チュニカの宝塔にて
「チュニカの宝塔にドラゴンが落ちたと聞いて来て見れば…。」
一隊を引き連れた若い女騎士は、馬上から指示を出しながら呟いた。街から南に50kmは離れたその場所は、なだらかな山を越えた草原の中に有り、小さな石門と僅かな石畳が草から覗く、遺跡めいた場所だった。石畳脇には並木が植えられ日陰を作っている。
女騎士が宝塔と呼んだ丸い石塔、その脇に建てられた小さな石組みの小屋がバラバラに吹き飛んでおり、何か引き摺ったような跡の先はシュウシュウと煙が立ち昇っていた。その辺りを調べていた騎士達の中から、1人が女騎士の前迄小走りにやってきて跪いた。
「栄光の騎士ニトーシェ様。」
「その呼び方は止めろと言ったろう!」
「し、失礼致しました!」
一見白銅で出来たかの様な鎧は、よく見れば赤い輝きを帯びた高価な金属で出来ている。それを纏うニトーシェはこの世界にあっては現代的な女騎士であり、仰々しく飾り立てた言葉が大嫌いだった。
「それでなんだ。」
「は!魔道士の見解では、これは龍が墜落した跡に間違いないと。強大な魔力の痕跡が感じられるそうです。」
「バカバカしい。隕石でも落ちたのだろう。第一ドラゴンが落ちたなら、そいつはどこに行ったと言うのだ?」
報告をした騎士は跪いたまま困った顔をした。ニトーシェとて魔法を使うのに、魔法を説明の付かない非合理的なものと言って幅からないのだ。
「いやお前を責めるのも不合理だな。よし、騎士隊を集合させろ。あの…煙を吹いている場所を探せば、隕石が出て来る筈だ。」
「は!騎士隊ぃい〜集合〜〜!」
周辺を伺っていた10名が下馬したニトーシェの前に集合、中に1名だけ女性の魔道士が混ざっている。ニトーシェは攻撃力に欠ける魔道士が嫌いだが、9名の騎士に1名の魔道士を加えて隊を編成するのが彼女の国の伝統だ。
「全員集まったな!時間の無駄を避ける為、瓦礫をひっくり返して隕石を掘り出す。何…城の魔道士供も証拠が有れば…。」
「ニトーシェ様!」
魔術士がニトーシェの言葉を遮った。この娘は魔術士にしては力仕事もやり弁えた性格で、ニトーシェは嫌いでは無い。
「何だパティーナ。」
「敵が…敵が来ます!強い魔力と敵意を感じます!」
「何!? 総員抜刀!パティーナを中心に円陣を組め!」
魔道士が嫌いだからとその言を軽く見る事はしない。ニトーシェは現代的、現実的な騎士なのだ。
そこに3体の、翼を備えた人型の生物が降り立った。前の1体は身長2m立派な鎧を着込み剣で武装、後ろ2体は魔道士と兵士の様だった。兵士も立派な鎧で屈強そうだ。
(飛んできたにせよ速い。パティーナに指摘される迄気付かぬとは、)
「おい、そこの騎士。この辺でドラゴンを見かけなかったか?」
「魔族!」
「魔人が何でチュニカに!」
ここチュニカの宝塔は人間を中心としたチュニカ国の領地で、更に50km南下した辺りが国境だ。かつて人族と魔人族との間に激烈な戦争があったが、それは百年は昔の事だった。
「ここは我等が領地!貴様が誰だか知らないが、口の利き方に気を付けろ!それと入国証を出して貰おうか。」
ニトーシェが構えたまま前に出る。
「ほう、栄光の騎士がいたか。これは失礼した。我はガジマ魔導国伯爵ウーズ。我が領地の上を飛んでいた龍を追い掛けていたら…うっかり国境を越えていたようだ。許せ。」
ウーズはそれが証なのだろう、背中に背負っていた立派な盾を取ると紋章を示した。
「ご丁寧な挨拶感謝するウーズ伯爵。私は栄光の騎士ニトーシェ。ご事情は解ったが正式な入国でない以上、ここはお引き上げ頂きたい。」
「ニトーシェ殿の名は聞き及んでおる。しかし龍は我々の獲物。それを回収次第、我々は引き上げよう。」
「なに!? 」
この魔人はチュニカの領土内で、その法を聞き入れるつもりが無いと言ったのだ。騎士隊を前にしてよくいう。ニトーシェは即座に対応する。
「残念だがそれは聞けない。我々の指示に従えないと言うなら、伯爵殿、不法入国者として拘束しガジマに引き渡すとしよう。」
「ふ、…出来るものならな。」
ニトーシェがウーズに斬りかかると同時に、他の騎士達も一斉に動いた。1人魔道士であるパティーナは敵の魔道士を警戒する。
「ぐっ…!? 」
「お優しいなニトーシェ殿。事ここに及んで平打ちなど。だが遠慮は要らぬ、折角の戦いだ。女性とはいえ騎士なのだろう?楽しませてくれ。」
ニトーシェの斬り込みをシールドアタックで潰したウーズは、抜刀して切り込んで来た。それは重く速く、受けた盾を持つ手が痺れるような斬撃だった。
「ガーッシュ!」
「は!ウーズ様!」
「出来るだけ殺すな、後が厄介だ。」
ガッシュと呼ばれた魔人は既に2名を屠っていた。
「すみません。呆れる程弱く、既に何名か…。」
「ハハハ構わん!仮にも騎士だ、戦いの末に死んだなら本望だろう…なぁ!」
「くっ…!? 舐めるな!」
ニトーシェは会話の隙を突いて小火球を放つ。しかしそれはウーズの盾にあっさり跳ね返され、盾には焦げ跡も残らない。
「ふ…。」
「ふははは…。」
「ほほ…。」
「「「ハハハハハハハハ!」」」
すると戦闘中にも拘らず、3名の魔族が笑い出す。余りの勢いに、戦っていた騎士達も思わず手を止めてしまう。
「何がおかしぃい!」
「いや、人間は魔法が得意でないと聞いていたが…まさか栄光の騎士が…ハハハ!」
「ぷ…魔族なら無能扱いされる程度の魔法しか使えないとは。」
「…無能?」
涙を堪えた笑い顔のウーズが、宙で様子を見ていた魔道士を手招きして呼び寄せる。
「ボウ爺!1つこ此奴らに本物の魔法を見せてやってはくれないか?」
「ほっほっほ。畏まりましたウーズ様。」
「そうだな…あの木を狙ってやれ。」
油断無く身構える騎士達だが、正直栄光の騎士を笑い飛ばす魔族の魔法は気になる。栄光の騎士の資格は剣技と魔法の高レベルな行使だからだ。ニンマリと笑ったボウ爺は、無詠唱で火球を放った。
ボボウ!
ひと抱えも有る木に当たった火球はその幹を大きく揺らし、火はそのまま木を包んで燃え上がった。
「こ、これ程とは!」
「魔族は魔法に秀でているとは聞いていたが…。」
「何を驚く。子供騙しの…初級魔法じゃよ。」
ニトーシェはこの場で唯一の魔道士であるパティーナを見やるが、彼女は顔を青ざめて頷いた。ボウ爺の言葉はハッタリでは無い。これが初級なら…中・上級とはどんな威力なのだ?
「解ったか、解ったろう?ニトーシェ殿。そなた剣の腕はまぁまぁであったが、魔法があれではお話にならぬ。」
「ボウ殿程では無いが、ウーズ様も私も初級魔法なら似たような威力だぞ。」
「ほっほっほ。ウーズ様が遊んでおられる内に、負けを認めるのが得策と言うものじゃ。」
項垂れる騎士達。しかしニトーシェは諦める事を許さなかった。再びウーズに斬り込んでゆく。それを見て他の騎士達も挑みかかる。
「ぐっ…はぁはぁはぁ。ぐっ…。」
「もう充分だニトーシェ殿。そなたはよくやった。」
「こやつらも…私に手傷を負わせました。」
僅か5分程で、立っているのはニトーシェとパティーナだけになってしまった。彼女達が強い…と言うより女性ゆえ手加減されたのだろう。
「まだ…私は立っているぞ!」
「ほっほっほ。ウーズ様もガッシュも女性には甘い。ですが先の大戦で女性とも戦った私は違いますぞ。負けを認めぬというならば…。」
「…白き盾よ!護りたまえ!」
パティーナのマジックシールドがボウ爺の火球を何とか逸らす。それはチュニカ塔脇の瓦礫に突っ込んでいった。