで解るぞ!どうなってるんだ?」
「何これ?地図というより…上から見てる?」
(いやそもそも空中に地図が浮かんでる時点でおかしいんだ。驚いても切りが無い。)
ブーンと言う微かな音が聞こえる。ニトーシェとパティーナは顔を見合わせて、お互い首を横に振って出されたジュースでも飲む事にした。
「「ウマァ!!」」
先程の戦闘で喉が渇いていたのだろうが、それにしても美味し過ぎる。2人とも一息に飲み干してグラスを置いた。すると見ている目の前でジュースが増えていく。どこから注いでいるのか?さっぱり解らない。
「ふぅ~~美味しい。」
「いや甘いし冷たいし…。」
2人共5杯くらいお代わりしたところで、やっと渇きが落ち着いた。不思議と胃もたれしない。
『もう良いですか?じゃあ降りましょう。』
「え?降りる?」
『もう着いています。』
「え?」
立ち上がり入り口から外を見ると、間違いなくニトーシェの家の裏手だ。薬臭いけど顔色の良くなった怪我人達を降ろす。皆眠っているが命に別状無さそうだ。
「どうやって来た?馬でも2時間は掛かるというのに。」
「それより何で騒ぎにならないんですかね。ニトーシェ様ん家って、結構使用人居ましたよね?」
「あ!」
振り返ると、船とやらの入り口以外は全く見えていなかった。そこに何かがあるとは思えない。だがニトーシェが近づいて船体と覚しき部分に手を伸ばすと、確かな手応えがあった。
『じゃ行きますね。お元気で!』
「ちょっと待ってく、お待ち下さい!」
ニトーシェは顔も見せない男に一目惚れしていた。強く紳士的で一切の見返りを求めない不思議な男。現実の王侯貴族を知るニトーシェが、幻滅し捨て去ったお伽話の王子様が居たのだ。
『お気になさらず。では…。』
「待って!その…お礼がしたいの。何もしないと言うのは無理です。」
ニトーシェは首からネックレスを外すと、それを男に差し出した。シンプルな銀製で、小さな銀の薔薇飾りが付いている。
『これは…。』
「私の名と同じ名前の薔薇のネックレスです。貴方はきっと金銭などは受け取られないでしょう。ですので、真心を受け取って下さい。」
「ニトーシェ様!それは…。」
「黙ってパティーナ!」
男はどうやってか鎧の首を傾け何かを考え込み、一つ頷いて受け取った。
『貴女の真心。それは何より貴重なものでしょう。ありがとう。』
話を終え船の入り口が閉じ軽いブーンと言う音がする。辺りの木が一瞬そよいで、何の気配もしなくなった。先程何かあった場所に寄ってみるが、ニトーシェは何にも触れなかった。
「ニトーシェ様、よろしかったのですか?」
「私が生まれて初めて会った理想の男性だ。例え二度と会えなかろうが…本望だ。」
この世界に貴族子女が生まれた時、名に因んだネックレスを作る。複製の効かない特別な金属を含ませ、高名な画家に描写させ記録される。それは女性の結婚相手にのみ渡される特別な品であり、それの無い貴族子女は結婚出来ないと迄言われる大切な品だった。